EP.10堕天使との情報共有(後編)
「ホムンクルスの基本性能についてだが、まず人間ができることは全てできる。格闘や銃器の扱いなどだね。」
「それに加えて、ホムンクルスは痛覚が人間の十六分の一しか機能しないようになっている。これにより、大きな損傷を負っても戦闘を継続できる。毒に対する強い耐性もあるね。」
「毒耐性……。」コンさんとカレーを作った日のことを思い出す。たまねぎが染みていなかったのはそういうわけか。
「次に……ミド、『刃を出してくれ』」
そう命じられると、ミドは肋骨を突然引き抜き、変形させ、刃のようなものを持ち始めた。
「これがホムンクルスの基本性能だ。自身の骨や血を変形させ、武器にすることができる。」
「再生能力も勿論備わっている、引き抜かれたところを見てごらん。」
ミドが肋骨を引き抜いた箇所は、最初こそ痛々しい肉の損傷があったが、みるみるうちに再生し修復されていく。
「ホムンクルスには『核』と呼ばれる特別な細胞があり、それを破壊されなければこうして瞬時に再生が始まる。こうして肉体の破壊と再生を繰り返して戦うのが、ホムンクルスだ。」
ミドは自身の肋骨を引き抜いたにもかかわらず、痛みをさして感じていないようだった。心のどこかで、冒涜的な光景を見ている気がした。
「指の骨を飛ばせば簡易的な射撃もできる。これがホムンクルスの基本性能だ。ただし、体を無作為に破壊されたら流石に死んでしまうため、爆発物には弱い。」
「ここまでで何か質問はあるかな。」
「……一ついいか。」俺は疑問に感じたことを口にしてみた。
「ここまでの性能を聞いて、はっきり思ったことだが、戦車や航空機の方が、圧倒的に強くないか?」
「話を聞いていれば『死ななくて暴れられる兵士』の域を出ていない気がするんだが……俺は天界にホムンクルスがここまで脅威と見做される理由がわからない。」
「いい質問だね。実は私たちは、天界に目をつけられる理由に心当たりがあるんだよ。」
アイディンはため息をついた後、話を続けた。
「指摘された通り、ホムンクルスは戦車や航空機などに勝るほど、革命的な兵器ではない。実際、我が国はホムンクルスを兵器としてはあまり重視していない。最低限保有していれば良いという考えだし、現に先の襲撃でホムンクルスを失ってしまったが、補充の話は今のところ出てきていない。」
「ではなぜホムンクルスが禁忌なのかと言うと、その製造方法にある。」
「ホムンクルスは人命から作られるんだ。」
「なっ……!?」あまりの衝撃的な発言に、思わず席を立ってしまう。コンさんが生まれてくる時に人命を犠牲にしていたなど、受け入れ難い。
「話はまだ続きがある。資源に余裕のある我が国のような国は、クローンを使ってホムンクルスを製造している。クローンに人権はないからね。」
「最悪なのは、そうではない国だ。戦車や航空機など、優れた兵器を買う金のない国は、市民を犠牲にしてホムンクルスを作っている。」
「わかるかい、ホムンクルスというのは、貧しい国が市民や攫った人間を使って作るものなんだよ。」
「それは……」まさしく禁忌。そう言いかけて、コンさんと目が合った。コンさんは目を伏せてしまった。コンさんの心情を思うと、追求することはできなかった。
「最後に、君が一番気にしているだろう、紺碧の変異についてだが……。」
そうだ、それが一番俺にとって大事な話題だ。姿勢を正し、アイディンに向き直った。
「正直言って意味がわからない。が、観測した結果だけ報告する。」
「まず、ホムンクルスの『核』は通常ホムンクルス一人につき一つだ。ところが紺碧は二十個もの核を保有している。」
「これにより、全身を念入りに焼かれない限り死ぬことはないだろう。」
「そうか……」それがどれぐらい特異な変化なのかはよくわからなかったが、コンさんが死ににくいという体質なのは、俺にとって朗報だった。
「次に、自分の身体を大きく人の形から外れて変形させることができる。これは君も目撃したことだろう。」
「他の天使に見つかった時だな、確かにあれは、他のホムンクルスにはない行動だった。」
「これに関しては原理がよくわからないが、可能な限り変形が可能なようだ。」
「これは私の推測だが、本来天使にもホムンクルスにも、自分が自認する姿があって、それから離れることを好まないのだろう。ただ、紺碧の場合自認が非常に不安定というか、どんな姿になっても自認を保持できるようだ。」
それは良いことなのか……?と疑問に思ったが、誇らしげなコンさんを見て、良いことなのだと思うことにした。
「ただし、代償として再生能力の燃費がガタ落ちしている。」
「ホムンクルスは通常タンパク質を複製する能力を持つ。これにより高速での修復が可能だが、紺碧は核の複数保持により、消費速度が複製速度を上回ってしまうことがある。」
「これにより、紺碧には『餓死』のリスクが存在する。変身能力や再生能力の使用にはタンパク質を消費する。能力を使いすぎた状態でタンパク質を迅速に補給できなければ、紺碧は餓死してしまうだろう。」
「餓死……そういえば、襲撃の後の朝は、ずいぶんお腹を空かせていたような。」
「ほんとにお腹ぺこぺこだったんですよー!気まずいから言わなかっただけで。」紺碧が口を挟む。思っていたより彼の空腹問題は深刻だったようだ。
「だからまぁ……紺碧が戦場に出るようなことがあれば……迅速なタンパク質摂取に協力してほしい。それがどんなものであっても。」
アイディンは随分と言葉を濁した。その意味が俺は理解できなかったが、「わかった」と承諾した。
「話をまとめると……ホムンクルス自体は俺たちが思っていたほど脅威ではないが、その製造方法に問題がある。」
「そして、俺たちはホムンクルスを扱う以上、天界との対立は避けられないということか。」
「そういうことだ。」アイディンは肯定する。
「ホムンクルスの製造停止は、世界から戦争を無くさなければ実現しない。それがどれだけ難しいことかは、歴史を見れば火を見るより明らかだろう。」
「ホムンクルスと共に有りたいのなら、君の堕天は避けられなかっただろうね。」
「…………。」俺は少し考え込んだ。天界はホムンクルスが生まれることを許さない。しかしそれは、ホムンクルスの立場から見たら、抑圧以外の何物でもないのではないか。
ホムンクルスも心ある存在なのに、それが生きることを許さないのは、本当に正しいことなのか。
話が終わったため、アイディンとミドは部屋を出る。そんな中、コンさんが俺の元へと駆け寄ってきた。
「ニカさん、あの、改めてなんですけど、一緒に来てくれて、ありがとうございます。」
「僕一人だったら、こんな風に、落ち着いて話し合いなんてできなかっただろうし、どこかの戦場に放り出されて、それで終わりだったと思うので……。」
「ニカさんと一緒にいられて、僕はとっても嬉しいです!」
眩しい笑顔が向けられる。その無邪気さに、思わず抱擁を返した。
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