第12話 バカが入学

 事件発生により、試験は中止となり受験生たちは王国騎士団の護衛のもと帰宅することとなった。


その一件は新聞の一面に大きく掲載されており、僕は自分の名前が出てやしないかとヒヤヒヤしていたが、僕の名前は一切出ておらず、代わりに生徒会長のテスマが今回の襲撃に素早く対処したとして、褒めたたえられていた。


そしてあの治療室での一件。


悪魔の腕を持ったローブの男についての話は、新聞のどこにも言及されてはいなかった。


まぁ、あの後王国騎士団達に軽い事情聴取を受けたのだが、その時口外はしないようにと釘を刺されたので、予想できた出来事ではあった。


この国に……いや世界にとってあの悪魔の存在は大きいらしい。



 事件から数日後、再試験が行われ、無事終了した。


とは言っても僕はすでに受かっていたので、一足早く入学の準備を進めていた。


その間も暇なので山へ行き、ゴブリンキングとかオークキングとかを狩って暇をつぶしていた。





【数週間後】


今日はいよいよ入学式である。


僕ら新入生は大講堂のような場所で、入学式を迎えることとなった。


「新入生代表挨拶、カイア・アルロア」


新入生で最も成績がいいものが新入生代表挨拶をするという話だったが、今回はカイアか。


試験が中止となって、暇だったので、問題を全て思い出して自己採点してみたのだが、恐らく僕は満点だったはずだ。


でも、代表に選ばれなかったということは、やはり二次試験の戦闘があまりにもみっともなかったというのが原因だろう。



  「――以上をもって、新入生代表挨拶とさせていただきます。 新入生代表、カイア・アルロア」


全く聞いていなかったが、いつの間にかカイアの挨拶は終わっていたようだ。


よほど素晴らしいあいさつだったのか、皆が割れんばかりの拍手を彼女に送っている。


僕も一応手を叩いてみたりした。


壇上で生徒たちに向かって深くお辞儀をしたカイア。


その頭を上げたとき、キョロキョロと辺りを見回していた。


そして、僕を見つけるとほのかに嘲笑を浮かべ、壇上を降りていった。


僕は随分とライバル視されているらしい。


まぁ、戦ってくれるなら何でも大歓迎ではある。


「次に学院長挨拶です」


司会のその言葉で一気に緊張感が走る。


今まで和やかだった空気が一変し、周りの生徒たち、いや先生たちも固唾飲んで壇上を見つめていた。


一分ほど経っただろうか、壇上に来ないのではないかという不安がみんなの頭によぎったぐらいのタイミングで、突如大きな魔力の揺らぎが発生し、サファイアのような真っ赤な魔方陣が壇上に形成される。


そして眩い光に包まれながら、我がクアドリア学院学院長であるドロセルが登場した。


「魔力無駄すぎ……」


僕は思わずそうつぶやいてしまった。


手紙のやり取りをしている間も感じていたが、この魔女は随分と子供っぽいところがある。


今の自己召喚魔法も、そんな派手な演出せずとも使用できるものだ。


ド派手な登場をしたドロセルは、登場してからも全くしゃべることなく、約二十秒ほど、生徒たちの顔を見回していた。


そして一歩前に踏み出ると――。


「――よろしく」


と一言だけ言って、軽く頭を下げた。


その時、壇上に用意されている拡声器に思い切り頭をぶつけたのである。


今まで憧れの眼差しを向けていた、生徒たちの表情を困惑が埋め尽くす。


恐らく、笑っていいのか迷っているのだろう。


「――プッ、ハハハハハハハハ!」


シンと静まる中、笑い出したのは何を隠そう僕だった。


大講堂の中に、僕の笑い声だけが虚しく響いてる。


「貴様、何を笑っている!」


いつの間にか僕の横に、誰かわからないが先生が来ており、僕は叱責を受ける。


他の生徒たちも僕を白い目で見つめていた。


「今の、面白いと思うんですけど」


「お前、なんだその態度は! ちょっとこっちに来い!」


僕は腕を引っ張られ、講堂の外に連れていかれるようだ。


「待つのじゃ」


その様子を見て、ドロセルが止めに入る。


「ジャックよ、今のは面白かったかの?」


「かなり、センスあったかと……」


僕のその言葉を聞いて、ドロセルは満面の笑みを浮かべる。


「そうか、そうか、やはり我は何をやらしても抜群のセンスを持ち合わせているということじゃな!」


「いや、そこまでは言ってないけど」


手紙の中では敬語などとうに、捨て去っていたため、ついため口が出てしまった。


僕の言葉遣いが、さらに周りの視線を鋭利にする。


「よいよい、我はその者には許しを与えておる」


ドロセルは笑いすぎて出てきた涙を、着ているドレスの袖で拭う。


涙を拭いきった彼女は、まるで別人のように冷徹な表情を浮かべる。


これから真面目な演説を始めるようだ。





「さて、では話をしようかの――。 貴様らのほとんどが将来、優秀な冒険者または、兵士、魔術師となって活躍することを夢見ておるのじゃろう。 しかしそんな貴様らのほとんどがその夢を叶えることなく、あっけなく、あっという間に一瞬にして命を落とすこととなる。 貴様らの墓場は陽の光のあたる花畑などではなく、路傍の石のように死体が転がる戦場か、悪臭漂うモンスターの口の中じゃ。 もしくは恐怖に気が狂い敵味方の分からなくなった親友が貴様を殺すことになるじゃろう。 もしも家族に看取られ、愛する者の腕の中で命の終わりを迎えたくば、方法は一つ。 今すぐこの学院を去ることじゃ」


いきなりかますなぁ、ドロセルさん。


ドロセルの言葉にみな、生唾を飲みこむ。


彼女の功績を完全に理解している人はいないだろうが、ドロセルの言葉には本当にその現場を見てきた者のにのみある説得力があった。


「我は貴様らに一つだけ課題を出しておったの。 それを今、取り出すが良い 」



 入学が決まった生徒たちにはそれぞれの科目の先生たちから、予習課題が与えれていた。


どの科目も教科書を先に読んでおくというものばかりだったが、ドロセルから出された課題は、A4くらいの白紙に将来の夢を書けというシンプルなものであった。


そして今、みんなそれぞれの夢を書いたそれを取り出している。


「うっかり我はその紙を入れる封筒を配布するのを忘れておってな、今から配るからそれに入れておくとよかろう」


ドロセルが右手で指パッチンをすると、たちまち全生徒の元に一枚の封筒が現れる。


そしてその封筒には"遺書"と書かれてあった。


「――どうした、早くその紙を封筒の中へ入れるがよい」


生徒たちの額にじんわりと汗が滲んでいる。


夢を語った紙を遺言とする。


それがどういうことか……。



 嫌なことすんなぁ。


ただ確かに彼女の例に出した死に方はよくある。 何を隠そう僕はその全部の死に方を経験したことがあるからだ。


っていうか、例に出した死に方はまだいい方で、もっと酷い死に方を見たこともあるし、経験したこともある。


だから最初に死への覚悟を決めさせるのは、大事なことだとは思う。


にしても、将来に希望を持った若者になかなかハードな仕打ちをするもんだ。


戸惑う生徒たちのなか、僕と僕の斜め前に並んでいたカイアは、迷うことなく封筒に紙を入れた。


「どうした? 覚悟があるのは二人だけか?」


ドロセルからのその言葉に何人かの生徒も続いて、封筒に紙をしまう。


「すいません。 ドロセル様、ちょっとよろしくて!!」


このシリアスな雰囲気に似合わないバカみたいに明るい声が、講堂に響く。


その声を聞いた、僕と恐らくカイアも少しトラウマティックな反応をしてしまう。


「ほう、なんだ貴様?」


「ワタクシ、ルティ・ニカレツリーと申しますの!」


「……ルティか、なんだ我に意見とは」


ドロセルの声には少しの威圧感が乗っている。


「誤字ですわ!」


「――は?」


「ワタクシ、将来の夢を書けという課題を与えられたので、将来の夢を書きましたの! でもそれを入れる封筒に、遺書と書かれますわ! ドロセル様、誤字をしておりますわ! 」


「…………」


「それとも召喚する物を間違えてしまいましたの? わかりますわ、召喚魔法は難しいですものね!!」


「…………」


ルティは世界最高の魔法使いと呼ばれているドロセルに対して、魔法を間違えていると指摘した。


「誤字にしても、魔法間違いにしても、あまりに縁起が悪すぎますので、ワタクシが書き直して差し上げましたの」


ルティは自身の封筒を頭上に高々と掲げる。


その封筒は、遺書という部分が雑に塗りつぶされ、でかでかと"将来の夢"と書いてあった。


「………………」


世界最高の魔女もこのバカの攻撃を防ぐ魔法を知らないようだ。


「まぁ! 大変!! 隣の方の封筒にも同じミスが起きておりますわ」


ルティは隣の気弱そうな女子の封筒にも、同じように上書きした。


「ふぅ、危うく自分の夢を遺書なんかにされてしまう所でしたわ!」


「――貴様には遺書は必要ないということか」


さらに威圧的になったドロセルの口調に全く臆することなく、ルティは言った。


「ワタクシ、遺書ならとうの昔に書き終えておりますの」


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