EP.9堕天使との情報共有(前編)

 襲撃から一晩明けた朝のこと。俺たちは朝食を済ませると、こちらは天界のことについて、向こうはホムンクルスのことについて、お互いの持つ情報を共有することとなった。


紺碧、ミドと共に模擬戦闘室に通され、ベンチに腰掛けながら、アイディンはスマートフォンの録音機能を起動する。


「顔も名も知れていることだし、さっそく本題に入ろう。どちらから話す?」


「じゃあ俺から話そう。と言っても色々あるからな……何が聞きたい?」


アイディンは顎に軽く触れると、話し始めた。


「天使が地上に姿を現してから50年。我々もそれなりにデータを集めてきた。君たちの兵装、取る戦法については、概ねデータが取れていると言っても良い。」


「聞きたいのは主に三つだな。天使が扱う未知の能力『奇跡』とはどういうものなのか、天使の身体的な弱点。それと」


「何故ホムンクルスを執拗に狙うのか。この三つだ。」


「わかった。まずは一つ目から答えよう。ひとまず実践するのが早いだろう。」


『奇跡』を使い、何もないところからパンを作り出す。


「このように『奇跡』とは、基本的には万能の現実改変能力だ。できることに制限はない、文字通りなんでもできる奇跡だ。」


「なんだそれは、無敵じゃないか」とアイディンが口を挟む。


「そうだな、これがあるのに人間が善戦できているのは、本当にすごいと思う。」

「ただ、欠点がないわけじゃない。」


俺は以下のことを話した。死者蘇生や、生物の改変は禁忌に触れること。そのため殺しすぎてしまうと取り返しがつかなくなってしまうこと、そのため天使は、実際にできること以上に奇跡の使用に慎重であるということ。


「それから後は、堕天した俺がいないと有効じゃない話なんだが……奇跡は『効果の競合』にものすごく弱い。」


「ふむ、詳しく聞かせてくれ。」


以下の例えを出して話した。

「二人の天使が、白いドレスの色を変えたいとする。一人目はドレスを赤に変える奇跡を、二人目はドレスを青に変える奇跡を、同時にかけたとする。ドレスの色はどうなると思う?」


「うーん、赤と青が混ざった色になる?」とコンさん。


「違うだろ。『奇跡は効果の競合に弱い』ってことは、両方とも奇跡がなかったことになって、ドレスは白のままなんじゃないか?」

とミドが口を挟んだ。


「ミドが正解だ。少しでも効果に矛盾が生じる二つの奇跡がぶつかり合うと、二つとも効果が消えてしまう。」


「俺はこれを利用して、天使のいる戦場では、『如何なる奇跡も使用できなくなる奇跡』をかけ続けようと思ってる。するとどうなると思う?」コンさんに振る。


「奇跡の効果が打ち消されて、誰も奇跡を使えなくなる……?」


「そうだ。俺も使えないが、相手も使えない。堕天使一人対天使の軍が相手なら、これが有効なはずだ。」


「なるほど……確かにそれは、天使に対しては有効な手札になるだろうね。」アイディンは頷いた。



「次に、身体的な弱点に関してだが、それは『ない』というのが正確な答えだ。」


「それはないでしょう、僕天使を何体か殺しましたよ。」コンさんが口を挟む。


「まぁ話を聞いてくれ。天使は魂が本体で、身体は飾りだと思っていい。で、天使が死ぬ条件はただ一つ。『自分が死んだと自覚する』ことだ。」


「だから、首を切られても、首を切られたことに気づかなければ死なない。逆に、実際に首を切られていなくても、首を切られた幻を見せられたら、死んでしまうかもしれない。」


「ふーん……?」コンさんは首を傾げている。ミドとアイディンは興味深そうに聞いている。


「ここまでで何か質問はあるか?」


「はい!」

「何だコンさん、言ってみろ」


「なんで天使は人間の姿をしてるんですか?人間の姿をしてるから、『首を切られたら死ぬ』と認識してしまうんでしょう?自分が考えた超強い無敵天使になっちゃえば、死なないんじゃないんですか?」


「それは……」言葉に詰まる。

「考えたことがなかったな。みんな人間に近い姿で作られるから、というのが一応の答えになるだろうか……。」


「それに関しては紺碧の認識の方が異質なんだ。後で詳しく説明するが、紺碧は端的に言うと異質な子だ。」とアイディンが助け舟を出してくれた。


コンさんは異議がありそうな顔をしたが、ややこしくなりそうな気配を察したのか黙った。



「最後の質問、『何故ホムンクルスを執拗に狙うのか』ということだが、これは主がそう望んでいるからとしか答えられない。」


「俺たちは主命を果たすのが役割だ。そこに『なぜ』は必要ないし、疑問を持った者から堕天していく。」

「だから俺は明確な理由を知らない。ひとまずこれでいいか?」


「わかった。回答ありがとう。」とアイディンは席を立つ。

「ここからはこちらが答えよう。まずはホムンクルスの基本性能について紹介させてほしい。ミド、実演を頼むよ。」


「うぃーっす」とミドも立ち上がり、戦闘の体制を取る。

これから見せられるものが、ホムンクルスが天使との戦いの鍵となるものか、見極めるために俺は目を凝らした。

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