爵位と金を天秤にかけた政略結婚を受け入れた赤貧女伯爵は、与えられる美食と溺愛に困惑する

猫石

第1話 赤貧令嬢、食事の場で見合い相手に怒鳴られる。

「……き、君には、文化的に食事をするという考えはないのか!?」

「……ぇ?」

 真っ赤な顔をし、全身をわなわなと震わせながら、大きな叫び声をあげる目の前の男性に、私は首を傾げてしまった。

 右手にはナイフ。

 左手にはフォーク。

 目の前にはしっかりと火の通った食材の並べられたお皿。

 道具も火も使って『調理』しているのだから十分文化的ではなかろうか?

 私は、口の中に入ったものをごくんと飲み込むと、目の前のお皿に乗った『もちっ! ぷるん♪』としたものにナイフを入れながら、真っ赤になって震える人に問いかけた。

「あの、カトラリーもお皿も使っていますが……?」

「そういう問題じゃない!」

 間髪入れず、ドン! と彼はテーブルを叩いて叫んだ。

(食事中にテーブルを拳で叩くなんて、マナーが悪いのではないかしら?)

 彼の行動にそんなことを思ったけれど、今そこを突っ込んだから火に油を注ぐことになるかもしれないと思い、そして自分の考えにくすっと笑ってしまった。

(「火に油を注ぐ」なんて思いつくなんて、文化的だわ。 あ、でも……油って、けっこうお高いのよね。)

 日々の生活の苦労を思い出し、ふぅと息を吐いた私は、会話を続ける。

「えぇと、……火も使っていますけど?」

「だからそういう問題ではないと言っている!」

 ドン! と、もう一回彼はテーブルを叩いた。

「あの、では、この食事の何が文化的ではないとおっしゃるのですか?」

 会話がかみ合ってないことに困った私は、目の前で顔を真っ赤にして怒っている男性――ジョシュア・ウォード様と言い、3か月後には私の旦那様となる人にそう聞いた。

「なにって……君にはわからないのか?!」

「申し訳ございません。わからないから聞いているのです……」

 もう一度言うが、テーブルの上にはカトラリーもお皿も、グラスもあるし、火の通った食材も載っている。

 この食事を作ったのは私なのが気に入らないのだろうか? しかしそれは仕方がないことなのだ。なんせ当家には調理人がいないのだ。

(何をお怒りになっているのかしら……あ、もしかして。)

 悩んで考えて、ふと気が付いて私は頭を下げた。

「あの、申し訳ありません。当家にはじいやとばあや以外の使用人がいないので、一度にお食事を運ぶしかないのです」

 私とジョシュア様の目の前には、サラダ、メインディッシュ、スープが並んでいる。

 貴族が、お客様を自宅に招いての正式な昼餐ともなれば、本来は食前酒、前菜、スープ……と、決められた順番に、使用人によって運ばれてくると聞いたことがある。

『文化的ではない』という事は、それがお気に召さなかったのだろう。

 そう思って謝ったのに、ジョシュア様は額に手を押し当て、首を振った。

「それもそうだが、そんな事は問題ではない!」

(あら違った……。しかし、それもそうだけどそうじゃないだなんて、難しいことをおっしゃるのね)

 そう言われて、ますます「文化的ではない」という意味がわからなくなった私に、ジョシュア様は額に当てていた手でテーブルに並べられた食事を指さして叫ばれた。

「君はなぜ、なにかわからないような草と、色付きの水の様なスープと、ペロンとした何かを平然と食べているのだ!? 伯爵令嬢なのだろう!?」

「え?」

 彼の言葉に、私はびっくりしてぱちくりと一度瞬きをしてから、改めて目の前に並べられた食事を見た。

(なにかわからない草……?)

 そう言われても、私も訳が分からない。

 ちなみに今日、私が用意した昼餐の内容は、『スベリヒユとヨモギの湯通しサラダ(庭に生えているためタダ)』『玉ねぎの皮とローズマリー、市場でもらった屑野菜を煮込んだ野菜のスープ(野菜は市場でもらったからタダ、ローズマリーも庭に生えているからタダ)』『小麦粉を水で溶いたものをフライパンで丁寧に焼いたパンケーキ(材料は小麦粉とお水。お水は国の公共事業だから、お安いとはいえちゃんと基本料金を支払っている。小麦粉は消費期限ギリギリの物という事で破格の値引きがされておりとても安かった掘り出し物だ。良い買い物ができて、本当に嬉しかった。)』であり、大切なお客様のために、我が家が今できる、精いっぱいのおもてなし料理だったのだ。

(ジョシュア様がいらっしゃるからと、うんと奮発して豪華にしたつもりなのだけど、こんなに叱られてしまうとは思わなかったわ)

 少し落ち込みながらも、私は笑顔を作って問われた質問に答える。

「それは……御存じの通り、当家にはお金がないからですわ。でも、食材は全て採りたてですし、消費期限が近いですが、一等上等な小麦粉をしようしましたので、素材の味が効いていて美味しいと思うのですが……」

「君は……正気か?」

 そう呟くように言い、明らかにがっくりと肩を落としたジョシュア様は、すぐに顔を上げると、身に着けていた上等なジャケットの内ポケットから取り出した、最近高位貴族でも特に裕福な者達だけが使い始めたという魔道電話(道に落ちていた新聞では見たことあったけど、実物は初めて見た! すごい!)を取り出すと、それを少し操作した後、私を見た。

「素材の味が効いているのではない、素材の味しかしないんだ! いいか、今に見ていろ! 君を立派な淑女に……女伯爵にしてみせるからな! もしもし! セバスチャンか? 大至急、準備してほしい。あぁ、今すぐだ!」

 と、少々興奮したような大きな声を出して、魔導電話を使い、話を始められたジョシュア様。

 そんな姿を見ながら、私は首を傾げながら考える。

(お食事中に席を立たれることのほうがお行儀悪いのだけれど、そういう問題じゃないとおっしゃったわ。食事が質素なことを怒っていらっしゃるのは解るけれど、当家に借金がたくさんあって貧乏なのは御存じのはずだし……それに、立派な女伯爵にして見せる……? でも、私は……。)

「……立派に、と仰いますが……一応私はテールズ伯爵家の当主になっているので、一応ちゃんとした伯爵なのですが……何をそんなにお怒りなのでしょう……?」

 こてん、と首をかしげてそう言った私に、ジョシュア様は電話中だというのに、もう一度叫ばれた。

「僕は、野草をモリモリ食べるような伯爵を……いや、王都の民を見たことがないと言っているんだ!」

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