EP.4蜜月の終わり

 天界の会議室には緊張感が漂っていた。天使たちが集まり、ホムンクルスのいる陸軍基地襲撃の最終確認を行っている。


「作戦の目的は、ホムンクルスの討伐だ」司令官の天使が厳しい口調で言った。「基地内の人間も、必要とあらば殺して構わない」


その言葉に、何人かの天使が顔をしかめたが、誰も異議を唱えなかった。


「武器の確認だ」別の天使が立ち上がり、テーブルの上に様々な武器を並べた。「室内戦が想定されるため、主に剣や槍、小銃を使用する」


ニカフィムは無言で武器を見つめていた。その表情には、どこか悲しみの色が浮かんでいた。


「それと忘れるな」若い天使が興奮した様子で言った。「我々には『奇跡』がある。ホムンクルス如きに引けを取るはずがない」


多くの天使が同意の声を上げた。自信に満ちた表情で、作戦の成功を確信しているようだった。


しかし、ニカフィムの心は別の場所にあった。「紺碧...」心の中でつぶやく。


「よし、出発だ」司令官の声が響く。


天使たちが次々と立ち上がり、武装を始める。ニカフィムも機械的に動作を行う。その姿は、まるで魂が抜け落ちたかのようだった。


「ニカフィム、大丈夫か?」親友の天使が声をかける。彼と共に出陣するのは、心強いような、秘密を握られているような。


「ああ...」ニカフィムは薄く笑みを浮かべた。

「さっさと終わらせよう。俺には...帰るべき場所がある」


そう言って、ニカフィムは翼を広げた。他の天使たちと共に、再び地上へと降り立つ。その心の中には、一刻も早くこの任務を終え、紺碧に会いたいという思いだけがあった。



---


 目が覚めると、見慣れた部屋の中にいた。僕が生まれ育った基地。ホムンクルスに与えられた相部屋のベッドの上だ。


「おかえりー。」


耳慣れた声が聞こえる。103-11、同期のホムンクルス。以前よりも更に光の消えた目をしていた。


「外に出てどうだった?イイコトでもあったかよ、12号。」


なんとか人の形に戻って、声を出せるようになる。


「僕はもう……12号じゃありません、紺碧って、名前があるんです。」


11号は目を大きく見開き。そして、腹の底から笑い出した。


「ホムンクルスが!一丁前に名前なんか!あっははは!」


でも、すぐに笑うのをやめて、脅すような声色で言った。


「お前が考えたのか?呼んでくれる相手もいないくせに。」


その時、部屋中にサイレンの音が響いた。そして、叫ぶような声の放送が聞こえてきた。


「敵襲!敵襲!総員、戦闘体制に入れ!」


「おっと、俺たちに首を折られに来たやつがいるみたいだぞ?」11号が言う。


「せっかくのチャンスだ……ここで少しでも役に立って、クソみたいな先生をいつか殺してやるんだ。」


11号の目が据わり、部屋から飛び出していった。


「敵襲……ホムンクルス狩りだったらやだなぁ」


でも、ここじゃ的を撃つくらいしかできない。ニカさんとの再会は絶望的だ。そう思いながら、体を引きずって戦う準備をした。




 上の階から、激しい足音と悲鳴、銃声が響いてくる。


戦いが始まったんだ。たくさんの人が死んでいく。同期のホムンクルスも、きっとそこにいる。殺す側も、殺される側も。


でも、関係ない。僕は今、身体をスライムのようにして、扉の前の天井にへばりついている。


施設を逃げ出してから、僕は自由に身体を変えられるようになった。骨を変形させて刃にもできるし、胃液を吹きかけて肉を溶かすこともできる。


そして……天使は「姿隠しの奇跡」を使う。人間の視界から、自分の姿も含め、都合の悪いものを隠してしまう奇跡だ。


でも、それは対策済みだ。最新鋭のホムンクルスである僕らの黒い瞳は、姿隠しの奇跡を見破ることができる。


ガシャン!扉が壊され、二人の天使が入ってくる。


今だ。


体から触手を伸ばし、二人を絡め取る。そして、触手から鋭い刃を出して、二人の体を切り刻んだ。


悲鳴を上げて、二人は力なく倒れる。これを繰り返せば、安全に敵を倒せる。そう思っていた。


突然、体が二つに別れてしまう。何かに斬られた。衝撃波だろうか。


上半身と下半身が分かれて、ボタボタと床に落ちていく。首に冷たい刃が向けられ、顎が持ち上げられる。


僕を斬った相手と目が合った瞬間、心の中で何かが砕け散る音がした。


「……ニカさん。」


そう、僕を切り裂いたのは、紛れもなく、僕に名前をくれた、あの人だった。


絶望。その言葉の意味を、初めて理解した気がした。

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