第12話幸せそうに食べる姿に一目ぼれだった [ジョシュア側視点]
プッ。
こらえきれず噴き出した喉から続くのは、あまりにも盛大な笑い声。
「あははははははははっ! また!? また失敗したって!?」
「うるさい! レント!」
「だって、また、またってっ! お前これで何回目!?」
ゲラゲラと、目の前で腹を抱えて笑っているのは『カミジョウ・レント』。
こちらの国ではレント・カミジョウと名乗る、某弁護士事務所の若き副所長であり、ジョシュアが一代で築き上げた『ウォード商会』の専属弁護士である。
専属というからには信頼し合っている訳なのだが、目の前の弁護士の態度は雇用主に対しあまりにも失礼極まりないわけだが、これだけ雇用主の失態を笑っても許される、という事はつまりそう言う事だ。
「だって! だってお前、まだ治ってなかったの!? 『貴族嫌い』! いや、貴族相手の仕事でここまで成り上がったのに!? まじ面白れぇ!」
「笑うな! 仕方がないだろう!」
ジョシュアは声を荒げ、カミジョウを怒鳴りつけた。
そう、仕方がない。
ジョシュアの貴族嫌いは、もう本当に、仕方がないのだ。
今は国随一の大商会と称えられるウォード商会だが、その成り立ちは、とある孤児院が養い子の数が増えたすぎたから、という理由で12~15歳の年長者達が追い出されたところから始まる。
彼らの中で頭が良く、いたずらっ子でリーダー格だったジョシュアが追い出された子供をまとめ、雨風だけはしのげるあばら家をただ同然で借り受け、腹を満たすにはあまりにもわずかな食べ物を分け合いながら、日銭を稼ぐために馬車ターミナルで始めた靴磨きが原点だ。
放り出された子供たちを機にかけてくれた革細工店の親父から切れ端の皮と油を貰い、それを抱えて日がな一日大人たちの靴を磨いた。
綺麗に磨いて銅貨5枚(500円)程度。
靴底を直して大銅貨2枚(2000円)程度。
雨風や理不尽に耐えながら彼らは頑張り、元手が集まれば皆が暖かに暮らせる家を借り、飯を増やした。そして落ち着いてきたころ、ジョシュアは共に暮らす子供の能力に合わせ、仕事を引き受けるようになった。
器用だけど非力な子は傘直しや刺繍裁縫、不器用だけど力の強い子は市場や建築現場などの力仕事の仕事といった具合だ。
そうして孤児院を追い出されてから5年後、彼はウォード商会の前身となる『何でも屋ウォード』を立ち上げた。
この頃には、最年少ながら見目が良く大変に頭の良かったレントは、名士として有名だったカミジョウ家に養子にもらわれた。
今生の別れと思ったが、彼も、そして彼の養父母も子供たちを気にしてくれ、菓子を持ってやってきたり、時に仕事を回してくれ、毎日2度の食事が腹いっぱい食べられるまでになっていた。
そんな『なんでもやウォード』が、国一番の商会になる転機が訪れたのはそれから二年後。
近所にすむ宝石研磨の親父が病を理由に廃業した際、たくさんの屑宝石や研磨で出た欠片、そして加工資材一式をただ同然で譲り渡してくれたのだ。
それを見様見真似で加工し髪留めやブローチを作り、刺繍と織物に取り入れ、様々な装飾品や工芸品を作り出したところ、裕福な商人や下級貴族の普段使いの服飾小物、庶民の間では頑張ってご褒美に買う贅沢品として大流行したのだ。
一財産を築いたが子供たちは、ここで満足することなく服飾部門を立ち上げ次々と新作を発表した。
すると評判を聞きつけた高位貴族の夫人がパトロンとして名乗りを上げ、彼らは支援を受け専門的な工芸技術、裁縫技術の師匠を得、腕を磨き、繊細で緻密な刺繍に宝石を取り入れた『宝石刺繍』のドレスを作り上げた。
パトロンである女性がそれを身につけ夜会に出ると、華やかな夜会の場で、天井の光を受け輝く宝石刺繍のあまりの美しさに目を奪われた女性たちの間で瞬く間に噂となり、注文が殺到することになった。
こうして、ウォード商会は国一番となりあがったのである。
国一番の商会となっても、友に孤児院を追い出された仲間は皆健在であり、それぞれにあった部署の第一線で働いている。
キッカケが宝石刺繍であったため、他の部門も貴族相手の仕事が格段に増えたたため、一番客あしらいに長けたジョシュアが一手に引き受ける事となった。
実は、彼らの中には貴族と聞くだけでパニック発作を起こすものもいる。
それは、靴磨きの頃に下級貴族から受けたひどい仕打ちを、忘れる事が出来なかったからだ。
今、ジョシュアの目の前で彼の貴族嫌いを大笑いしているカミジョウも、実は靴磨きの最中に笑いながら顎を蹴りあげられたり、代金である銅貨を顔面に投げつけられるなどの理不尽な暴力を受けたことがある。
だから『それと結婚しろ』と言われているジョシュアのやるせない気持ちは痛いほどにわかっているのだ。
「気持ちはわかる、わかるよ。だけど御大からも、夜会へ出るように言われているんだろう? お貴族様の社交界に出るにしろ、商売を続けるにしろ、やはり爵位はあった方がいいに決まっているし、茶会などでの女の力は大きい。 必ず女性パートナーも必要になる。それを見越してのお見合……」
「わかっている!」
ソファに座り、ぶすくされながらコーヒーをたしなむジョシュアに、カミジョウは溜息をついた。
今まで行ってきたお見合いは10回を超える。
ジョシュアが爵位持ちの伴侶を探していると話を聞きつけた相手から持ちこまれるものが多かったが、いずれも目的は一緒だった。
家計が火の車の子爵家、婿養子が背負ってくる持参金目当ての浪費家の男爵家、今をときめくウォード商会を乗っ取りたい野心持ちの子爵・伯爵家等……。
いずれも結婚したら絶対に苦労するのが目に見える縁談ばかりで、すべての家が『平民なのだから黙って金をもって婿に来い』と爵位を振り乱して結婚を迫ってきたが、スポンサーたる御大のお陰でどうにか切り抜けてこられた。
しかしそれにも限界はある。
「もうあきらめて、御大と縁続きとかいう令嬢にしておけよ」
「……いや、それは本当に遠慮したい……」
恩義あるパトロンと縁続きの令嬢とは、一度夜会で出会った事があった。が、その印象が恐ろしかった。
ジョシュアの顔を見た当初はとてもにこやかであったが、その出自が庶民であると知れた途端、彼女は貴族の淑女へと激変した。
決して嫌な対応はされたわけではない。面と向かって馬鹿にされたわけでも、口汚くののしられたわけでもない。
しかしそれまでは恋する乙女ように熱で潤んだ目が、庶民とわかった瞬間に熱を失い、冷たく見下すそれにかわったのだ。
あの変貌は、本当に恐ろしいと思った。
そして一生あの瞳で見られることは耐えきれないと思ったのだ。
「じゃあさ、一人、お勧めしたい子がいるんだけど」
思い出し、身震いしてため息をついたジョシュアに、カミジョウはニヤッと笑った。
「……何だ、藪から棒に」
仏頂面のジョシュアの机の上から、たくさん作った釣り書きを一部抜き取ったカミジョウは、にやりと笑った。
「多分、お前が一目で気に入る優良物件だ。明日に相手の報告書を用意してやるから、楽しみにしていろ」
そう言われ、なんとなく頷いたジョシュアのもとに、翌日、カミジョウは本当に報告書を持ってやってきた。
急ごしらえで用意したであろうと思われる絵姿は、やや幼げな少女の姿があった。
名は、『ポッシェ・テールズ女伯爵』
年は自分より10年下の16歳。
親がろくでなしの屑であり、娘に爵位を押し付ける形で貴族籍から除籍し逃亡。
多額の借金と共に爵位を押し付けられ、現在はカミジョウが副所長を務める事務所で自己破産と爵位の返上に向けての準備中とのことだ。
「あからさまな金目当てじゃないか。」
げんなりしていったジョシュアに、カミジョウは笑う。
「いやいや、全然。彼女は自己破産と爵位の返上と希望していて、それが叶ったら爵位への慰労金は長年面倒見てくれた使用人へ未払い給与と退職金として渡し、本人は平民として住み込みでどこかで働くと言っているんだ。そんないい子だから、基本的に依頼主に肩入れしないうちの所長が、彼女をうちの事務所に住み込みの奨学金生として雇うことを決めたくらいだ」
カミジョウの上司は公私混同しない厳しい人だと知っている、だからこそ、ジョシュアはその話に惹かれた。
「……そんないい子なのに、親が屑なのか?」
「俺達だってこんなにいい子なのに、捨て子なのと一緒だろう。」
「お前がいい子なのかは別だが、確かに一緒だな。」
ジョシュアは少女の報告書を見た。
親が作った借金は、貴族で身寄りもほぼいない少女一人では返すのは身を売るしかないだろうが、自己破産すれば馬鹿な親の作った『借りてはいけないところからの借金』の膨大な利息は確かになくなる。
「レント。この『借りてはいけないところの借金』については……」
「手は打ってある。あと銀行の借金や屋敷の抵当に関しては、お前が婿養子に入るために用意していた持参金でチャラにしてもやや余る。……いや、それだけじゃない。彼女はとてもいい子なんだ、話してみればわかる。絶対にお前好み。どうだ? お前は爵位と愛らしい妻が手に入る、彼女は借金が亡くなり、使用人へ金も払え、自身は貴族でいられる。な、ギブアンドテイクだろ?」
「……鼻持ちならない貴族の令嬢ってことは……」
「ない。むしろその逆だ。俺の担当でもないのに、あんまりにもいい子だから、可哀想でつい、この話を出したくらいだからな」
こういうところでカミジョウが絶対に嘘をつかない事を知っている。
「……そうか。では、会ってみよう。」
「そうこなきゃ。じゃ、彼女の借金の事もあるから、明後日に見合いをしよう。場所はこっちで決めておく。また連絡する!」
破顔したカミジョウは、そのまま嬉々として出て行ってしまった。
そして見合い当日。
(……可憐だ)
初めて見た令嬢は、それはそれは愛らしく、可愛らしかった。
テールズ伯爵家女当主ポッシェ。
柔らかそうで、光に透かすと金色に見えるような栗毛のサラサラの髪に、春の息吹を思わせるような若草色の瞳の彼女には、若草のワンピースもよく似合っていた。
時折、にっこりと笑う姿も表裏なく大変に可愛らしかった。
さらに可愛らしかったのは、出されたお菓子を食べている姿だ。
特段珍しくもない小さなチョコレート菓子を勧めたところ、『食べていいの?』と目を真ん丸に見開き、それからなぜか気合を入れたように肩に力を入れ、小さなケーキをさらに小さく切って口に入れた。
一口。
すると次の瞬間、目元も、頬も、口元も、バラ色の様に染めて蕩けるように微笑んだ。
それはまるで、冬眠から目覚め、初めての美味しい食事を蕩けるような顔で食べる子リスのようだった。
(愛らしい……。)
おかわりを勧めれば『良いんですか!?』と目を真ん丸にして驚きながらも、取り分けられた小さなチョコレート菓子に目を輝かせ、丁寧に蝕し、美味しいと微笑んでくれるのだ。
(伯爵家の生まれならばこの程度の菓子、日常から食べているだろうに……こんなに喜ぶなんて)
そう思いながらよくよく観察してみれば、ややぎこちないものの、テーブルマナーもそれなりに出来ているし、今までの令嬢達の様にすぐにお金の話――年収はいくらですか? 結婚したらいくら使ってもいいんですか? 商会の優遇はあるか、等や、自分の借金がこれくらいあって……と話を振ってくる事もない。
カミジョウの言ったとおり、ジョシュアにとって、彼女はまるで可憐で愛らしい一輪の花のような女性であった。
いや、素直に言おう。
少々性格が悪くてもいい、一目惚れだ。
(畜生、流石はカミジョウ、俺の女の好みをよくわかってる、解りすぎている。)
ジョシュアを見てにやりと笑ったカミジョウに、少々悔しい思いもしたが、彼はそのまま紳士然と、彼女に契約を持ち掛け、彼女もありがたくと頷き、めでたく婚約となった。
しかしここで、大きな誤算があったことを、ジョシュアは彼女の屋敷を訪問したときに知る事になった。
愛らしくもはかなげ、人の気持ちを慮り、長年尽くしてくれた使用人のためにと大切な金を渡してしまえる。
そんなジョシュアの理想を具現化したような彼女が。
まさか!
可憐で慎ましいどころか、赤貧に逞しく立ち向かい、野草を美味しく食べながらここまで生きて来たなんて!
そのあんまりにも逞しくも不憫な姿に少々取り乱してしまったジョシュアは、今まで辛かった分も含め、彼女を絶対に幸せにすると心に誓ったのだった。
「俺は絶対 ポッシェ嬢を見事な伯爵家当主にしてみせる! 後、食べてる時があんまりにも可愛いから、美味しいものを今までの分も含め沢山食べさせたい!」
「……え?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます