第13話 自己紹介

入学式が終わった後は、大食堂で歓迎の宴が開かれる予定であったが、ルティとなぜか僕も別室でお説教を受けることとなった。


その後、クラス分けが行われ、僕は運悪くルティ、そしてカイアと同じクラスになってしまった。


しかもルティは僕の隣でルティの後ろにはカイアが座っている。


五十音順の日本が恋しい……。


「よろしくお願いいたしますわ! ジャック様!!」


「よ、よろしく……」


僕はいま絵にかいたような苦笑いを浮かべているだろう。


「ルティお嬢様。 もうすぐ担任の先生が来られますので、お静かに」


あまりのオーラの無さに全く気付かなかったが、ルティの左隣に物凄く幸の薄そうな少女が座っていた。


彼女は黒髪ショートで、色白の肌がより一層幸の薄さを際立たせている。


目は大きいが、眠そうな半目なので細く見える。


「彼女はミル。ワタクシの護衛兼クラスメイトですわ!」


本来護衛は席には座らないが、ヒルティの家は護衛も受験させ、生徒にしたらしい。


「ウチのが迷惑を掛けますが、どうかよろしくお願いします」


ミルは気だるそうな声でそう言うと、流れるような手つきで、ルティの曲がっている襟を正す。


護衛と言うよりお世話係みたいだ。


「ちょっと、目の前で騒がないでくれない? 目障りなんだけど」


後ろから聞こえる偉そうな声は、カイアだ。


彼女は僕らを見下ろしながら、まるで命令かのようにそう言った。


「あら、あなたもお喋りに混ざりたいんですの?」


煽っているのか、それとも純粋にそう思ったからそう言ったのか、ルティのことを良く知らない僕にはわからなかった。


分かる気もないけれど。


当然、カイアにはその言葉は煽りとしかとらえられず、右頬の筋肉をピクピクと痙攣させている。


「あなたねぇ……、私のこと――」


カイアが恨み節の一つも聞かせようかと、息を吸うと同時に、ガラガラと重苦しい音を立てて教室のドアが開かれる。


このタイミングで入室して来る生徒はいないので、入ってきたのは担任だろう。


クラスメイト達も担任だと察したようで、ドアの音がまるで静寂魔法の起動音かのように、子供たちの華やかな雑談は終わりをむかえる。


入口にたっていた担任と思われる人物は、女性だった。


そして恐らく、軍人だ。


体には全くもって無駄な脂肪は付いておらず、長年剣を握ってきたであろう手には硬さを感じる。


所々見える肌には必ずと言っていいほど傷があり、スラリと通った鼻筋に、煌びやかな瞳、誰が見ても美しい顔立ちだがその顔を斜めに通った大きな傷が、美しいという単純な褒め言葉を使ってくれるなというオーラを放っていた。


「え、あの人ってまさか……」


「うそ、退役したって噂は聞いてたけど……」


「やっぱりそうだよな」


担任と思わしき彼女がゆっくり教壇に近づくに連れて、クラスメイト達は徐々に何かに気が付いているようだった。


「こんなことってあるんですの……」


「ふぅん、面白いじゃない」


カイアもルティも彼女が誰か知っている風な物言いだ。


担任と思わしき彼女は教壇に到着し、こちらを向き直って静かにこちらを見ている。




 僕というやつは本当にタイミングというものに恵まれない人間で、彼女の威圧感に教室中が静まり返ったその瞬間に――。


「誰、あれ?」


と横にいるルティに聞いてしまったのであった。


ルティだけに伝えたはずのそれは教室中に響き渡り、教壇の視線も、教壇に集まっていた視線もグイっと僕に集中する。


「ご存じないんですの」


消えゆくようなかすかな声で、ルティは僕に問いかけた。


背後から大きなため息が聞こえる。 恐らくカイアだろう。


「私は、今日からこのクラスの担任となった、ヴァルナダだ。 よろしく」


その言葉に確信めいた反応を示すクラスメイト達。


ヴァルナダってどこかで聞いたような……。


「二次試験の時、カイア様を助けて下さった方ですわ」


僕の心を読んでいたかのように、ルティは一言でアシストしてくれる。


「そうか、あの時の……、そんな人がここにいることが何で驚きなんだ?」


「あの時、悪魔の男がおっしゃっていたでしょう。 あの方は王国騎士団の団長、数々の戦場で功績を上げてきた伝説的な英雄ですわ」


ほう、ということはかなりの実力者ってことか。




 ヴァルナダはつい最近王国騎士団を退団したようで、第二の人生をここの教師としたらしい。


とはいっても、ヴァルナダはつつがなくオリエンテーションを進行するだけで、自身のことを全く語らなかったので、これも憶測でしかない。


正直、僕も彼女がここに居る経緯なんて興味ない。


それよりもどれくらい強くて、完全敗北を与えてくれる人なのかが気になって仕方なかった。



 気が付くと、オリエンテーションはクラスメイト一人一人の自己紹介のフェーズへと移行していた。


みんな自分の家の名前、経歴、目標を語り、なんだか一種のマウント合戦ぽくなっていた。


そんな中、僕の前に座っていた気弱そうな少女の自己紹介が終了したようで、僕の番となった。


今まで、多少は和やかな雰囲気だったのに、僕が椅子から立つと、教室はシンと静まり帰る。


「僕の名前はジャック・ヤッシャーと言います。 平民です。 目標とかは特にないです、よろしくお願いしまーす」


フォーマットに乗っとった、鮮やかな自己紹介っと思っていたのだが、クラスメイト達は嫌悪感に満ちた顔でこちらを見てくる。


多分僕は何を言ったとしても、嫌われるのだろう。



「次はワタクシですわね」


気づくといつの間にか、ルティの番になっていた。


彼女の時も、僕と同様にクラスにシリアス感が漂う。


入学式であんなことしでかしたのだから、無理もない。


「ワタクシはルティ、ニカレツリー家の長女ですわ! 将来の夢は、遠からず復活する魔王を倒して勇者になることですわ! お願い致しますわ!!」


キンキンと耳に響く甲高い声で彼女は自己紹介を終えた。


――魔王? 復活するのかアイツ?


そんな力持ってったっけ?


僕がこの世界から離れて数百年経ってるから、そういった能力を身に着けていてもおかしくはない……のか?



自己紹介が終わったら、義務感を感じる拍手が一応は巻き起こるのだが、ルティが夢を語った後は誰も反応を示さなかった。


他のクラスメイトたちは、皆Sランクの冒険者になりたいとか、王国騎士団に入りたいとか、魔法を研究したいとか、そういうものだったため、彼女の夢は少しばかり浮いているように思えた。


とはいっても、そんなに変な夢とは思えないのだが。


勇者になりたいってそんな変か?


「魔王? 魔王って言ったか?」


「言った言った、復活だって」


みんなの反応を見るに、どうやら勇者ではなく、ルティの魔王復活ってワードに困惑しているらしい。


この世界に来てから魔王の話なんて聞いたことなかったから、この世界にはもういないと思っていた。




 ――クラスメイトの一人が吹き出して、笑い出す。


その波紋はどんどん広がっていき、やがてクラスの大半がルティを笑い始めた。


「魔王が復活するっていったか!?」


「そんなわけないだろ! 魔王は数百年前に勇者が倒したって話だぜ!!」


皆がルティを笑いものにしている。


笑ってないのは僕と、ルティの護衛というミル、あとは意外にもカイアも笑わずただ真剣な表情でルティを見つめていた。


クラスメイトたちが自由に雑談をしている様子を咎める様子もなく、ヴァルナダは傍観しているようだった。


なんなら少し愉快そうな笑みを浮かべてすらいた。


「――あの、ちょっといいですか」


突然、眼鏡をかけた男子生徒が挙手をした。


ヴァルナダは少年の方を一瞥すると、無言で小さく頷いた。


「ルティさんっていいましたっけ、あなた」


「はい、ルティ・ニカレツリーですわ!」


「その魔王が復活するという話は、何か明確な根拠があるのですか?」


男子生徒は、眼鏡をグイっとあげ責め立てるような口ぶりで、ルティに問いかける。


「ありますわ!」


「ほう、それは何ですか?」


皆がルティに注目する。


「妹がそう言っておりましたの」


その発言に、ルティの護衛であるミルがあーあと小さなため息を吐き、頭を抱える。


クラスメイト達はまたクスクスと笑い始める。


「では、あなたの妹さんは予言者か何かなんでしょうか?」


男子生徒はところどころ鼻で笑いながら、そんなことを言った。


「そうではありませんわ。 でもワタクシ妹が嘘を吐いたところを見たことがありませんの――」


「驚いた! あなたはその頭のおかしい妹の何の根拠もない発言を信じているというのですか?」


男子生徒はルティの発言を遮ってそう言った。 まるでそう言おうと決めていたみたいだ。


「はぁ……、僕はあの魔法研究で名の知れたアンバート家の一人息子で、レイ・アンバートと言います。 父と母はこの国の発展のため、日々魔法を研究しています。その研究の中で一度だって魔王が復活するといった説を裏付ける証拠が見つかっていません 。 それでも魔王は復活するとお思いですか?」


「ワタクシは妹のことを信じますわ」


ルティは屈託のない笑みを浮かべて言った。


「父と母はあなたのような、何の論理的根拠もない都市伝説を信じている連中にしばしば研究を邪魔されることがあるんです。 ここにはこの国の発展のために将来を期待された優秀な人たちが集まっている。 だからあなたのような害虫は即刻退学を願いたいですね」


「……」


その発言にルティは怒るというより、あっけに取られているようだった。


「言い返すこともできないんですね。 まぁそんな迷信を信じてしまうくらいの、知能指数の低さなのですから当然ですね。 ――妹さんは医者にでも連れていくことをおすすめしますよ」


男子生徒はまたクイッと眼鏡を上げると、フンと鼻を鳴らして席に着いた。


教室はまたシリアスな雰囲気に包まれる。


「――次、立て」


ヴァルナダのその一言が沈黙を破壊し、カイアが小さくため息を吐いて自己紹介を始めた。


一方、ルティは静かに着席すると、僕に向けて言った。


「ワタクシ実は勇者目指してましたの、驚かれました?」


ちょっとだけ、意地悪そうな笑みを浮かべるルティ。


まるでさっきまでのやり取りがなかったかのような発言に流石の僕も面喰らう。


「いいのか? あのレイとかいう奴にあんなに言われっぱなしで?」


思わずその言葉が口をついてしまった。


「ワタクシは自分が少数派であることを知っておりますわ」


ルティは今まで見たことない真剣な表情でそう言って、僕から視線を外し、正面に体を向き直した。


僕はそれ以上何か彼女に尋ねることはできなかったし、するつもりもなかった。


ルティ・ニカレツリーはバカだが、何か覚悟がある。


彼女への印象が更新されたような気がした。


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