EP.5変貌などしていない

 思えば、何故それに思い至らなかったのか。そんな結末だった。

いや、何度も頭の中には過っていた。認めたくなかっただけなんだ。


「コンさん……!?」


コンさんがホムンクルスだったなんて。

目の前の人の形を崩したようなスライムは、確かにコンさんと同じ青い目をしていた。そして、ホムンクルスの特徴である、黒い白目を同時に備えていた。


「ごめん、コンさん。俺は天使だ。」

「俺はコンさんを殺さなくちゃならない」


刃を持つ手が震える。嫌だ、斬りたくない。そう思案している間に、コンさんは人の形を取り戻し、立ち上がっていた。コンさんは据わった目で俺を見つめ、俺に問いかけた。


「僕を殺して、自分に嘘をついて、天界で生きることをあなたは望みますか。」


「……俺は、そう造られたんだ。」

「コンさんだってそうだろう!人を殺すために造られた!」

「だから戦わなくちゃならない、もう決まってることなんだ。」


涙が溢れ、最早剣は彼の首元から降りている。紡ぐ言葉とは裏腹に、少しも腹は据わっていない。


「いいえ。」

「僕らはいつだって抗えます。その果てに死しかなかったとしても。」


コンさんは刃を手に取り、自分の胸元に向けた。


「何を……。」


「ニカさんを殺すくらいなら、僕は死んでも構わない。従順でいたいなら、僕の首を持っていくといい」

「僕はあなたに会えて嬉しかった。それで満足です。」


心臓が激しく鼓動を打つ。コンさんの言葉が、笑顔が、俺の中の何かを激しく揺さぶっている。

天使の使命に従うべきか、それとも...自分の心に従うべきかの葛藤か?


いや違う、俺はコンさんが恐ろしいんだ。

コンさんはあれほど無垢だったのに。幼かったのに。俺と過ごしただけの時間しか生きていなかったのに、死の覚悟を決めてしまっている!

この人はあっという間に極端な決断をしてしまう!そう確信した瞬間、俺の心が既に決まっていることに気がついた。



ああ俺は、コンさんに生きて欲しいんだ。



「おい何ボサっとしてるんだ!殺さないなら俺がそいつを殺━」


仲間の天使の声が聞こえた瞬間、俺の体は反射的に動いた。剣を振り上げ、躊躇うことなく彼の胸を貫いた。


血が飛び散る。仲間の驚いた表情が目に焼き付く。罪悪感を感じるべきその瞬間に、身体を駆け巡ったのは解放感だった。


天使の輪にかすかなヒビが入る音がした。だが、まだ完全には壊れていない。完全に壊れる条件は、もうすぐ側にあるのだと確信しているが。


「俺も、嬉しかった。」

言葉が自然と口をついて出る。

「初めて自分になれた気がしたんだ。」

「どうか満足しないで欲しい、これからもずっと求めて欲しい」

「愛してる」


その言葉と共に、俺はコンさんを抱きしめた。


その瞬間、俺の中で何かが決定的に変化した。

激痛が背中を走る。天使の輪が完全に崩壊し、羽根が焼け落ちていく。

蝋が溶けるように、俺の一部が消えていく。痛みで叫びたくなるのを必死に堪えた。堕天の過程が始まったのだ。


コンさんが俺の身に何が起きているのか理解したのか、俺の腕の中で泣き崩れる。様々な感情が彼の中でぶつかり合っているのが分かる。


「なんでコンさんが泣くんだよ……」

俺の声は震えていた。震えながら、笑っていた。痛みと、新たな感情の渦に飲み込まれそうになる。


「だって、だって、選んでくれて嬉しい」

「けど、ニカさん、堕天しちゃったから、それが悲しい」

「一人の道を行くのは辛いです」


コンさんの言葉に、胸が締め付けられる。

そうだ、俺はコンさんと違って、選ぶことができた。

ホムンクルスとして生きることは、生まれた時から定められてしまっている。それに対して、同性を愛する道は、自分に嘘をつけば、避けることができた道だ。

だけど、コンさんは確かに言った。抗えると。

どんな茨の道だろうが、俺たちは自分の行く道を、自分で選ぶことができる。その言葉に、俺は確かに勇気づけられたんだ。

コンさんと一緒なら、俺は自分らしく生きられる。そう確信できたんだ。


「……一緒に来てくれ、な。」

その言葉に、コンさんは顔を上げた。涙でぬれた青い瞳が俺を見つめる。


「はい。ニカさんとなら、どこへでも。」


返ってきた笑顔は、この上ないほど美しかった。

ああ、今俺は、俺たちは、最高に自由だ!

高揚感を噛み締めるように、再び抱擁を交わした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る