第5話 兄たちをちょっとだけ殺そうと思います

地下に幽閉されてから約一週間が過ぎた。


この家の地下には拷問部屋とも言うべき牢屋が多くある。


何を隠そうニーモ家はその昔、奴隷商として財を成した家系なのだ。


今は裏社会にとんでもなく大きな犯罪組織が出来上がってしまい、それらの事業を牛耳ってしまったので、片足を突っ込む程度にしか関わっていないらしいのだが。


「あぁ、拷問官イベこないかな」


僕は牢屋の中で一人そんなことを呟いた。


兄たちは嬉々として拷問の真似事をしてきた。 最初は適度の敗北感に心が満たされ充実していたのだが、所詮は真似事なのですぐに飽きてしまった。


兄たち以外にもニーモの振る舞いにストレスを抱えた従者たちが、僕や隣の牢屋のベレにストレス発散を目的とした暴力を振るいに来ることもあったが、それも決して本物ではない。


僕的にはここで拷問官的なのが登場してきてくれることを期待していた。


なぜなら拷問官は強いイメージがあるので、もしかしたら僕を完全敗北させてくれるかもしれないと思ったからだ。


しかし、その気配は一向にない。 いつまでたっても素人たちのなんちゃって拷問ばかり……。


「よし、脱獄するか」


飽きたし、そろそろ家出しよう。


僕はボロボロのベッドから起き上がると、牢屋の檻に向かった。


「この檻の扉はたしか抜き差し蝶番だから――」


早速檻の扉を外そうと画策していると、となりの牢屋から声が聞こえてきた。


「やめてください!!」


「――うるさい! 黙って言うこと聞いていればいいんだよ!」


「ザックあまり音を立てるな!」


声を聞くに、どうやらザック兄さんとエルド兄さんがベレに何かよくないことをしているようだ。


「メイドで遊ぶのはもう飽きたんだ! 獣人のがどんなもんか試させてもらうぜ!」


ビリッと何か布が破ける音が響き、比例してバタバタと暴れる物音も大きくなる。


「――獣人とヤるなんて」


「フン、そういいながらエルド兄さんも興味あんだろ! 俺の後に試させてやるからぁ!」


どうやらいかがわしい行為をベレに強要しているようだ。


「ベレがいないと僕、学院入れないから困るんだよな」


僕は牢獄の中にある長椅子を裏返し、椅子の脚を牢屋の扉の下部に引っ掛けると、てこの原理を利用して扉を外した。


割と大きな音が鳴ったのだが、自分たちのことに夢中で兄さんたちは気づいていない。


檻の外から中を覗いてみると、ザック兄さんがベレに覆いかぶさり、その横でエルド兄さんが立ってその様子を見つめていた。


ベレは服を破かれ、あられもない姿にされてしまっている。


――がそれよりなにより、重大な事件が起きていた。




 「お前、ジャック‼ どうしてそこにいるんだ!?」


僕の存在にいち早く気が付いたエルド兄さんが声を裏返らせてそう叫ぶ。


「あぁ!? ジャックてめぇ何の用だ!」


「坊ちゃま!?」


エルド兄さんの声に驚いて、ザック兄さんもベレも気がついたようだ。


「クソが! 俺たちは今からお楽しみなんだよ、お前はそこで女が俺達にヤられるところを泣きながら見とけ」


ザックはそう言って、再び抵抗するベレの服を脱がせようとする。


「――兄さんたちは一体何をしてるんですか?」


僕は目の前で起きている凄惨な現実が信じられなくて、そんな言葉が口をついた。


「お前らはもうすぐこの家から追放される。 父上がそうお決めになったからな。 だからお前らがいなくなる前に獣人の味を知っておこうと思って」


エルド兄さんが気味の悪い笑みを浮かべながら、檻の中で微笑んだ。


どうやら、兄さんたちは僕がベレに対して乱暴をしているから腹を立てていると勘違いしているようだ。




 僕が腹を立てたのはエルドのつけている魔法石のくすみとザックの腕の太さについてである。


いつも拷問されるときは目隠しされていたので、気が付かなかったが、エルドの魔法の指輪についている魔法石がほんの少しだけくすんでいる。


それは魔力をしばらく送り込まれていない証拠。


そしてザックは剣を振っているはずの腕が、細くなっている。


――訓練を怠っているのだ。


僕は直感的に理解した。


今までは僕を練習台にして痛めつけるために、訓練で自身を高めていたのだが、この一週間は技に磨きをかけるということをしなかったのだ。


それは僕がこの家を追放され、僕という存在がいなくなった時、こいつらは増々訓練を怠るということになる。


――こいつらには僕に完全敗北を与えてくれる未来がないのかもしれない。




 「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」


僕は叫び、頭を抱え、膝から崩れ落ちる。


僕はこんなカス共に無駄な時間を費やしてしまった。


そう思うとさらに腹が立ってきた。


どうしてやろう、このゴミ共。 今すぐねじり殺して家の門に首を飾り付けてやろうか。


それとも親か? あの夫婦が悪いのか?


アイツらを八つ裂きにでもすれば現状のこの問題は解決するのか?


……………………………………………――こいつら殺そう。


こいつらは精神面での問題が沢山ある。 がしかし素質的にみたら結構な逸材だと思っていた。


鍛錬だけは毎日やっていたしな。


だから……期待していたのに。


「どうした俺たちにプライドも女も奪われて、絶望でもしたか」


ゴミが訳知り顔でバカにするようにそう言った。


「――? プライド、……そうか、そうだ!」


その手があった。


まだこいつらには未来があるかもしれない。


――しかしこれは賭けでもある。


失敗すればこいつらは一生立ち直れない傷を心に負うことになるだろう。


そうなれば完全敗北を与えてくれる可能性は0になる。


けど、成功すればその可能性が大きく跳ね上がる。


その方法は――。


殺さない程度にボコボコにすることだ。


こいつらはトンデモなく高いプライドを持っている。


そしてその一番の核となるのは、僕よりも圧倒的に優れているという自信だ。


ドロセルにコテンパンに言われはしたものの、実際僕に負けてないんだから、奴らの中にはその自信があるはずだ。


その自信を、僕より圧倒的に劣っているという現実を突きつけて粉々に打ち砕く。


それによって自分の実力はまだまだであることをその身に分からせるんだ。


上手くいけば悔しさをバネに自身の未熟さを払拭し、さらに強くなるかもしれない。


逆に失敗したら心が折れるかもしれないが。


――でも、もとより希望のなさそうなヤツらなのだから、そうなったら仕方ないか。




「さてと、久しぶりにちょっと本気だしてみるか」


僕はそう言うと兄たちがいる檻の扉に手をかける。


案の条、こいつらは扉に鍵を掛けていない。


だから僕は普通に戸を開けて入ることが出来た。


まぁ、コイツらも僕みたいな雑魚がわざわざ入ってくるなんて考えていないだろう。


檻の扉が開きそして閉まる。


その間に僕は次の展開を予想をする。


僕は相手の動きを予測するのが得意だ。


本当に未来が見えているのかと、周りが錯覚するほどに。


それは僕がおびたたしい数の戦場を超えてきたがゆえに身につけた、まるで魔法のような能力。


けれどこれは魔法でもスキルでもない。 僕が文字通り死ぬ気で――いや、死にながら身に着けた。知識と経験値のたまもの。


極限まで高められた魔法戦闘術だ。



 檻の扉が大きな金属音をたてて閉まる。


それが開始のゴングだ。


――僕は世界がスローモーションになるような感覚に陥る。


「撃ち抜け、《マジックバレッド》!」


僕はそう唱えて懐から取り出した杖を振る。


まずは牽制技として、無属性魔法マジックバレットをエルドの顔面に向かって放つ。


驚いたエルドは防御魔法陣を展開するだろう。


しかし、それは僕の放った魔弾を完全には防ぎきれない。


無属性魔法マジックバレットは魔力の塊の弾を飛ばすという基礎中の基礎の魔法で、命中したところで痣ができたらいいほうというくらいの殺傷能力の低い魔法だ。


だがその分、低魔力量で使用でき、発動難度も低いためかなり発動が早い魔法である。


エルドが唱えるであろうマジックシール――。


「《マジックシールド》!」


僕の予想通りのタイミングでエルドはその魔法を唱えた。


白い光を放ちながら、直径30cmくらいの魔方陣がエルドの顔の前で展開される。


この防御魔法はシンプルでそこそこの防御力を有する便利な魔法だが、注意しなければならない点がある。


展開される魔法陣の光量が高いのだ。


それを顔の前で展開なんてしてまえば、自分の視界を大いに狭めてしまうのである。


その隙に一気に間合いを詰めると、僕は固く握りしめた拳を力いっぱいエルドのみぞおちにお見舞いした。


僕の体はまだ幼い子供なので、大したスピードもない攻撃だが、近接戦闘訓練をちゃんと受けていないエルドには十分通用する。


エルドは膝から崩れ落ち、上目遣いで僕を睨みつける。


そして――。


「うぉーたーす……」

「ウォータースピアだろ? それをこんな近距離で魔法使うとかバカだろ」


僕はエルドの頭を掴み、その顔面に向かって膝を打ち付ける。


ぐしゃりとエルドの鼻が曲がる感覚が、膝に感じられた。


声になっていない悲鳴を上げながら、エルドは顔を抑えジタバタと地面を転がりまわる。


「ぶっ殺されてぇみてぇだな! ジャック」


わずか数秒のできことに、あっけに取られていたザックが、僕の方へ向かって走ってきた。


「はい、まずは右からね」


僕がそう言った通りにザックは右から大振りなパンチを繰り出した。


そのパンチをひらりとかわす。


「そして左をボディーに、続いて右のフック、ここで蹴りなんかも入れてみたりして……」


僕はまるで未来が見えているかの様に、ザックの次に出す攻撃を全て言い当て、いなし続ける。


何度もサンドバックされてやったのだから当然ことだが、彼にとってはありえないことで、表情から明らかに余裕がなくなってきた。


「くそ、なんであたんねぇーんだ!」


「簡単ですよ」


「なんだと?」


「兄さんがバカで、戦闘におけるプランニングが絶望的にできていないからです」


僕は嵐の如く繰り出されるザックの攻撃を全て完璧に受け流しながら、そんなことを言ってやった。


「お? 怒りました? 怒りましたよね? それとも”どうしよ~、いつも殴れていたこの雑魚に全く触れないよ~”って焦ってます?」


ピキピキと音が聞こえそうなほど、ザックの額には血管が浮き上がっていた。


ザックは攻撃を止め、バックステップで距離を取り、手に着けている指輪をこちらに向ける。


「はぁ、はぁ、はぁ――ぶっ殺す‼」


「それはさっきも聞きましたよ」


「うるせぇ! 死ねぇ! 《大:身体強化》‼」


ザックが唱えると、体が赤いモヤに包まれる。


「どうだぁ、これは中級第一等級の魔法だぞ! 見たことないだろ? これは強すぎて人を殺しかねないから、止められてたんだよなぁ‼」


「…………」


「ビビッちまって声もでないか!? 」


「……」


「フヒヒ、やっといつもの物言わぬいつものサンドバックになったなぁ!」


「はあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」


僕はこの地下中に響いているんじゃないかと思うほどの大きなため息を吐いた。


――――いやぁ、もう本当にどうしよう。


コイツはどこまでバカなんだろうか。


これが将来強くなって僕に完全敗北を味合わせてくれるのだろうか?


「打つ手なしか? ギャハハハ」


ザックは余裕の笑みを浮かべている。


「いやぁまぁ…………」


打つ手がありすぎて困るんですけど。


ここまでバカだと心折られたことにすら気づかないのではないだろうかと不安になってきた。


僕は片手で髪をグシャグシャとかき回しながら、呆れ顔で懐から杖を出す。


「光あれ、《ライトボール》」


杖を振りそう言うと、ポワンという音と共に、光の球が現れた。


それを見たザックはさらに腹を抱えて爆笑する。


「ギャハハハハハハハハハハ! そりゃなんだ? 基礎魔法じゃねぇーか!! この独房の暗がりが怖くなっちまったのか?」


「いや、これで兄さんはもう詰んでるなって」


「んあ? 何言ってやがんだ?」


まったく……新技披露の雰囲気があったから、やっと自分の致命的な欠点に気づいたのかと思いきや。


クソみてぇな技を覚えやがって。



 ザックの戦闘には大きく分けて2つの致命的な欠点がある。


一つは中長距離技を持っていないこと、もう一つは魔力感知能力が低いことである。


「いけ」


僕が光の球にそう命令すると、球はザックの眼前に飛んでいく。


「なんだ、これぇ!」


たいして光量のない光だが、眼前に来れば十分に邪魔な光である。


「クソ、じゃまだ!!」


ザックは球を振り払おうと、顔の前でブンブンと腕を振るが、光に触れることなど当然できない。


僕は球をコントロールし、常にザックの眼前に光が来るようにしている。


「魔法戦闘、特に近距離戦闘を主体とする人の場合、なにが大切かわかります?」


「う、うるせぇ! キモイ戦い方しやがって、堂々と戦え!」


ザックは自慢の体術をお披露目することもできず、ただただその場で暴れているだけである。


「――敵を常に自身の攻撃有効射程範囲に入れておくことです」


瞬間、ザックは声を聞いて僕の方に走ってくる。


確かにさっきよりスピードは各段に上がっているが、まともにこちらを見えていない相手の攻撃など楽に躱せる。


「近距離戦を主体としている人は、射程範囲が狭いので、相手に射程外へ逃げられた時、中遠距離技を使って距離を詰めて自身の射程内に入れなければなりません。 けどザック兄さんは中遠距離技を覚えていないでしょ?」


僕はザックの闇雲な攻撃をよけながら、諭すように語る。


「そしてもう一つ必要となってくるのが、高い魔力感知能力です。これが無いとこんなふうに視覚を奪われてしまった時、簡単に敵を見失ってしまう。 そして距離を取られ、遠くから魔法を撃たれて負けてしまうということになるのですよ 」


「はぁ……はぁ…………はぁ…………うるせぇ、お前みたいなゴミが偉そうなこと言ってんじゃねぇぞ!」


身体能力が爆発的に上がった分、消費体力量が多くなったのか、ザックは既にゼェゼェと激しい息遣いをしていた。


「偉そうというか、基本もわかってないのにそんな応用編みたいな魔法使っても、キバイノシシに最強の杖を与えるくらい無駄なことなんですよね」


自分の例えの下手さはさておき、煽っているということはちゃんと伝わったらしく、ザックは言語になっていない声でうめく。


「兄さん。 魔力を感じる練習をしましょうよ!」


「あぁ!?」


「だって今のままではメイドだって兄さんのことを殺せますよ。 だからまず目を閉じて、この空間に漂う魔力を感じるんです」


「……く、クソ!」


「ほら、早くしないと僕に一度も触れることなく負けてしまいますよ? いいんですか、そんな情けない姿を晒して。 僕はそんな兄さん見たらショックでこのことを父上に話してしまうかも――」


視覚を奪われたこの状況を、どう足掻いても打破できないと考えたのか、ザックは僕の言う通り目をつぶった。


僕はそんなザックの元へまるで散歩でもしているかのような、軽やかな足取りで向かった。


「お、おら。 目をつぶったぞ……んで?」


「いやいや、兄さん。 敵の目の前で目をつぶるとかバカなんですか?」


その言葉に驚き目を見開いたザック喉元には、既に僕の杖先が添えられていた。


「や、やめろ……」


歯をものすごい力で食いしばっているのか、ザックの口から歯の軋む音が聞こえる。


「やめ…………ろ? ろ?」


「や、や……やめてくだ…………さい」


「うわ情けな。 こんな兄を持って恥ずかしいです」


僕はザックの喉元から杖を下ろし、代わりに彼の両のすねに向かって《マジックバレット》を放った。


「ちょうど身体強化もきれた頃ですよね」


僕はそう言うと、地面にひざまづく彼を押し倒して馬乗りになり、顔面を何度も殴りつけた。



 うーん、ザックは腕っぷしに自信がある奴だから、こうやって腕力でねじ伏せる方がプライドを傷つけられると思ったのだが、どうだろう。


殴りつけながらそんなことを考える。


僕に向けた憎しみの表情が徐々に崩れていく。


抵抗しようとするが、すでに魔力も体力も大量に失ったザックは、体を動かすことができない。



 時期に、ザックは気を失った。


「ベレー、大丈夫か?」


兄達に暴行を受け、気を失っているベレに声をかけるが、起きそうもない。


「んじゃ、まぁこの家にいる意味なくなったし、少し早めの家出と行きますか」


「ま、まて‼ 我が家にこんなことをしておいて、まともに生きられると思うなよ!」


エルドが地面に這いつくばりながら、そう言った。


「エルド兄さんまだ意識あったんですね――あ、そうだ」


僕はポケットから小瓶を取り出すと、エルドの方へ投げつけた。


「こ、これはなんだ?」


「香水ですよ、エルド兄さんからいただいたね。 兄さんは今、獣臭いので使った方がいいかなと」


「け、ケモノだと! 俺は上流貴族だぞ!!」


「そうですか? 負け犬の匂いがプンプンしますけど」



 

 僕はベレをお姫様抱っこして、地下と屋敷を繋ぐ扉を壊し、家出を阻止しに来た護衛や従者を張り倒しながら、堂々と家の門から出ていった。



【あとがき】

夕方18:17に投稿!

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ストックが尽きぬ限り・・・頑張る所存です。


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チート転生も100回すればもう飽きる。やっと無能に転生出来たので、敗北を味わいたい! ~手も足も出ない完全敗北を味わいたいのに、勝ち筋が100通り以上見つかるんですが~ プリントを後ろに回して!! @sannnnyyy

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