第2話 赤貧令嬢が女伯爵になった日
私の名前はポッシェ・テールズ。
王国建国時から続く、歴史ある家門「テールズ伯爵家」の一人娘だ。
現シッポナ王国がまだ隣国の一領地だったはるか昔。
当時の愚王の悪政に真っ向から異を唱え、独立戦争を起こした初代シッポナ国王陛下の部下の部下であり、アルジと共に戦場に出、ほんの少しばかり手柄を立てたため、国民全体の上位数%しかいない貴族、しかも貴族の中でも上位にあたる『伯爵位』と『領地』をいただき、忠誠と剣を捧げた1代目は置いといて、2代目以降は代々お城の政務文官・忠臣として脈々と続いてきた由緒正しい家柄だ。
そんな歴史ある伯爵家の一人娘として生まれた私は、さぞや蝶よ花よ、と愛され大切に育てられたのだろうと誰しもが思うだろうが、それは違う。
私の一日は早くて遅くて長い。
朝、夜明け前に起きるとまずは『ばあや(唯一の老年の女性使用人)』と共に庭の花壇に作ってた畑から野菜を採り、裏で飼っている鶏の卵を拾うと、両親、私、『じいや(唯一の老年男性使用人)』、ばあや5人分の朝食を作り、食堂に運ぶ。
犬の餌か? 残飯か? 親にこんなものを食べさせるなんてと、遅く起きてきた両親に文句を言われながら主従5人での朝食を終えると、今度は無駄に広い屋敷の使用している区画の掃除をし、5人分の洗濯をし、同じく無駄に広い庭の、塀の外から見えてしまう部分の草むしりと庭木の剪定、見えないところに作った野菜園の手入れと鶏の世話をし、昼食を作り、洗濯を取り込み、夕食の支度をし、両親のために風呂を用意し、厨房を片づけ、屋敷中の火を落として、夜も更けた時間にようやく寝ることが出来る。
さらに、2,3日に一度お茶会や夜会に出かける母の身支度、すなわち湯浴み、マッサージ、ヘアセット、お化粧、着せ付け、お飾りの装着等、帰ってきたときの湯浴み(以下略)作業が入ると、就寝は朝方になってしまう事も多い。
これが日々繰り返される私の日常だ。
もう一度言うが、私は由緒正しきテールズ伯爵家の一人娘だ。
ではなぜそのような生活を送っているのか。
お気付きの方も多いだろうが、親が屑で、ろくでなしだからだ。
父は上昇志向だけが強いクソ。
学園では底辺当たりの成績だったにもかかわらず、ネームバリューで就職する事ができた王宮の財務文官。せっかく入ることの出来た永久就職先。底辺や窓際族であろうとも、腐らず真面目に務めあげていればよかったものを、商売や領地経営の才能もなかったくせに、お金と権力が大~好き♪ のお馬鹿さんだったため、子供の私でも聞けば怪しいと思うような詐欺やねずみ講に片っ端から引っかかっていた。
ならば傷が浅いうちにやめればいいものの、自分の非を認めることが出来ない見栄っ張りの父は、借金を取り戻すために賭博にまで手を出し、初代から代々質素倹約、堅実に領地と家政を行い、それなりに裕福であった伯爵家の財産は、祖父母が亡くなり当主となってから今日までのたった十五年で底をつき、さらに目玉が飛び出るような額の借金までこさえたのだ。
さらに。そんな屑を諫め、支えなければならないはずの母は、根っからの貴族の末っ子我儘お嬢様。 家政の采配や領地経営には全く興味がなく、お茶会夜会などの『華やかな』社交と、お飾りとドレスが、そして自ら演じる『可憐で可愛く、天然で世間知らずな私』が何よりもだぁい好きだった。
唯一の仕事として光景になる私を産んだことは一応評価されているが、いざというときのための第二子、第三子の妊娠は体形が崩れるからと拒否し、さらに育児疲れでやつれるのは嫌だからと、私の世話の一切を乳母に放り投げ、その後、全くかかわることがなかった。
そんな父と母だが、冷え切った関係かと言えばそうではなく。
双方婚約者がいたにもかかわらず、当時貴族学園で流行していたらしい『運命の恋』、しかも父が一目惚れして猛アタックから始まった恋愛結婚だったそうで、ここまで聞けば、我儘な母に母にすべて言いなりの父の姿が容易に想像できるだろう。
金がないのに外ではいい顔したい母と、同じ性分でさらに惚れた女に甘い父。
愛する女と自分自身の見栄のため、家の使用人を減らしたり、代々受け継いだ古い宝飾品やアンティークの素敵な家具を売っては、せっせと母のために新しいドレスやお飾りを買え与え、自分の身なりを整えていた。
そんな父のお陰で、常に未婚でレビュタント直後の令嬢の流行である最先端のドレスを身に着け、初心な令嬢を演じながら、満面の笑みで社交界を闊歩してた母。
見栄っ張りの張りぼて令嬢(笑)と、後ろ指刺され、失笑を買っていることにも気が付いていなかった。
馬鹿じゃないの? 馬鹿でしょ? と、年頃になり、全てを知った私が突っ込みたくなるのもしょうがない。まぁ、実際に突っ込んだことはないが。
そんな馬鹿二人のばっちりを受けたのは、四ヶ月分もお給料が貰えず猛抗議に行ったら『紹介状と給料どっちがいい!?』みたいなくそみたいなことを言われ、給料未払いのまま解雇された使用人達と、由緒正しき貴族の生まれという恩恵を何一つ受けることなく育った一人娘の私だ。
補足として気になる事と言えば、親戚はどうした? というところだろうが、母の両親は健在だけど『そんな馬鹿は娘じゃない!』と、とばっちりが来ないように縁を切られ、父の親戚は皆早くに亡くなっていた。
はい四面楚歌、来たよ、孤立無援(あってるかな?)。
でもそんな二人、私がいること自体には理解していたようで、私の五歳の誕生日、『これからはホームメイド達と一緒に家の仕事をして覚えるように』と言いに来た。
そして私がホームメイドの仕事が完璧に出来るようになった八歳の時、すべてのホームメイドを解雇した。
なぜ? と問えば。
「うちにはお金がないからよ? 使用人の給料なんて無駄でしょう? 私のお飾りが買えなくなるのよ? わかって頂戴ね、ポッシェ。さ、今日は舞踏会だから、準備を手伝って頂戴。」
っと、母は嬉しそうに笑った。
8歳の実の娘の疑問にその言い草。当時はわけもわからず手伝いをしたが、今思い返してみれば、母の態度はいっそ潔ぎ良すぎて笑うしかない。
そして、訳が分からないなりにも幼い自分は『親』というモノは当てにならないと理解した瞬間だった。
その後は、貴族学園の入学書類が届いても『病弱』を理由に学校にも行かせてもらえなかったため、『お嬢様のために』にと、ろくに給料ももらっていないのに屋敷に残ってくれたじいやとばあやに、読み書き算術などの基本的な学問と、領地経営、淑女としてのマナーを教わりながら、物置と化していた父の執務室で、我が家の過去と現在の立ち位置、そして父がやらなければならないけれど放置している事を、わからないなりに勉強し、じいやに丸投げされていた領地経営を手伝い、父母の浪費で領民が苦しむことの無いよう、何とか頑張ってきた。
そして、成人として認められる
「信じられない……。」
わなわなと、手が、足が震え出す。
「……いつかやるかもとは思っていましたが、まさか本当にやるなんて……信じられませんっ!」
空っぽの食堂。
何にもないテーブルの上。
その上に、ぺらりと置かれた紙きれには、大変稚拙な文字で。
『ポッシェナへ。
後は任せた。
テールズ伯爵家の当主は今日からお前だ。
借金返済、よろしく頼む。 父・母』
と書かれた紙が置かれていた。
それを読んだ私は、その内容の酷さと父母の人としての残念さがあまりにも情けなく、悲しくなって、床にへたり込むように座り込むと、大きくため息を吐いた。
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