EP.8名前の持つ力

 朝食時。缶に入れた食事が運ばれてくる。


「亡くなったホムンクルスたちの分も配られてしまった。お腹が空いているなら、好きなだけ食べるといい。」

と先生が配膳する。


「はーい!」と12号は無邪気そうに、目玉焼き二枚とハム四枚をトーストに挟んだ、大盛りサンドイッチを作っている。


「同期が死んでんのに、元気だなお前は」と皮肉を言う。


「別に、ただ今お腹ぺこぺこなんですよ。」

と12号はサンドイッチにかぶりつく。人が死んでるのに腹が減るのが理解できないと言ってるのに、通じてないみたいだ。


「そういえば」12号はサンドイッチを飲み込んだ後、話し始めた。


「あなたにも名前が必要じゃないですか?11号って呼び続けるのは、味気ないですもん」


「は……?名前……いらねーよそんなもん、11号で充分だろ。」


「いえ!必要ですよ!名前ってとっても大事なんですよ!」


「うーん、そうだな〜。目が緑だから、ミドリ、とか?」


「は?ダッサ」


一蹴されたことに12号はショックを受けたようだ。でもダサいものはダサいのだから仕方ない。

落ち込む12号を尻目に、淡々と食事を続けた。



「なぁ12号、ニカフィムって奴のどこがいいんだ」


気まずい沈黙を破るように、俺は12号に話しかけた。


「ニカさんですか?ニカさんはかっこいい人ですよ!綺麗だし、優しいし、色んなことを教えてくれるんですよ!」


「へー……」言葉とは裏腹に、俺は腹の中ではニカフィムという奴を信用しきれずにいた。

ホムンクルスじゃない奴なんて、何を考えてるかわかったもんじゃない。12号なんかのために堕天したというのも、理解できない。何か裏があいつにはあるんじゃないのか?


そう考えながら、ヨーグルトを口に運ぼうとすると、12号が声をかけてきた。


「あっ、スプーンはその持ち方だと食べづらいですよ。ほら、こうやって握るんです。」


12号の手元を見ると、器用に人差し指と中指、親指の間に挟んでスプーンを持っていた。それに対してオレは、グーで握りしめるような持ち方をしている。


「持ち方なんかどうだっていいだろ。」


「良くないですよ!持ち方が綺麗だと綺麗に食べられるし、食べ方も綺麗になるって、ニカさん言ってました!」


なんだか無性にイライラする、なんでコイツは俺が知らないことを言うんだ?


「だったら何だよ、オレに関係あんのかよ」


「関係……ない……ですけど……」


「関係ないなら何で言ってくるんだよ!」


「言わなきゃ伝わらないじゃないですか!僕だって、ニカさんに教わるまで知らなかったんですから!」


「ニカさんニカさんって、何でお前はそんなにそいつのことが好きなんだよ!」


「好きだからに決まってるじゃないですか!!!」


「だからなんで好きなんだって聞いてんだよ、オレはそいつのこと全然知らねぇのに!」


喉を飛び出した言葉を聞いて、気がついた。頭の中でカチッと音がした気がした。



あれっ、こいつ、オレじゃなくない?



オレは全然腹減ってなくて、出されたから飯食ってるけど、こいつはすげー腹減ってた。

オレはニカフィムとか言うヤツのこと知らないけど、こいつはよく知ってて大好き。

オレとこいつのスプーンの持ち方は違う。こいつは俺が知らないことを、いつの間にかたくさん知ってるし、逆に俺が今イライラしてることは、こいつにとっては知ったことじゃないんだ。


なんだよそれ、当たり前じゃないか。

考えてみれば当たり前じゃないか、オレと12号は目の色も顔立ちも違うんだから、考えてること、知ってることが違ってて当たり前だ。


それを、オレはさっきまで理解してなかった。

背筋がぞっとした。今まで曖昧だった視界がはっきりして、手当たり次第に触ってたものが、触っちゃいけないものだと理解した。


「……っ!もういい!」


スプーンを置いて、部屋に駆け込んだ。相部屋だからどうせ入ってくるのかもしれないが、今だけ、ちょっとだけでもいい、一人になりたかった。



部屋に逃げるように飛び込んで、背中でドアを押さえて、へたり込む。


「はぁ〜〜〜あ」


なんで、なんであんな簡単なことが理解できてなかったんだ。

全然違う存在なのに、同じだと勝手に思い込んでて、すっげーキモいヤツじゃん。オレ。

頭を抱える。何だ、なんで急にオレはそんなこと理解するようになったんだ。

さっきまでのやり取りを思い出す。


「いえ!必要ですよ!名前ってとっても大事なんですよ!」

「うーん、そうだな〜。目が緑だから、ミドリ、とか?」


そうだ。名前だ。

あいつには紺碧って名前があって、オレにも今名前をつけた。ダセェけど。

オレはあの瞬間から、ホムンクルス11号から、名前を持った「ミドリ」になったんだ。それが紺碧とオレとの違いをはっきりとしたものにしたんだ。


再びため息をつく。紺碧の言った通り、名前がもたらす効果というのは絶大だった。

ドアがノックされ、ドア越しに紺碧の声がする。


「あの……すみません、僕何か嫌なこと言っちゃいました?」

「ごめんなさい……ちょっと押し付けがましかったですよね。」


違う、お前は悪くない。オレが変だっただけなんだ。

伝えなきゃと思って、重い腰を上げ、ドアを開けた。


紺碧と対面する。沈黙が流れる。口をなんとか開けて、声を絞り出す。


「お……お前の言ってたこと……間違ってなかった。」


「?そうなんですか?そうですよね、スプーンの持ち方は大事ですもん。」


「そうじゃなくて!」思わず声が荒くなる。


「名前……大事だって話。ほんとだった。」

「オレのこと……これからは、『ミド』って呼んでくれないか。ミドリはやっぱダセェ。」


紺碧は目をぱちぱちさせた後、無邪気に笑った。


「はい!これからよろしくお願いします、ミド!」


名前を呼んでもらえる。こいつはオレじゃないと認めながらも、オレをオレとして認識してもらえる。

ああ、確かにあったかい。

紺碧がニカフィムに懐いた理由、ちょっとだけわかった気がする。


「よろしく……紺碧。」


照れ隠しに頭を掻きながら、その名を呼んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る