第6話 学院入学編①

家を出たあと、僕はベレの知り合いがいるという村へ行くことにした。


たまたま同じ方向に向かう行商人の馬車に乗れたのはラッキーだ。


馬車の中で目を覚ましたベレに、これまであったことを簡潔に伝えた時、彼女は信じなかったが、こうして家を出られている以上、信じざるを得ないといった感じだった。




リトリという村に着いた僕らは村長に挨拶を済まし、一軒の空き家に住まわせてもらうこととなった。


そしてその後数週間で、ベレの養子となった僕は、ジャック・ヤッシャーと名乗ることになった。


んで、ひとまずの目標はそのクアドリア魔法学院という所に入学すること。


ただ今の僕程度の実力で突破できるほど簡単な話ではないはずなので、基礎から叩きなおす必要がある。


しかしながら幸運なことに、僕にとってこの村はまさに楽園だった。


貴族の厳しい慣習に従うことなく、自由に学ぶことができる。


街に言って、魔法に関する様々な書籍を読んだり、そこそこ強いゴブリンが巣くう山があったりと、学習面でも実践面でも鍛錬に最適な環境がそこに広がっていた。


敗北感に飢えても山のモンスター達に痛めつけてもらえるしな。




 魔王を倒すと膨大な経験値を獲得できるので、一度魔王を倒してしまったら、次の世界から攻略は楽にできるようになった。


けれど、この世界は僕が初めて魔王を討伐することができた世界。


つまりこの世界は、魔王の力に頼ることなく自分の力だけで、最も攻略が上手く言った世界。


僕は勉強ができる方ではないので、国内最高峰の学院に入学できる頭を持ってはいないが、この世界に関してはかなりいろいろなことを――それこそ、魔王を倒せるくらい――知っているため、今世に限っては


最高峰の学院に入学することができるかもしれないのだ。




【そして約一年後】


受験当日、僕は集合時間より一時間半ほど早く、クアドリア魔法学院に来ていた。


てっきり、学院内に集められるのかと思っていたが、集合場所に指定されたのは学院の保有する円形闘技場の前だった。


門をくぐってすぐにそれが見えたので、僕はそこに続くであろう道を、たどっていった。


幸いにも他の受験者達も、結構来ており道に迷うことはなさそうだ。


「――見て、あの安っぽい服装。 あれが噂の平民じゃない」


「おいおい、ドレスコードがないとはいえ、あんな安もんの服でこの学院受けるとか嘘だろ」


すれ違う受験生たちからそんな言葉を浴びせられる。


まぁ、でも、僕も自分の格好をおしゃれとは思っていない。


けど、ベレが目を輝かせながら僕のために買ってきた服を無下にできるわけもないだろう。


っていうか、平民の僕が受験を受けるという話はもう既に広まっているのか。


面倒に巻き込まれないといいな。


そう思ったのも束の間、突然何かが勢いよく僕の背中に当たり、僕は地面に四つん這いで這いつくばった。


「平民が道の真ん中を歩くんじゃねぇよ、お前らは道の端で自身が生まれてきたことを詫びながら、下を向いて歩け」


僕は顔だけを上げ前を見ると、そこには物凄く高そうな装飾を身に着けた美男子が、冷たい視線をこちらに向けていた。


「あぁ? 何こっち見てんだよ、きめぇな!」


そういうと美男子は僕の頭を踏みつける。


僕は意図せずして、土下座させられる形となった。


「見て、あの無様な姿勢。 ほんとお似合いだわ」


「え、あれってあの超有力貴族のドイシャー家の家紋じゃないか」


「おいおいマジかよ、あのブリッツ・ドイシャーと同じ年に受験なんて……こりゃ合格の枠は一つ埋まったも同然だな」


「わたし、初めてお会いしたわ。 かっこいい!」


周りの反応から察するに、どうやら僕はとても崇高な貴族様に頭を踏んでいただいてるようだ。


「おい、お前なかなかいい服を着ているな」


ブリッツ・ドイシャーは僕の服を褒めた。


みんな、ダサいとバカにしてきたのにこの人は褒めてくれた。 結構いいひとなのかもしれな――。


「だがお前には高すぎる。 《ファイアーカッター》」


彼がそう唱えると、たちまち僕の服はズタズタに切り裂かれてしまった。


僕は数十秒ボロボロの服を着たまま、土下座の姿勢を保っていた。


「みて、あいつずっとあんなみっともない姿勢のままよ。 きっと自分が哀れすぎて立ち上がれないんだわ」


「そのまま帰れ! クソ平民が!!」


ブリッツは何も反応を示さない僕に興が削がれたのか、僕の後頭部に唾を吐きかけて、去っていった。




 行き交う数人から石やゴミを投げつけられた。


――がそんなことはどうでもいい。


僕は興奮していたのだ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!


ブリッツは僕の服を全て切り裂いたわけではない。


ベレが買ってくれたこの上着だけを切り裂いたのだ。


この服の厚みもわかっていないのに、そんな芸当ができるなんて、かなり高い魔法操作技術を持っているに違いない!


もしかしたら彼こそ僕に完全敗北を教えてくれる存在かもしれない。


いやぁ、この学院を受けて正解だったな!


僕は期待に胸を膨らませて、立ち上がり、歩き始めた。




「キャーーー! カイア様よ!!」


「ウソ!? あのドロセル様の弟子カイアか!?」


「今期に受験受けるって本当だったんだわ!」


そんな折、突然大きな歓声が校門の方から上がり、徐々にその波紋は広がってこちらにも届いてきた。


カイアって……あのドロセルとかいう魔女の弟子か。


そんなことを思いながら校門の方を見ると、とんでもない美少女が歩いているのが見てとれた。


身長は高めで170cm近くはあるだろうか、その抜群のスタイルに思わず全身を見回してしまう。 そのプロポーションの中でも一際目立つ赤髪はポニーテイルに造形されており、艶のある髪質に日光が反射してキラキラと輝いている。


情熱的な髪に反してその瞳は冷徹なオーラを放っており、周りの人間に刺すような視線を向けている。


――ただその眼は何かを探しているのか、顔の中でコロコロと転がっていた。


それが僕を捕えた瞬間、ピタッと動きを止め、僕だけをジッと見つめながら近づいてきた。


何人かの受験生が彼女に話しかけたが、完全に無視を決め込まれてしまい、撃沈していく。


そんな彼女の歩みを止めたのは、ブリッツ・ドイシャーだった。


「よぅ、お前があのドロセル様んとこの弟子か。 俺はあのドイシャー家の次男、ブリッツだ。 お互い将来を約束された者同士、学院でも仲良くしようや」


身長190cm近くある彼の長い腕が握手を求めて、カイアの方へ伸ばされる。


だが、カイアは他の生徒同様、ブリッツに冷たい視線を向け――。


「私、あなたに興味ないから」


と一言放ち、握手を無視して僕の前にやってきたのだった。


「久しぶりね、ジャック……」


他の受験生たちとは異なり、カイアは僕には微笑みを見せてくれた。


だが、僕にはその眼が笑っていないことがハッキリと分かった。


「カイア様がなぜあんな平民に話しかけてんだ!?」


「おいおい、ブリッツ様が無視されたぜ」


周りもその状況にざわつき始める。


「――あんたもこの学院を受けるんだ。 お互い受かるといいね」


僕も愛想笑いを浮かべながらそう言った。


彼女もきっとかなりの実力者に違いないため、ぜひどこかのタイミングでお手合わせ願いたいものだ。


「貴様! 平民の分際でそのような口を利くでない!」


先ほどからカイアのそばにべったりとくっついていた女が、突然声を荒げて僕に殺気を向けてくる。


時々、受験生の中にもこのように、側近を連れている人がいるが、恐らく護衛なのだろう。


まぁ、有力貴族の子供なんて悪い大人たちに狙われやすいのだから、当然のことか。


「やめなさい、アリアル。 この男は敬意の払い方を知らないだけなのよ」


諭すような優しい口調とは裏腹に、その様子はどこか僕をバカにしているようだった。


アリアルと呼ばれた女は、歳は20代くらいで、細マッチョといった筋肉質、そしていかにも気の強そうな鋭い眼光を放っている。


なかなか殺気だっている女だ。 いつ攻撃してきてもおかしくない危うさを感じる。


僕は少しだけアリアルを警戒することにした。


「てめぇ! 俺を無視してんじゃねぇ!」


先ほど無視を決め込まれた、ブリッツが大声を上げ、こっちに向かってくる。


背後からカイアの肩を掴もうと腕を伸ばした瞬間、アリアルが目にも止まらぬ早さで掴む。


「カイア様に触れるな」


「くっ……!」


低くひずんだアリアルの声に、少したじろぎながらも、ブリッツはカイアを睨みつける。


「この俺を誰だと思ってるんだ! 俺を無視してそんなゴミを優先してんじゃねぇ!」


その言葉を聞いたカイアは、ゆっくりと振り返り、正面からブリッツに相対する。


「ゴミね……なるほど。 分かっていないようだから教えてあげるけど、この男はドロセル様から直接この学院に誘われた唯一の受験生よ」


その一言に辺りは騒然とする。


「え、そうだったの?」


僕はカイアに尋ねた。


僕も騒然なんですけど。


「――あなた、知らなかったの?」


カイアは僕が知らなかったことに驚いている。


他の受験生達に向けていたポーカーフェイスが嘘のように、カイアは頬をピクピクと痙攣させ、怒りをあらわにしていた。


「いやぁ、あの人と結構手紙のやり取りしてたけど、なかなかフランクな人だから、ここにいる人の中にも沢山僕みたいな人いると思ってた」


実はニーモ家を家出した後、どこで聞きつけたのか、ドロセルは僕とベレの住むリトリ村へ手紙を送ってきていたのだった。


「――はっ! そういえばドロセル様、時折ご自身の部屋にこもられ何やら楽しそうに筆を走らせていたような――……」


カイアは両手で頭を抱え、俯いて、何やらボソボソと独り言をつぶやいていた。


「カイア様! お気を確かに」


アリアルが心配そうにカイアの両肩を支える。



「だから、この俺を無視するんじゃねぇ!!」


またしても空気にされてしまったブリッツが、大声を上げて襲い掛かってきた。


「アリアル」


「はっ!」


カイアが俯きながら目を合わせることなく、名前を呼ぶと、アリアルは殴り掛かってきたブリッツの腕を取り、綺麗な一本背負いを決めたのだった。


背中から地面に打ち付けられたブリッツは、両手両足を広げて倒れている。


まるで解剖される前のカエルの様だ。


正直かなりダサい。


そしてその彼と目が合ってしまった。


「おまえ……お前だけは絶対ぶっ潰す!!」


バタバタと慌ただしく立ち上がると、ブリッツは僕にそう言い残して走り去っていった。


「僕はなにもしてないけど……」


走り去る彼の背中を見つめながら、ため息交じりにそんなことをボヤいた僕だった。


そして、今度はカイアが僕に鋭い視線を送ってくる。


「許さない……、必ずアンタより良い成績を取ってみせるから!」


彼女はそう言い残して、アリアルと共に闘技場へ歩いて行った。


「僕が何をしたって言うんだよ」






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