第10話 赤貧女伯爵と婚約者、昼餐の攻防
「こちらになります」
食堂につくと、私はいつもの席に座り、ジョシュア様にはお父様が座っていた席に座っていただいた。
「今日のお料理は、私とばあやで作ったんです。お口に合うといいのですが……」
そんな私の言葉と共に、じいやとばあやが先ほどと同じく、軋んだ音のするカートで食事を運び、ジョシュア様の前にはじいやが、私の前にばあやが、食事を並べた。
「ありがとう。じいや、ばあや」
「大丈夫でございますよ、お嬢様。それではジョシュア様、お嬢様、ゆっくりお召し上がりくださいませ」
そう言って二人で頭を下げると、食堂を出ていった。
いつもであればじいやとばあやはこの部屋で一緒に食事をとるのだが、今日はお客様がいるという事で地下にある使用人用ダイニングで、先ほどの職人さん達と共に食事をとる段取りになっている。
部屋を出た二人を見送り、いわゆる家長の座る席に座られたジョシュア様のほうを見た。
するとジョシュア様はポカンとしたお顔で食事を見ている。
「ジョシュア様? どうかなさいましたか?」
私の問いに、ジョシュア様は顔を上げるとこちらをじっと見、それから口を開いた。
「ポッシェ嬢、これ、は?」
指さされているのは今日の昼食であるため、私はにっこり笑って説明する。
「本日の昼食です。前菜の温野菜のサラダ、野菜のスープに、パンケーキです。どうぞ、召し上がってください。私も頂きますわね」
そう告げて、私は手を合わせ、食膳の祈りをささげた。
「いただきます」
見栄えが良いよう丁寧に磨いたカトラリーを手に、サラダを口に運んだ。
シャクッ。
やや酸味があり、ぬめりと歯ごたえが特徴のスベリヒユと、爽やかな苦みのあるヨモギの若芽のサラダは、さっぱりと食べる事が出来る。
(つぎは……)
底に小さく刻んだ野菜が沈んだ琥珀色の野菜スープは、しっかりと野菜の旨味が出ているし、パンケーキも中までしっかりもちもちに焼けており、小麦のしっかりとした味がする。
(よかった、今日の昼食は上出来だわ)
大地の恵みたっぷりのサラダをもぐもぐと食べていると、サラダを凝視し、戸惑いながらフォークでサラダの中身をじっくり見聞し、ヨモギの部分だけ、フォークの先に少しだけ乗せ、そっと口に運ぶジョシュア様。
「……っ」
彼はそれを口に入れ、わずかに咀嚼し、すぐに口元を押さえ、自分が食べた温野菜のサラダを信じられないと言う顔をして凝視しはじめた。
「あの、どうかなさいましたか?」
口の中の野菜を飲み下し、お水を一口飲んでから尋ねると、ジョシュア様はグラス一杯のお水で口の中のサラダを飲み込まれた後、私の顔を凝視したまま口を開いた。
「君が食べていたこれは……なんだ?」
「え?」
私はサラダのお皿を見た。
「先ほど申し上げた通り、温野菜のサラダです」
確認してからにっこりと笑って答えると、ジョシュア様はお庭の方を見、それから私の顔とサラダの皿を二度に返し、再び私を見た。
「緑の物はわからないが、この赤い野菜? たしか先ほど行った庭にたくさん生えていた物に似ている気がするのだが?」
「まぁ! よくお解りになられましたね」
ポン、と手を打って私は答えた。
「ジョシュア様がいらっしゃる前に私が収穫しました。スベリヒユといって、触感もよく味も……」
「そんなことはいい。では、先ほど私が食べた緑の野菜は!?」
「それはヨモギです。こちらもお庭にたくさん生えていて、さっぱりとした苦みが特徴です。体にもいいんですよ」
笑顔で答えると、口元を押さえられたジョシュア様は、真っ青なお顔で私を見、唸るように呟いた。
「……君は、平気なのか?」
「平気とは?」
言われている意味が解らず首をかしげて問うと、彼は解りやすく言葉を変えて問われた。
「君は、これを食べて体は平気なのか?」
(なぜそんなことを?)
首を傾げ、私は答える。
「勿論です。この時期スベリヒユもヨモギもよく庭に生えますので、毎日、毎食食べておりますわ。あ、ご安心ください。しっかり水で洗い、しっかり湯がいておりますし、当家のお庭には農薬は撒いておりませんので、オーガニックというやつです」
にこにこと、よく屑野菜をくれる八百屋のおじさんとの話の冗談話を交えながら、毎日どころか毎食食べていると説明すると、彼は信じられないと言う顔をした。
「これが伯爵令嬢の食事だと?」
ジョシュア様のひきつったようなお顔に、私は慌てる。
「あの、もしかしてお口にあいませんでしたか?」
「君はいつも、こんなものを食べているのか?」
「はい。スベリヒユもヨモギも東方では歴史ある薬膳料理の食材だと図書館の本で調べましたので。美味しくて健康的な食品です」
問われた内容に戸惑いながらも、努めて笑顔で答える私に、ジョシュア様はお顔を真っ赤にして叫んだ。
「そうじゃない! そういう問題じゃない! 君には文化的な食事をするという考えはないのか!?」
「……え?」
(文化的、とは? 辞典では物質的ではなく、精神的な所業を強調して言う事 または文化にかなう、近代文化の要求に合う所作、だったかしら?)
目の前には調理した食事に、食事に使う様々な食器やカトラリーもある。
「あの、カトラリーも、お皿も使っておりますが……あ、火も使っていますけど。」
決して摘み立てほやほやの野趣あふれる状態の物を出しているわけでも、手づかみで食しているわけではないので、それを伝えてみた。
が
「だから、そういう問題ではない!」
(え? じゃあなに?)
どん! と、テーブルを叩かれたジョシュア様に、私は戸惑い首を傾げた。
「では、この食事の何が文化的ではないとおっしゃるのですか?」
「なにって……君にはわからないのか?」
食事のマナーはばあやとじいや、それから貴族の心得という本で学んだものだがちゃんとしているはずで、そうすると、後マナー違反(非文化的)な事と言えば……。
(そうか)
ポン、と、私は手を打って頭を下げた。
「申し訳ありません。使用人がじいやとばあやだけですし、いつも三人で一緒に食べているものですから、マナーにそった給仕が出来ていませんでしたね。」
「それはそうだが、そんな事じゃない!」
ずいっと、ジョシュア様は温野菜のサラダのお皿をもう一度、私の方へ突き出した。
「君はなぜ、何かわからない草を煮たものや、色付きの水の様なスープ、ペロンとした何かしか食べていないのか? 伯爵令嬢だろう?」
(え? もしかしてお食事の内容の事?)
そう言われ、私はようやくジョシュア様のお怒りの意味を理解した。
が。
私は申し訳ありませんと頭を下げた。
「それは御存じの通り、当家に食材を買うお金もないからです。ですが、毎日ばあやと試行錯誤しながら作っているんですよ。それにとても美味しいんです。素材の味が効いていて……」
「素材の味が効いているのではない、素材の味しかしないんだ! 何故君はそれを不思議に思わない!?」
「不思議、ですか?」
「……もしかして、疑問にも思った事すらないのか……。」
大きな声を出した後、突然がっくりと肩を落としたジョシュア様は、気を取り直したように顔を上げると、胸ポケットから魔道電話(ショーウインドウでしか見たことの無い最高級の魔道具だわ、こんなまじかで初めて見た!)を取り出し、それを指で操作しつつ、首をかしげている私に叫んだ。
「今の君は女伯爵どころか庶民以下だ! だが婚約してしまった以上、これを破棄するわけにはいかない! だがいいだろう、勝負だ! 今に見ていろ! 君を立派な伯爵令嬢にしてみせるからな!」
(食事中に立ったり、怒ったり、勝負を挑んだり、電話をするのは十分にマナー違反ではないのかしら?)
と思いつつ、訂正しなければと、ジョシュア様に告げる。
「あの、ジョシュア様。立派な、と仰いましたが、一応我がテールズ家はちゃんと伯爵位も領地もございますよ? それに、これはこれで大変に美味しく、十分文化的で美味しいお食事です」
と言って、目の前で食事を残すのは良くないと食べ進めようとすると、その手をジョシュア様が止められた。
「あ、私のサラダ……。」
「食べるのをやめて少し待ちたまえ! いいか? 私は、野草をモリモリ食べるような令嬢を……いや、王都の民を見たことがない! もしもし、セバスチャンか!? 私だ。頼みたいことがある! 大至急カミジョウにテールズ伯爵家の場所を聞いて人手を寄こしてくれ! それから、今から3人ほどそちらの屋敷に人を連れて行くから昼餐の準備を! そのうちの1人は今日から新居が完成するまで其処で寝泊まりする。何、それは誰だと? 先日言った私の婚約者だ! 最低限で良い、すぐ生活できる用意をする、レーラに伝えてくれ!」
ピッと魔道電話を切られたジョシュア様は、私と食事を比べて見ながら、再び大きなため息をつかれたのだった。
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