第14話 惚れましたわ!
無事とは言い難いが、僕たちのクラスの自己紹介ないし諸々の、オリエンテーションが終了した。
その日は特に授業はなく、あとの時間は各々が割り当てられた学生寮に行って、同級生たちと交流するといった感じだろう。
「――魔王復活ねぇ」
基本的にどの異世界でも魔王は世界最強であった。
だから、僕に完全敗北を与えてくれるとすれば魔王であると、そりゃ一度は考えたが……。
この世界の魔王は僕が初めて討伐できた魔王だ。
それは、僕が魔王討伐による報酬でチートステータスになる前に討伐した魔王ということになる。
チートステータスになる前は、血のにじむような鍛錬ととんでもなく地道な準備によって魔王を倒した。
つまり、一番攻略している魔王と言っても過言ではないのだ。
戦いにおいて情報はなによりも重要だ。
情報が揃いきっている相手など、例え魔王であろうと簡単に倒すことができる。
だから、僕にとってこの世界の魔王は完全敗北を与えてくれる相手とはならないのだ。
そんなことを考えながら歩いていると。
ふと人の怒鳴る声が聞こえた気がして、路地裏のほうに目をやると、暗い路地には似つかない、金髪が揺れているのが見えた。
――ルティがいじめられている。
あの、長髪の金髪タテ巻きツインテールは絶対ルティだ。
そういえば、護衛のミルが血相書いてルティを探し回っていた気がする。
二人の男子生徒と二人の女子生徒、計四人でルティを取り囲んで言る。
「あ、殴った」
体格のいい男子生徒が、ルティ顔を殴り彼女はゴミ山に吹っ飛んだ。
「いいなぁ、良い負けっぷりだ」
僕はしばらくその光景を眺めてみることにした。
なんど吹き飛ばされても、立ち向かっていくルティ。
そこに僕の理想とする完全敗北へのカギがあったような気がしたからだ。
「もしかすると、このルティの状況こそ僕の理想とするものかもしれない」
僕は顎に手を当てて目をつぶり思考を巡らせる。
完全敗北を与えてくれる相手に出会うためには、沢山の人と戦わなければならない。
かと言って、手当り次第に喧嘩を売りまくったりしたら退学させられるだろう。
だったら、喧嘩を売られる側になれば良いのではないか。
つまり、学校一の嫌われ者になれば、自然と色んな人から喧嘩売られまくって、戦いまくれるのでは無いか!?
「となると、僕のとる行動は一つ」
僕は勢いよくその路地裏へと駆け込んだ。
「まてぇい! 女の子一人にそんな大勢でよってたかるなんてぇ、卑怯じゃねぇかい!?」
僕はヒーローの様に、いじめっ子の前に立ちはだかり、大見得を切ってやった。
「ちょっと、邪魔しないでくれない? コイツ下級生のくせにアタシらに楯突いたから、教育してるとこなの」
ギャルっぽい見た目の女子生徒が、腕を組んで僕らを睨んでくる。
ルティのことを下級生といったということは、こいつらは先輩なのか。
「とはいっても、こんな路地裏で暴力を振るうなんて僕は許せません!」
「偽善、チョーウザいんだけど」
突然、僕の服の裾を誰か掴む。
振り返るとルティが額から血を流しながら、僕に何か訴えかけようとしていた。
「ワタクシは大丈夫ですから、ジャック様はお引き取りになって……」
「そんなことできるわけないだろ! 僕と君は同志なのだから!!」
あぁ、いま僕すごくいい演技をしている気がする。
そこにいるいじめっ子達のヘイトがどんどん高まるのを感じるぞ!
「同志……もしかしてあなた様も、勇者になるおつもりなのですか?」
「勇者、いや違う。 僕はあらゆる戦いで勝利し、世界に大きな平和をもたらす英雄……いや、大英雄となるのだ! 僕は君の夢の先にいる!!」
決まった!
どうだ先輩方、僕ってあなた達にとって最っっっ高にウザいだろ?
いじめたくなっただろ!?
「ギャハハハハハハハハハハハハッ!!」
案の条、いじめっ子達は大笑いをする。
「大英雄だってよ、それって勇者の上の称号だろ」
え、そうなの? 適当に言ったが実在するんだ。
「それって、全世界の王族全員から認められた一人にしか与えられないってやつよね」
「誰も成し遂げてないのよ、平民なんかにはムリムリ」
本来、こんなに自分の夢を笑われたらムキになったり、落ち込んだりするのだろうが、僕はこれから楽しい学園生活が始まるのかと思うと、ワクワクして思わず笑みがこぼれてしまう。
「お前、何笑ってんだ?」
「まじ、こいつキモいんだけど……」
「さっさとボコしちゃってよ!」
体格のいい男子生徒は低い声で返事すると、ゆっくり僕の前に来て首を左右に振ってボキボキと骨を鳴らす。
「今日の晩飯は食えないと思った方が良いぞ、下級生」
男はニヤリと笑う。
晩飯……あ、そういえば今日は17時までに寮母さんから部屋のカギをもらわないといけないんだっけ?
初日にこれ以上目を付けられるのは危険だ。
「ルティ、今何時か分かる?」
僕は背中越しにルティに尋ねる。
「今は16時……50分ですわ」
やべ、あと10分しかない!
こっから寮まで走っていけば、5分くらいか……ってことは。
一人1分くらいでカタをつけなきゃいけないのか。
「あ、そこの女性の先輩方は戦われますか?」
その二人は戦わないかもしれない。
女子生徒たちは顔を見合わせ、首をかしげるだけで返事を返さなかった。
「お前、俺の女に勝手に口利いてんじゃねぇよ」
目の前の男は戦闘態勢に入る。
んじゃ、そこの女子生徒は戦闘に参加しないとして、一人2分か。
本当はボコされて、敗北を味わいたかったけど、時間が迫っている。
それに最初はいじめて来た相手をボコした方が、良い感じに噂が広まりそう。
「ぶっつぶす!」
男が殴り掛かってくる瞬間、世界がスローモーションになる感覚に襲われる。
こいつの眼は開ききっていない。
これは典型的な魔力循環の乱れによる症状だ。
原因までは考える必要はないかもしれないが、恐らくそこにいる彼女と昨晩から今朝にかけてよろしくやっていたのだろう。
性行為ってのは魔力循環の側面から見ると悪影響しかない。
疲れる上に発射されるあれは結構魔力を含んでいるからだ。
魔力の乱れは集中力の乱れ。
大振りな技を安易に出してしまいがちになる。
「しねぇ!」
威勢のいい声と共に隙だらけの攻撃が飛んでくる。
僕はそれが読めていたので早すぎるカウンター攻撃を、男子生徒の喉にくらわす。
「ウグッ」
男子生徒はうめき声を上げて、後ろに下がる。
これでしばらくは魔法を詠唱できない。
「ちょっと、ちょっと何やってんの! 早くやっちゃってよ!」
よろめいた男子生徒にぶつかりそうになった、女子生徒二人も困惑している。
プライドを傷つけられた男子生徒の怒りと動揺にまみれた思考は、簡単に罠にハマる。
僕は腰から短剣を抜き、その切先を男子生徒に向ける。
すると男子生徒も背中から剣を抜き僕に斬りかかってきた。
「危ないですわ!!」
ルティが思わず声を上げるが、大丈夫だ。
奴の持っている剣はクレイモア系統の物だろう。
長さはおよそ120cm。
狭い路地裏でその剣を振り回せるほど、奴の体は小さくない。
キンッという甲高い金属音が鳴り響き、剣が壁につっかえる。
僕は男子生徒の無防備になった胴体に目掛けて、思い切り前蹴りをかました。
体重の乗りきった蹴りをくらい、後ろに吹っ飛んだ男子生徒は、路地裏にあったゴミ箱にぶつかってぶちまけられたゴミの方へ倒れ込む。
「は? なに、負けたの?」
吹っ飛んだ男子生徒の彼女であろう方が、狼狽する。
魔力を込めた蹴りを放ったので、恐らく助骨の何本かは折れているだろう。
「まず、一人っと」
僕は制服のズボンについた泥を払うと、もう一人の男子生徒の方へ体を向ける。
彼は僕がさっき蹴とばした方よりも、細くてヒョロヒョロとしている。
「さ、やりましょうか」
「――ひ、ひぃ!」
彼は僕を見るなり、腰を抜かして尻餅をついた。
「お、お前! 上級生に目を付けられて、安全な学校生活を送れるとおもうなよ!」
ヒョロヒョロな男子生徒は、声を震わせながら言う。
んー、この言葉にはなんて返すのが正解なのだろう。
本音を言えばぜひ目を付けて下さいなのだが、それは最善手ではない気がする。
もっとムカつかせて、もっと僕にヘイトを向けることができる選択肢があるはず。
「目を付けてもらって結構! 女の子を寄ってたかっていじめるような人が何人いたとて、このジャックの敵ではありません!」
さりげなく自分の名前も入れる。
ヒョロヒョロ男子生徒は僕の気迫に押され、腰を抜かしたまま四足歩行で、その場から逃げていった。
残された女子二人も、倒れている体格のいい男子生徒のことを置き去りにして、足速に去って行く。
「ふぅ、中々有意義な時間を過ごせた」
冷静に考えてみると、かなりヤバいことを言ってしまったんじゃなかろうか。
――大英雄なんてありそうでなさそうな称号が、この世界に実在するとは誤算だった。
自分の思いついた作戦に興奮して、何も考えずに話をしたが……。
――――まぁいいか。
どうせ、バカにされて終わりだろうし。みんな本気には取り合わないよ。
時計を見ると、時刻は16時52分。
これなら全力で走れば、寮でカップラーメンを作れるくらいの余裕がある。
ゴミの山で気を失っている男子生徒を横目に、僕が路地裏から大通りの方へ歩みを進める。
すると、突然ルティが僕の首根っこを捕まえて引き留める。
「急になんだ!?」
「――れましたわ」
ルティは俯いて何かを言っている。
「え、なに?」
「惚れましたわ!!」
顔を上げた彼女の瞳は、今までに見たことがないほどの輝きを放っていた。
「ほ、惚れた?」
「その立ち振る舞い、戦い方、志! 全てがワタクシの憧れですわ! ぜひワタクシとお付き合いしてくださいませ!!!」
ルティは僕の右腕に抱き着く。
彼女の爽やかな匂いが鼻腔をくすぐり、腕に伝わってくる柔らかい感触はどうしても無視できない。
こいつ、意外とでかい。
――じゃなくて!
「惚れたとか付き合うとか、いきなりそんなことを言われても――」
「ワタクシはジャック様のことが好きになりましたの、ですからワタクシの恋人になってほしいですわ」
気づけば彼女の顔面は吐息を感じれらそうなほどの近距離に迫っていた。
正直、転生生活を始めたばかりだったころの童貞の僕なら、こんな美人の申し出を断ることなんてなかっただろうが、今の僕は恋愛方面でもいろいろと経験してきたので、今世ではあまり興味が湧かない。
「僕は君の事なんて少しも好きじゃない。 だから、二度とそんなことを言わないでくれるかな。 迷惑だから」
僕は抑揚のない冷たい声でそう言うと、少し強引に彼女を振り払う。
ルティと目を合わせることもなく僕は先ほどと同じように、大通りにむかった。
ルティは今きっと落ち込んでいるだろう。
でも、彼女のような若い子が僕のようなのに惚れこんで人生の時間を無駄にするようなことをしてはならない。
早く次の人を見つけて――――。
ドンッという鈍い音をあげて、僕の背中に何かがぶつかる。
「ぐへぇ」
僕はエビぞりになりながらそんな声を漏らしてしまう。
「わかりましたわ! ではワタクシの師匠になってくださいまし!!」
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