第11話 無駄になった小麦粉と、突然の荷造り

 その後、昼食は一時中断となり、ジョシュア様に呼ばれたという、私が今来ている洋服よりずっと素敵なお仕着せを着た女性達が到着すると、私に二人、じいやとばあやにそれぞれ1人ずつ、本日のお世話係としてつけられた。

「あの、ジョシュア様。お世話係……とは?」

「急で申し訳ないが明日からここは補修工事が行う。それに伴いポッシェ嬢には当家で暮らしてもらいたい。改修工事中は危険が伴うので荷物を取りに帰ってくるのは難しい。今から侍女と共に荷造りをしてほしい。特に大切なものなど、忘れ物のないようにしてほしい」

 ジョシュア様にそう言われた私は、テーブルの上に並ぶ食事を見た。

「え? あの、ジョシュア様? お昼ご飯は」

「もう一度言うが、野草を素材の味だけで食べる伯爵家当主などいない!」

 と、大きな声を出されたジョシュア様は、はっとした顔をして手で口を押さえると、私に頭を下げた。

「先ほどから何度も大きな声を出してすまない。あまりにも私の知る貴族、常識とかけ離れているたから我を忘れてしまった。今後このようなことがないようにする。どうか許してほしい。」

 そう丁寧に謝られてしまって、私も慌てて頭を下げた。

「い、いえ、びっくりはしましたが、当家が少し世間と違うと言う事はなんとなくですがわかっていたので……当家の話を聞いてびっくりされるのもなれていますし、大丈夫なのです」

 そう言った私に、ジョシュア様は良かった、と少し息を吐かれてから、改めて姿勢を正した。

「昼食だが、少し遅くなるが屋敷に新しいものを用意させている。帰宅後、一緒に食べよう。急がせて申し訳ないがとりあえず彼女たちと引っ越しの用意してほしい」

「そういわれましても、あの、せっかく作ったのにもったいないですし、それに荷物と言われても……。」

 お残しは『もった〇な〇お化け』が出るかもしれないし、大切な日々の糧を食べずに無駄にしてしまうのは本当に忍びない……それに、あの小麦粉は、今日のため少し奮発して買ったのだ。

 そんな私の気持ちが通じたのだろうか? 少々難しい顔をしたジョシュア様は、少し厳しい顔をして私に言った。

「ポッシェ嬢。これは婚姻時の契約にあった『伯爵家当主としてふさわしい行動をとる』に該当する案件だと思ってあきらめてほしい。これから先、高位貴族や取引先の御夫人をお呼びして開くお茶会で、雑草茶を出すのが良しとは思わないだろう? 少しずつでいい、今までの常識を捨て、貴族としての生活と感覚に慣れてほしい」

(そういわれればそんな項目があったわ)

「わ、解りました……。」

 私の知識は、自分では常識的だと思っていたが、とても偏っていると市場で働くおかみさん達からも常々指摘されていたため、話を持っていたわけでなく、本当にそうだったんだと納得するしかなく、また、契約の事を言われてしまえば目の前の食材をもったいないと後ろ髪をひかれながらも、素直に頷くしかなかった。

「では君たち、くれぐれも丁重に頼む。それから、洋服などは後で服飾部門を屋敷に呼ぶから、本当に必要な物だけ、持っていけるように手伝って上げてほしい。」

「「かしこまりました。」」

 ジョシュア様にそう言われた侍女の皆さんが私の方をちらっと見られたのは気のせい? と思っていると、がしっと私の両脇を固められ引きずられ自室に戻った。

「では女伯爵様、どちらからお運びしましょうか?」

 そう言われ、私は少し考えてから自分の机の上を見た。

 そこには、父の執務室から運び出したものや、王城や領地から届けられた書類が並んでいる。

「えぇと、この机の上にあるものや本棚にある書籍は、全て先祖から引き継いだものや領地経営に関する大切なものですので……」

「かしこまりました。それではすべて整理して運び出しましょう」

 私の言葉を受け、てきぱきと机の上や本棚にある神の束やファイルなどを、丁寧に仕分けし持ち運びしやすいよう丁寧にひもで縛ってくれる侍女さん。

 そのお陰で領地関連の物、先祖代々受け継いだ大切な書物などが解りやすく整理され、感心してしまう。

「書類の整理が終わりましたので、女伯爵様の私物を片付けさせていただきたいと思います」

「え? あ、それは……」

 侍女の一人がそう言うと、躊躇する私の言葉を待たず、『失礼します』と言った後、ベッドサイドにある小さなチェストの引き出しに手をかけた。

「……え?」

 侍女さんは、一度開けてた引き出しを閉め。首をかしげてからもう一度引き出しを開けると、中から一枚、つぎはぎだらけの布を取り出した。

「……女伯爵様。こちらは何でしょうか?」

「ひっ!」

 それをみた私は、顔から火が出る錯覚を起こし、慌てて駆け寄ろうとするが、本屋書籍であえなくそれを断念し、頭を下げた。

「すみません! そ、それはその……私のシュミーズで……」

 消え入りそうな声でそういえば、侍女はまるで自分の目を疑うかのようにそれと私を見比べ、それから一つ咳払いをしてから、問いかけてきた。

「思い入れのあるものでございましょうか?」

 堂々とそう言われ、私は小さく頷いた。

「はい……それはもう6年は着ていますので、思い入れというより、こう、肌にしっくりとくるので持ってい……」

「わかりました、捨てさせていただきます」

「えぇ?」

 私が言い終わる前に、侍女さんはそれをいらないもの用の麻袋に入れてしまった。

 確かに繕いだらけだけれども、そこは問答無用!? と思っていると紐でくくられた書籍や書類を従者に運ぶよう指示していたもう一人の侍女が、失礼します、と私の見た目はボロボロ、中にはスカスカのクローゼットを開け、絶句していた。

「……女伯爵様、お洋服はこれだけ、でしょうか?」

「えぇ、そうです」

「さようでございますか……ちなみにお飾りやかばん、靴などは……?」

「そこにある者だけです」

「……さ、さようでございますか……。では女伯爵様、こちらは何でございましょうか?」

 やや絶句しているように見える侍女は、クローゼットの中身を確認しながら、机の引き出しの整理をする私に声をかけてきた。

「えぇと、私の外出用のワンピースですかね」

 彼女が手に持っていたのは数枚のワンピース。

 先日ジョシュア様に会うためにばあやと繕った元お仕着せワンピースや、市場のおかみさん達から好意でいただいたものを数枚合わせリメイクした者達だ。

「外出用……こちらに思い入れはございますか?」

「思い入れと言いますか、右手の物は市場の魚屋と八百屋のおかみさんにいただいたお古をリメイク……」

「捨てさせていただきます。」

「え?」

 と。そうこうし、気が付いたら、お父様から引きついた領地の書類と書籍、先日レイラさんからもらった数着のおさがりのワンピースに比較的綺麗な数着の下着。そして私の宝物である、おじい様がご存命いるときに画家に描かせた祖父母と私の姿絵が1つと、おばあ様が買ってくれた古い絵本数冊とバースデイカードという、数少ない宝物を入れた鞄を持たされる格好となっていた。

「ジョシュア様。お待たせいたしました。」

 エントランスを出、すでに荷物も積みこまれた馬車の前に立っていたジョシュア様は、私を馬車に乗るようエスコートしてくれながら、少し驚いたような顔をした。

「君の荷物は、随分とすくないな……。」

 馬車に乗り込み、鞄を抱えて座った私は、後から乗って来たジョシュア様の言葉に頷いた。

「はい。洋服や本以外、私物は少なかったものですから……」

 全部捨てられてしまいましたので、などとは言えずそう返すと、そうかと頷かれたジョシュア様。

「ところでその鞄は……?」

「これですか?」

 私が抱える鞄を凝視するジョシュア様に、私は手に持っていた鞄を見せた。

「昔勤めていたメイドが置いていってくれた鞄なんです。御覧の通り大きいので、書類を入れて王城へ行くときなどに重宝していたのです」

 領地の報告書などを運ぶときとても重宝したなぁと、つい鞄を擦っていると、ジョシュア様は首を傾げた

「……蓋が開いているが?」

 そう言われ、私は頷きながら閉まらない鞄の鍵を見せた。

「はい。じつはここが壊れていて、鍵が閉まらないのです。実は持ち方も、少々コツがいるんです。気を付けないと取っ手が外れるのです。あ、でもとっても頑丈ですし、まだ十分に使えますよ?」

 うふふっと笑った私に、ジョシュア様は目頭を押さえ小さく震えているようだ。

「ジョシュア様、目にゴミでも?」

「いや、あまりにもいろいろと不憫で、流石の私ももう、涙しか出ないよ。」

「……不憫、ですか?」

 不憫が何を示しているのかわからないけれど、『そうですか、それは大変ですね』と私は笑って話を合わせている間に、馬車は走り出した。

 馬車の中では、何故かジョシュア様からお調べになっているだろうに、『今までどう暮らしてきたのか』『どんな生活リズムだったのか』『領地とテールズ伯爵家の収支決済と年間の予算について』聞かれ、私が答えるたびにジョシュア様は目頭を押さえていた。

(目に御病気があるのかしら?)

 心配に思いながら話を続ける事小一時間。

 到着したのは、王都の郊外にある綺麗なお屋敷だった。

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