⑦ カセインと枢老院





 どうしてそうなったのか、


「・・・見た感じ、ユクジモ人ばっかなんだけどよ。」


 ハチウの男にはさっぱりわからない。


「んでな、リド。刃物がこっち向いて勢揃いしてんだよ。」


 ふひー、と村らしき集落を見つけたアヒオが休む場所を求めて制止も聞かずに乗り込んでしまったからこうなった。


「降りろーっ、ファウナ人めっ!」


 それはユクジモ人が蔑称で使う言葉だったがアヒオはあまり気にしなかった。

 でも。


「うわあ、っと。ちょ、やめろよ。馬は悪くねーだろ。あとこっちゃ子どもがいるんだぞ。ったく。」


 ぐい、と刃の付いた農具で迫るものだからシャコ馬がびっくりしてしまう。

 といって無理に逃げ出せば馬やリドミコに怪我をさせる恐れがあるのでアヒオは素直にそれに従って降りる。


「よし。・・・さ、お嬢ちゃんこっちにおいで。どこの部族な――――」

「オイっ! 気安くリドにしゃべりかけんなっ!」


 おいでおいで、とやっていたユクジモの農夫に食ってかかる。戸惑うリドミコはただアヒオのマントにしがみつくだけだ。


「黙れファウナ人っ! 子どもを人質にして何が望みだっ!」


 そんな農夫の言葉に賛同する声が騒がしくこだましたのも手伝ったのだろう、硬い樹皮をなめした防具に身を包む治安隊の男たちが割って入ってくる。

『フロラ』のような戦う装備、というよりは身を守る出で立ちだ。


「みなさん下がってください。・・・おい、おまえ何しに来た?」


 一歩前へ出た治安隊であろう男はちら、とリドミコに目を配ったものの、アヒオの仲間と思ったのか保護しようともしなかった。問答無用で斬りつけられるわけでもないので穏やかな村なのだろうが、だいぶ保守的なところらしい。


 そういった洞察力は人並みに整っていてもこの村へ辿り着いた理由についてアヒオはてんで頭が及ばなかった。よもや偶然とノリ、では誰も納得させられないだろう。


「・・・。あっ! 『フロラ』の手形があったっ!」


 なんだなんだ、と周りが訝るのも構わず腰袋をまさぐり、ヒナミからもらった手形を取り出す。


 そして掲げる。


 でも捕まる。


「なんだコレっ! ニセモンかっ? あんのクソザル、担いだのかっ?」


 ぶつぶつと文句は言うがやはり抵抗は避けた。今は隣を歩かされているリドミコの安全が最優先だから。


「・・・いや、それは本物だ。あとで再度鑑定するがおまえの扱いは決議場にてカセイン様に委ねられる。こちらの娘も同様だ。無駄な抵抗だけはするなよ。悪いようにはしないだろう。」


 やろうと思えばできる縄抜けもせず、アヒオは手を縛られたまま男たちに連れられて村の中央にある決議場へと向かわされた。


「・・・しっかしまあ。」


 豊かではないのか、それとも伝統なのか、決議場といっても太い柱に傘のような屋根を付けただけの質素な広場なのだが、野次馬がその周囲をぐるりと取り囲んでいるので雰囲気はある。ただ先ほどのような喧騒がないぶん、余計に不気味だった。


「さ、おまえはココに立ってカセイン様からの質問に答えろ。我々は手形を調べてくる。そして本物であれば咎めることはない。おまえたちと違って我々は争いを好まぬからな。」


 皮肉めいた言い様だったものの、誰に言いたかったのかはよくわからなかった。


「けけ、そいつぁ好都合だ。とっととやってくんな。」 


 そして治安隊が二人ほどアヒオの両脇に付き、少し離れたところでリドミコがぽつんと立たされている決議場へ顔色の悪い老人が歩いて来る。


 樹冠のようにフサフサと盛り上がった髪とは対照的にやつれていたが、誰も心配していないところを見るとそれで健康な状態らしい。


「ぐほん、ワタシは村長のカセインだ。どうやらまたしてもファウナの迷いビトのようだな。大筋は聞いているし抵抗の兆しもないようなので手形の鑑定が済み、本物と認められれば即刻釈放する。

 しかし悪いがそれまでは別室で管理させてもらおう。村の民が不安がるのでな。」


 長い前置きと説教のあとに処分が言い渡されるものだと思っていたので、ちょっと拍子抜けしてしまう。


「・・・これで、終わりか?」


 さっそく正面の席を立とうとするカセインをアゴで指して、脇の治安隊員に尋ねる。


「・・・そう、みたいだな。」


 彼らにも意外だったらしい。


 とそこへ、


「急ごしらえだから我慢してもらうしかないが畜舎に来てもらおうか。」


 下がろうとしたところに上官の治安隊員が現れ、アヒオとリドミコを引き継いだ。

 上官の男が部下も付けずに一人で、というのが少々引っかかるものの、無罪放免が一番望ましいので黙ってついていくことにする。



 で。


「ま、こんなこったろうなとは思ってたよ。」


 目的の畜舎を過ぎた奥の洞穴では、面倒そうにカセインと数名の老人が座ってアヒオたちを待っていた。


「まったく、騒がせ過ぎたのだ。以後は気をつけてもらわねばな。」


 村のヒトの目を欺いてまで整えた手筈だ。無傷の解放にはそれなりの順序を踏まなければならないのだろう。


「確かに注意は足らなかった。迷惑をかけてしまったことも謝ろう。・・・よっ、と。

 ところでおたくってカセイン枢老院長サンだろ?・・・あ、か。」


 かこん、と親指の付け根の関節を伸ばして手を細めると、丈夫な繊維で編まれた縄からするりと抜き出してカセインの顔色を伺う。


「それよりも、だ。キミが誰なのか自主的に名乗ってもらいたいところなのだが?」


 カセインの陰気な目がわずかに緩んだと思った時には遅かった。


「妙なマネはするなファウナっ!」


 研ぎ木と呼ばれるユクジモ人が使う大工道具がリドミコに向けられていたのだ。


 老人ばかりなのでその辺りはなんとかなるにしても、リドミコを捕らえている治安隊の男を完全に止められるかは疑問が残る。俊敏なアヒオといえどもこんな形で虚を衝かれてはさすがに身動きが取れなかった。


「はーあ、ウワサはホントらしいな。枢老院側の穏健派がここまで『フロラ』の連中と不仲とは思わなかったが・・・まさか同種を人質に取れるほど腐ってるなんてな。

 ったく、人質にはおれがなってやるよ。今度は解けないようしっかりと縛り直してくんな。ほれ、治安隊のっ。」


 そう言ってアヒオは縄を放る。


「おぉ、」


 といって左にリドミコを抱いて右手の研ぎ木を突きつけていた隊員は、ゆっくりと放られたその縄を左手で掴もうと――――


「ばーか。」


 したところでマントを投げつけ視覚を奪うと、真横から間合いを詰めてマント越しに指投げ刃を男の首に突きつける。


「うおおっ・・・・・・おぉ。」


 パニックになりアヒオのいた方向に研ぎ木を振り回す隊員もその感触で状況が理解できたのだろう、マントが頭にかぶさったまま何も言わずに動きを止めた。


「おいで、リド。」


 するとマントに半分隠れていたリドミコは言われたとおりアヒオの隣に移動して太ももに逃げ込む。


 そうしてリドミコの無事を確認したアヒオは「で、どーすんだ?」とカセインを睨む。


「く、逆らうなアシナシ。

 ・・・ふぅ、困った男だな。確か暗足部の脱走兵だとか? その子どもは耳はきちんと働くよう―――」


 がりがりがりがりっ。


 そう奥歯が噛み鳴らされる音が鳴り終えるより早く、


「言うな。」


 十数歩を風の速度で詰めたアヒオはカセインの首根に指投げ刃を押し当てていた。


「・・・ワ、タシを消しても、」


 言われなくても、


「黙れ。」


 それは悲しいほど解っていた。


「・・・罪は、消えんぞ。」


 気を許すつもりはなかった。

 しかしそのカセインの無抵抗に衝動的な心のケバ立ちはナリを潜める。


「・・・ちっ。ここで言うべきだったな。あのクソザルが、ってよ。」


 どうやらヒナミと関わりがあるようだ。


 ここへアヒオが迷い込んできたのはまったくの想定外とはいえ、利用できるものは利用しようというハラなのだろう。ヒナミとの繋がりを否定しないカセインは岩棚に腰掛けるようアヒオたちに改めて促した。


「ふぅ、本当に隠し通すつもりらしいな、アシナシ。まあこちらとしては刃向かわずに質問に答えてくれればキミを苦しめるつもりはない。

 ところでさっきのは基本動作か何かなのか? 迷いが見られなかったが。」


 うわてに出られると確信したカセインは勝者の笑みでアヒオを見つめる。まるで念願の玩具を手に入れた子どものような興味を湛えたまなざしだ。


「ふんっ。動きが遅い。反応が鈍い。そもそも両足突っ張らせたまま立ってるなんて初動の基本がなってねーんだよ。ったく。

 ・・・はぁ。放ってよこされた縄を受け取ろうとしてる時点で「人質の殺傷が任務じゃない」と教えてるようなモンだ。おれたちがそっちの立場なら投げられてきても絶対に体勢を崩さないな。

 それよりまず「おれを人質にしろ」なんていうヤツを縛り上げるくらい他のヤツにやらせりゃいーんだよ。

 んで、人質の殺傷が至上命題じゃないヤツってのは自分に危険が及ぶと武器を防具に換えちまう。人質に武器を突きつけても自分を守れないと判断するからだ。

 そうなれば身を守るために刃を向かってくる相手の方へと握り直す。これで人質への危険が格段に減る。

 その段階まで行けばすでに混乱状態だ。そのうえ視覚を奪われれば敵のいそうなところにぶんぶん武器を振り回すくらいしかできなくなる。どこ狙ってるかわからねぇ分ちょっとマグレが恐いが、根本的に冷静さと気概と腹の据え方が違うんだよ。リドがいなけりゃ全員に真っ赤な首巻きをくれてやるところだぞ。」


 全員に目を配るのではなくカセインだけに視線を向けてぼそぼそと話す。

 そうやって注意が偏っていることを周囲に示しておくと、油断してアヒオをどうにかしようとする者をあぶり出しやすくなる。


 どんな時でも次の「もしも」を有利に進められるよう小細工を仕掛けてしまうのはアヒオの職業病とも言えるか。


「ふむ、なるほど物騒な話だ。キミの敵にはなりたくないものだな。

 さて、ここでは『フロラ』のハネっ返りとキミの嫌いなクソザルについて知ってることを話してもらおうか。」


 視界の端でようやくマントから抜け出した隊員に穏やかならぬ温度を感じたが何も仕掛けてはこないようだった。あくまでメインは情報の収集らしい。


「けけ、ヒナミも災難だな。ルマとかいう英雄気取りを出し抜いておたくと手を結んでるってーのにこうも解りやすく裏切られちゃ立つ瀬がねぇ。

 ・・・ふぅ。来る途中で仕入れたハナシだがな、『ファウナ』と統府がおたくらの「知恵袋」をそれぞれかっぱらっていったぞ。マユツバもんだと思ってた〔ヒヱヰキ〕やらその類を狙ってるんだろう。

 んで、おたくの大好きな英雄くんのことは知らないな。手形はもらったがくれたヤツからこの扱いだ。動きがあったとは聞いてるがやはり知らん。

 ヒナミについてもそうだ。『フロラ』やおたくらに真っ向から対立するこたぁねーんだろうが、ベッタリすりゃ吠え面かくのは自明なこった。」


 アヒオとしても分が悪い立場が変わらない以上、あまり深く関わりたくはなかった。


「ヒナミに関しての意見は一致するな。ハハ。

 ・・・アシナシ、まだ何か勘ぐっているようだが敢えて言おう。ワタシも古いヒトなのでな、キミが我々を拒む理由はよくわかっているつもりだ。

 だがここにいるのは争いを嫌い集った者たち。キミを傷つける理由も目的も持ち合わせてはいない。

 この村の位置を漏らさなければ、我々を裏切る真似をしなければ、このまま引きとってもらうつもりなのだよ。我々はもう、疲れてしまったのだ。」


 突きつけられた鎌も鋤も鍬も研ぎ木も農具や工具だ。

 治安隊ですら帯びているのが武器でないのだから、おそらく嘘ではないだろう。


「ふんっ! その代わり和平の対話のためには人質も取るってか? 掲げた旗が虹色なら突き立てるのは屍の上でも構わねーんだろな、おたくらってのは。

 いいさ、おれには関わりのないこっちゃ。邪魔したな。」


 まだ若い隊員が何か言い返そうと歯を剥くもカセインに静かにたしなめられる。


「そうだアシナシ、ひとつ頼まれてもらいたい。厄介払いついでになんとかしてもらいたい者がいるのだ。・・・いるのだろう、行商人っ!」


 は、と全感覚をその洞窟全体まで広げ改めて気配を探してみると、なんと高く抜けた天井付近に貼り付いている人影があるではないか。


「うおう。ついにバレましたなや。・・・よ、っと。」


 そう言って飛び降りてきたのはカーチモネ邸でキペに妙なものを売りつけようとしていたチヨー人だった。小じゃれた帽子を押さえて現れ出でたその背にはこれでもかと様々な商品が詰め込まれている。

 だがそんな重量を背負ったままアヒオに気付かれることなく息を潜めて貼り付いていたのだからそのポテンシャルは計り知れないものがあった。


「おー。おまえさんなんだ、捕まってたのか?」


 目ざとくダイーダの手首や首筋に残る赤みを見つけて話しかけるアヒオ。


 素人が無理に縄を抜けようとすれば付く跡だったが、首にもあるということはそれだけで既に一度脱走を試みて失敗したことを物語っている。


「だははは。しかしまぁやはり職業柄、値の張りそうなハナシが聞こえてきそうになると体が反応してしまうんだなぃ。」


 悪びれる様子もなくでへへ、と照れながら一人で笑うダイーダ。

 商戦的時流は読めるが目の前に横たわる重苦しい文脈は読めない行商人だった。


「・・・そういうコトばっかしてんだな、おまえさん。ま、いいわ。この行商人持って帰ればお咎めナシなんだろ? なら連れて出てくさ。行こう、リド。」


 話を聞いていたはずなのにどうしていいのか分からないダイーダ。

 記憶することと理解することの違いをあまり気にせず生きてきたのだろう。


「おいファウナ、忘れ物だ。ほれっ。」


 さすがに自分と同じ手を使うようには思えないのでアヒオは投げ返された手形を素直に受け取る。


「ま、あって邪魔にはならねーか。ほら、おまえさんも行くぞ。今ここで出てかないと今度はどこ縛られるかわかんねーぞ?」


 あ、そら困る、とダイーダもようやくついてくる。


 じゃ、と振り向いて見えたカセインの顔に、アヒオは何も読み取ることはできなかった。


 考えること、思うこと、願うことはいつも幾つでも湧き出てくるのに、叶える体はひとつしかない。それでもなお心の中の世界にのみ目を凝らし続けるのならば、再びまみえることはないだろう。


 動いて動かし、動かして動く世界の住人であるアヒオたちとは生きる世界が違うのだ。



 ファウナ系のヒトを拒むユクジモ人とはいえ、別に動物まで嫌っているわけではない。むしろ性格の穏やかな動物ならば大切にする気持ちもあるのだろう。


「おー無事だったかー。・・・ってか可愛がられてんなおまえさん。」


 村の入り口に繋がれたシャコ馬のもとへ案内されたときには水桶の前で気持ちよく眠っていたところだった。


「よー。ところでおまえさん、なんでこんな村に来たんだ? 行商人ならモノが売れる村かすぐ判るだろ。」


 馬にリドミコを乗せ自分も乗ったところで、どうしよう、と思う。


 その「どうしよう」に気付いたダイーダも、どうしよう、という顔をする。


「いやなぃ、神官に霊ぞ・・・いや、お客さんのいるところまで近道しようかと思って通ったら捕縛されてしまったんだなや。売り物まで取り上げられたんで脱出に時間が掛かってしまったに。

 だはは、ま、何にしてもオタクのおかげで無事に生還できそうだなや。いやー、よかったよかったに。」


 よかったついでに乗せてよ、っぽくアヒオの後ろにまたがろうとするダイーダ。


 それは困ると押し返すアヒオ。


 馬に乗る前に話をきちんとつけるべきだったがそのような手順を大事にしない二人なのだ。


「あっ! そういやおまえさん以前もどっかで情報売ってたよな? なー、ちゃんと金払うからよ、おまえさんキペの行方についてなんか知らないか? 鉄の巨人に持ってかれちまったんだ。カセインのじーさんには聞きそびれちまったからなー。」


 金銭のやり取りは律儀ながら勝手に乗ろうとまたも挑戦するダイーダをきちんと蹴落とすアヒオ。


 リドミコはさすがに飽きてきたので背中からシャコ馬のきっちり分けられた七・三の前髪と戯れている。


「お。客になるとは思わなんだに。えっと、キペ? キペ・・・ご、ごはんっ!」


 ごはんは関係ない。驚いただけだ。


「なんだよ、妙にグっとくる声なんか出しやがって。」


 何がどうグっとくるのか分からなかったが今はアヒオを自由にしてあげようと思うリドミコだった。


「鉄巨人って、魔人のことだなや? だなや? かーっ、それを探してると? 捜し求めていると?

 そんなところで丁度アタシと出会ってしまって魔人誕生の地とも呼び声高い風の神殿へ同行したいとっ?」


 望んでもいない展開で目的地がほぼ決定してしまう。


 うっとうしいほどに押しが強いと根負けしてしまうタイプのアヒオだった。


「ちょ、ツバが・・・あのよ、なんだその風の神殿って。[七つ属性]のうち風だけは神殿を持ってねーって聞いたことあんぞ?」


 まだ結局ダイーダが馬に乗れていないので一歩も村を出ていない。

 無駄が多い旅人たちなのだ。


「ぬふふ。馬に乗せてくれて風の神殿の捜索に協力してくれるならお代は結構なんだなぃ。」


 商売人がその魂を燃やし始める。


 リドミコはアヒオのマントにもぐり込んで眠ろうとする。


 見張りに立っていたユクジモ人もなかなか出発しないファウナ人に嫌気が差して帰ってしまう。


 木漏れ日のやさしい森の中でアヒオとダイーダはふたりぼっちだ。


「うーん。そこの神殿ってのはヤツらの根城と関係あるのか? つってもおれもあの魔人たちについては知らないことばっかだからな。・・・よし、のった。乗れ。」


 そしてようやく出発。


 さすがに三人は重いのでナマコ馬よりやや大きなシャコ馬といえども走ることはできないが、それでもヒトの足よりずっと早く移動できた。


「よしきたに! ではまずナナバの村というところを目指してもらおうかなぃ。場所は・・・」

「お、なんだソコかよ。場所はいい、知ってるから。リド、方位は分かるか?」


 マントからひょこっと顔を出して、あっち、と指さす。リドミコに道を尋ねるという正しい手順に、アヒオはようやくここで辿り着く。


「ハナシのわかる客は好きだなや。だはは、ここは出血大オマケとして特別に教えてあげようかなぃ。

 風の神殿、というのはただの呼称だに。

 ヒトによっては古代遺跡なんて呼んだりしてるんだけども、聖都の役人たちも気になったんだろうなや、過去に各地で大規模な遺跡調査が行われたことがあるらしいんだに。なんでもそこには財宝が眠り、〔魔法〕まで封印されてるとかって話だからなぃ。そんな話も残ってるから一攫千金の亡者たちは未だに探し続けているという話なんだなや。

 そして話題に上っては消えるその風の神殿の場所を、ついにこのダイーダが突き止めたのだなぃ。

 はぁ。・・・ところが残念なことにその近くでは今、遺跡発掘が学者どもによって進められているんだに。先を越されてはならないが一人ではこなせない仕事だからに、せめて人件費は急いで作らねばと神殿・・・客に商品を売ろうと向かっていたらユクジモ人に捕まってこうなったというワケなんだなや。」


 後半がグズグズの恨み節だったものの一攫千金の亡者・ダイーダの目的はわかった。


「遺跡調査ねぇ。カーチモネお抱えの学術調査隊がいたがあいつらのことか? あ、だからおまえさんカーチモネんトコに潜り込んでだのかっ!

 ま、とにかくいっぱしの調査隊くらい人数がいたからな、魔人でもキペの痕跡でも見つけてくれりゃーこっちゃ手間が省けていいんだが。

 しかしよ、あの魔人って何なんだ? それに〔魔法〕って。何かの比喩か?

 よもやおとぎ話の〔魔法〕のために商連の長であるカーチモネが金をはたくとは思えねぇし、よしんば実利のないそんな趣味があったとしても成果がなきゃとっくに打ち切ってるはずだ。

 少なくともナナバの村が発見され認知されてから何円かは経ってる。歴史的な発見があったようには見えねートコを鑑みれば、やっぱりなんか裏があるなと思うのは自然なこったろ?」


 気付かれないように、気付かれないように、ダイーダの背負い袋から滋養強壮に効果のある木の実を取り出し、リドミコはそっとシャコ馬に食べさせてあげる。

 この数日ずっと背中に乗せてもらっているので愛着が湧いていたのだ。


「鋭すぎる客は好きになれないなや。それにアタシは商業連合傘下の行商人組合の役員だからあの時はきちんと招待されたんだなぃ。

 ふぅ、それでも人件費と運賃を考慮すると得なので答えてやるかなや。

 おそらくカーチモネ氏はありきたりな財宝も夢みたいな〔魔法〕も求めてないんだに。あの男はたぶん、〔ヒヱヰキ〕を探してるんだなや。」


 あれ、なんか背中に、と訝るダイーダと目を合わさないリドミコとアヒオ。

 教育方針はよくないがチームワークは抜群だ。


「それも神話やら伝説やらの類だろ? 《緋の木》以前の文明の遺産とかなんとかって。

 ずいぶん前に終末思想に取り憑かれたアホどもが「〔ヒヱヰキ〕の再臨によって世界が生まれ変わる」とか言って聖都で暴れてたよな。軽く制圧されてたけど。

 ・・・でも、そーいうこっちゃないみたいだな。」


 よっとっと、などと馬の背で綱渡りよろしくバランス芸をやりはじめるリドミコ。

 ほれ、あぶないよお嬢ちゃん、と抱きとめるダイーダ。

 すまんすまん、あとで言って聞かせるから、とリドミコを受け取るフリをしてまたもやダイーダの懐から干し肉をかっぱらうアヒオ。

 路銀はあるが食糧はなかったのだ。そしてその路銀の出所も出所なので、どっちにしても罪人だった。


「らしいなや。アタシはそんなんには興味ないんでどっちだっていーんだけどに、オタクらにとっても〔魔法〕なんて便利なものが手に入るとすれば損はないはずだなや。ヒト探しだってチョチョイのチョイと片付くからなぃ。」


 夢物語のアイテムに頼るつもりはなかったものの、情報の売買を手懸ける者ですらキペはおろか魔人の居所や詳細さえ掴めていないのだからわずかでも望める可能性に賭けるしかなかった。ただ、ナナバの村の近くとしか伝えられていないこの状況下ではそれもキペに繋がる高確率な選択肢とは言いがたい。


 そうして信じ切れない部分を持ったまま信じるしかないアヒオとリドミコはダイーダを連れ、ゆっくりとだが確かにナナバを目指す。

 そのずっと後方をついてくる多数の羽音も知らないまま。

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