第3話 赤貧令嬢、借金まみれの女伯爵になる
『もう見栄を張るのも疲れたし、借金も知らないうちに増えていて、返すあてもないので、父も母も逃げることにしたよ♪ お前にテールズ伯爵位を譲る手続きはぜぇんぶ済んでいる。親の尻拭いは子供の役目。今日からお前がテールズ伯爵家の女当主。後は頑張れ(てへぺろ)』
先程は目が滑って要約して読んだ手紙の、実際の内容に私は頭を抱えた。
親から子への手紙というには、あまりにも自分勝手で稚拙で、しかも便箋などではなく宝飾店からの督促状の裏に走り書きされたそれに、私の脳内には、さも満足げに手紙を書き終え、金目のものや換金できそうなものは全て抱え、にやにやと満足げに笑いながら夜逃げした両親が容易に想像できて、あまりの仕打ちに全身の力が抜けてしまい、へなへなと床に座り込む。
(た、高跳びされた……)
自分達が作った巨額の負債
どこまでもふざけた親である。
が、元々期待していない両親の行動にそこまで傷つくことはなく、理解し終わった私の脳裏にひらめいたのはこんな言葉だった。
(両親の夜逃げを知った債権者が家に押しかける前に何とかしなきゃ!)
いずれ両親が私に尻拭いを押し付けるだろうことは想定内だったので(早すぎたけど)、ここからの私の行動は早かった。
一般的な経営学や領地経営学等、父の書斎にあったご先祖様が集めていた本の全部読み漁っていたおかげで冷静に次の行動を考えられた私は、当主夫妻の娘への仕打ちに娘よりショックを受けているじいやとばあや3人で手分けして、開店直後の銀行や貴族院の関係部署へ連絡を入れると、素早く王宮の事務課に赴き、現在置かれた状況を丁寧に話した。
結果、窓口の方にものすごく同情してもらい、普通であれば貴族が使用することの出来ない、無料弁護士相談を紹介してもらう事が出来た。
そこに、ばあやがかき集めてくれた当家と取引のあった主要銀行の残高(赤字)や領地経営の帳簿(プラマイ0)や、執務を丸投げされていたじいやが大切に保管しておいてくれた両親がやらかした様々な拠を抱えて、無料弁護士相談所へ出向き、私は哀れに泣く……ことなどせず、淡々と現状の厳しい状況を訴えた。
そんな私の姿は、強がっているように見えたのか、人生に諦めているように見えたのか。
ともかく、とても哀れに見えたようで、担当してくれ弁護士さんは涙を拭いながら親切に話を聞いてくれ、それから今後やるべきことを一緒に調べ、順序だてて説明してくれたのだ。
しかも初回無料相談30分を大幅にずれた3日間合計18時間の相談時間を、全てタダにしてくれた優しい弁護士さんが叩きだした結論を、今日、私は火一人で聞きに来たのだった。
◆
大量の書類を前に、細い銀縁の眼鏡をくいっと上げたのは、3日前より少々やつれた様子の私の担当弁護士さんで。彼は私を見ると、ため息交じりに話してくれた。
「結論からお話しすると、やはり自己破産して、爵位を返上すると言うのが一番簡単で、懐の痛まない方法です」
その予想通りの結果に、私はただ頷いた。
「そうですよね。解りました。というか、解っていました」
「申し訳ありません。現在お住まいの屋敷は銀行の借金の抵当に入っていますので、貴女の資産はゼロになります。ですが爵位の返上で国から慰労金が少額ですか出ますので、それを当座の生活費に……」
懇切丁寧に、自己破産後の生活の事を説明してくれる弁護士さんに、私は首を振った。
「いえ。そのお金は、
「いや、しかし、それでは君が……」
「大丈夫です。私、まだ若いですし、母の世話や家の事は何でもしてきたので、結構何でも出来ると思ういます。だからメイドか下働きか、とにかく住み込みで働けるところを探します」
そう。
私はまだ十六歳。若いし読み書きも教えてもらっているから仕事も何とかなるかもしれないが、心配なのはじいやとばあや。
先々代――つまり私の、顔も覚えていない祖父母の代から四十年以上、しかもその三分の一はほぼ無給の状態だったに『ポッシェお嬢様を置いて行くわけにはいきません』と、辞めずにずっと傍にいてくれた両親よりも大切な私の家族の事。
「じいやとばあやは私の親同然の大切な人たちです。ですから、どうにかして報いたいのです」
その思いのたけをぶつけると、弁護士さんは滂沱の如く涙をハンカチでぬぐいながら、うんうんと頷いて私の頭をたくさん撫でてくれた。
「君は……本当にいい子ですね。」
びしょびしょになったハンカチで最後に鼻をかんだ弁護士さんは、気を取り直したように背筋を伸ばすと一枚の紙を私の前に差し出した。
見てみればそれは『雇用契約書』と大きく書かれていて、雇い主の部分に今いる弁護士事務所の名前や住所が書いてあった。
「あの、これは?」
「雇用契約書です。君は学校に行っていないと言っていましたが、基本的に計算も頭の回転も速く、身元もしっかりしてマナーも十分です。ですので、
「え! そんな、よろしいのですか!?」
立ち上がってしまった私に、弁護士さんはにこにこと笑って座るように促してくれた。
「えぇ。先ほども言ったとおり、この弁護士事務所のオーナーが是非に、と。」
「ですが、見ず知らずの、しかも弁護士費用も最低限しか払えない私なんかに、そこまでしていただいていいのでしょうか?」
「大きな会社ですからね。社会への慈善事業の一環で行っている奨学金制度に貴女が当てはまったです。特例などではありません、君と同じように勉学に励みながら働いている子もいます。ここで、一生懸命働いてくれればそれでかまいません。すべての手続きが終わり次第、此方で働く、というのはどうですか?」
先程の雇用契約書の他に、育英奨学金制度というパンフレットを出して説明してくれた弁護士さんに、私はもう一度、椅子から立ち上がると深々と頭を下げた。
「ありがとうございます! ぜひ、お願いしたいです! すべての手続きが済んだらお願いできますか?」
「もちろんです。」
まぁまぁ、と座ってお茶でもお菓子でも、と促してくれる弁護士さんに、私は何度も頭を下げてお礼を伝える。
「ありがとうございます! 何のお仕事でも精いっぱい頑張ります!」
「その意気込みです。一緒に頑張りましょう! では、此方の契約書類に……」
笑顔で固く握手をし、爵位返還後の生活基盤が固まりそうな時だった。
「あの、横から失礼します。」
「……はい?」
「え? 先輩?」
品の良いスーツを身に着けた、長身の弁護士さんがやってきたのだった。
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