第五話 タスケテ

「ぉ、お母さん!」

「明日香ちゃん!?」


突然家に帰ってきた私に母は酷く驚いた顔をした。そんなこともお構いなしに、私は母に詰め寄った。


「今は西暦何年!?」

「えっ?えっと、たしか2022年な筈よ?」

「は?そ、そんな……じゃあ何で……」





何で私は中一に戻っているの。





私は学校から逃げて家に逃げるうちに、妙に冷静になった頭で朝からのことを思案した。そして気付いたのだ。私が友達だと思っていた…名前は思い出せない少女の一人、人見知りな少女の背は、前は私より低かったような覚えがある。でも、今日会った時、彼女と自分は同じ身長だった。


それに気づいて、急いで鞄を取り出して中身を調べたら、持っていた宿題や教科書が中一のものになっていた。だから、思ったのだ。もしかして、時が戻ってるんじゃないかって。


でも、母は言った。今は2022年だと。それは私が中学校二年生だった筈の時の年だ。つまり、年は戻ってない。というか、よく考えたら友達二人は中二のままだったっけ。じゃあ、私だけ時が戻ってる……?じゃ、じゃあ朝会った夏美さんと雪さん……何故か私が親友だと思った二人は本当に私の友達……?私が覚えてないだけで、というか抑々私は中二なの?中一なの?あああ、何なの?朝から、なんで、昨日まで普通の日常だったのに。何で、私だけ……


「あ、明日香ちゃん!?」


私は母を押しのけ自室にこもった。次から次へと涙が溢れてくる。朝から皆可笑しい。それは自分も。失いたくない大切な記憶が、消えていく。それに、私の人格も。自分が失われていく感じがする。魂が、消えてなくなる感じがする。身体には何の以上も無いのに、『死ぬ』……そんな気がした。死にたくない、死にたくない、誰か誰か、助けて、助けて、助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けてたすけてたすけてタスケテタスケテタスケテ……








★★★★★★★★★★



「明日香!」

「明日香ちゃん!心配したのよ、大丈夫?」


明日香の母は娘のことを心配していた。今まで明日香は病気以外で先生に黙って早退するなど一度も無かった。それこそ、虐めを受けていた時も。だから中二の先輩たちといざこざがあったと、明日香が帰り自室に籠ってから連絡が来た時も血の気が引いたのだ。


それから明日香は部屋から暫く出てこず、父も姉も帰ってきたのに一切の反応がない彼女に、彼女の部屋の前で三人で扉をこじ開けるべきかそっとしておくべきか話し合っていたのだが……明日香は出てきた。


「あ、明日香ちゃん?」


一切の反応がない彼女に心配する気持ちがまたぶり返してきた。どうすれば、とおろおろしていると。




「ごめんね!心配かけて。もう大丈夫だよ、母さん。」




にっこり笑顔で答えた少女にほっとした。その時、ふと頭に違和感がよぎった。明日香ちゃんは、私の事を”母さん”なんて呼んだかしら、と。でも、すぐにその違和感は無くなった。気のせいね、と流し、娘にニコリと微笑んだ。







父と母、明日香が笑って会話をしているのを見ながら、一歩下がった所で明日香の姉は明日香を睨んでいた。いやーー


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