第7話 学院入学編1.5
「カイア様、私はあの男のことをとてもドロセル様が認めるほどの逸材とは思えません!」
闘技場に向かう途中、アリアルはカイアに訴える。
「私だってあんなのが、そうとは思いたくはないわよ。 けど――」
カイアは何かを思い詰めたように、黙り込む。
「どうかされましたか?」
「実力はあるのかもしれないわ」
「 なぜそうお考えに?」
「――あの男、私たちといる時ずっとあなたの剣が届く間合いには入ってこなかったの。そしてそれを悟らせなかった。 恐らくこの間合取りが体に染みついているのよ。 あんなことができるなんて、まるで歴戦の戦士だわ」
アリアルは驚くと同時に、目を左右に振ってあの時の記憶を探っていた。
「申し訳ございません。 カイア様、それはいくらなんでもあり得ないと思われます」
「――どうして?」
「私はあのクアドリア王国軍の精鋭たちと共に鍛錬したことがあります。 過酷な戦場を数々潜り抜けてきた彼らから感じるような凄みを、彼からは全く感じられませんでした。それに私と剣を交えたカイア様ならまだしも、剣すら抜いていない私の間合いを正確に測るなんて到底できるとは思えません。 そして結局のところあの間合いでしたら、私が少し深く踏み込むだけで、届く距離にあると思われるのです」
アリアルは自信満々でつらつらと言葉を並べ、身振り手振りをしてカイアにそう伝える。
「あなたの前には私がいたじゃない。 それだと踏み込む位置は限られてくるわよ」
カイアは斬り捨てるようにそう言った。
「――それに、私はあなたと剣を交えたことがあるからこそ、踏み込んだ後の間合いがわかる。 それを踏まえた上で、あなたの間合いの外にジャックがいたと言っているのよ」
カイアにそう言われて、アリアルははっと息を飲んだ。
「確かに、私の前にはカイア様がいらっしゃった。 そうなると私の踏み込める範囲は――」
アリアルはカイアからの情報を元に再び目を左右に振って、あの時の記憶を呼び起こす。
「――届かない」
アリアルは心底悔しそうな声でそう言った。
「――アリアル。 あと彼には歴戦の戦士のような凄みがないって言ってたわね、それは…………」
言いかけて、カイアはやめる。
実はあの時、ブリッツがカイア達の背後から近づいてき時、驚いたアリアルがほんの一瞬、ジャックに対して背を向けてしまった。 その時――。
ジャックは恐ろしいほどの殺意のこもった瞳で、アリアルの背中を見つめていた。
その眼には光はなく、吸い込まれてしまうような真っ黒な瞳だった。
まるで獲物の隙を見つけた猛獣のような視線……。
カイアはこれまで、死の恐怖を味わうような場面をいくつも乗り越えきた。
しかし、ジャックが出した一瞬の殺気にこれまでにないほどの恐怖を感じていたのである。
「――カイア様! どうなさったんですか!?」
突然、立ち止まるカイアに動揺を隠せていない様子のアリアルが必死に呼びかけていた。
「あぁ、いや。 大丈夫よ」
「本当ですか? 大分と汗をかかれているようですが……」
そう言われてやっと、カイアは自身の顔に、大量の冷や汗をかき、手は小刻みに震えていることに気がついた。
それほどまでに、彼の殺意に恐怖を感じていたのだ。
「と、とにかく! 彼はあなたの間合いを完璧に把握できていたと思うわ!」
アリアルからの心配を振り払うように、カイアは大きな声でそう言い放った。
「そうですか…… 」
これ以上議論するのはよくないとアリアルは悟り、カイアの意見を全面的に飲み込む形でこの会話は終わりをむかえた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます