第4話 魔女は僕を求めている
「えーっと、ザックのことですかな」
父は引きつった笑みを浮かべながら、ドロセルにそう尋ねる。
「いーや。 我が指名したのはそこの執事服を着た少年じゃ」
ドロセルの意図を察して、弟子のカイアが僕の腕を引っ張ってドロセルの元へと連れていく。
「あ、あの彼はその……ただの執事見習いでして、魔法の才などまったく……」
「それを、本気でいっておるのか?」
ドロセルの声のトーンがガラリと変わり、話し方も今までの優しそうなものとは真逆の凍えるような冷たさを放っていた。
その雰囲気の変わりように部屋の中に一気に緊張が走る。
しかしそんな空気なんて気にも留めず、ドロセルは席を立ち僕の前に訪れて、目をジッと見つめる。
「キミは我、もしかしたら我以上の才を持っている。 ぜひとも我の弟子になってほしいものじゃ」
瞬間、あたりが騒然とする。
今までゴミ同然に扱っていた人物が、偉大な魔法使いにその才を認められてしまったのだから当然の反応だろう。
「そ、そんなことありませんぞ!!」
全身から汗を吹き出しながら、父は駆け寄ってくる。
「この子の魔力量は我が家の歴史上、最も少ない。 しかも使えるのは無属性魔法だけです。 本当にどうしようもない出来損ないなのでございます」
するとその言葉を聞いた瞬間、ドロセルは大笑いし始めた。
「なるほど、凡人に測れるのはその程度といった話として受け取ってよいかな?」
ドロセルはそう言って、弟子のカイアの方へ視線を送ると彼女もドロセルの真意はよくわかっていないようだった。
「第一、彼はニーモ家の御子息じゃろう。 魔法の質感を感じ取れる我からしたら、一瞬で見抜けてしまうのじゃ。最初は我に弟子にとられたくなくて隠しておるのかと思ったのじゃが、従者や家族の者による彼への言動が、あまりにリスペクト欠いておる思うての。 彼の実力がわかっていたら、こんな扱いなどできるわけがない」
ドロセルはつらつらとそんな風に述べると、少し息を吐く。
「――二人の息子の魔法を見てくれじゃと。 無能もここまでくるとおもしろいと思うて、見てはやったが、正直評価しかねるものじゃったぞ」
ドロセルは父に向かってはっきりとそう言った。
「確かに、あの年齢にしては才があるとは感じるが、それ以前の基礎力が全くなっておらんではないか」
「き、基礎力? まさかそんな! 領内で優秀な者を教育係に選んでおりますぞ」
「なら教育係の力不足もしくは、御子息が基礎を軽んじる傲慢な態度を取り、呆れた教育係が応用編ばかりを先に教えてしまったのじゃろう」
父が教育係を睨みつけると、彼らは気まずそうに下を向いた。
「魔法を放つ時の基本姿勢、魔法武術使用時の呼吸……。 派手で難しい技を習得する前の基本がまるでなっておらん。 ――このような基本中の基本を蔑ろにするなんて」
ドロセルは父と兄二人、一人づつに目を合わせて言った。
「今日、魔法を教えた農民の子供たち以下じゃ」
ドロセルは片手で口を抑えわざとらしく、やってしまったという顔を見せる。
「すまぬ、口が滑ってしまった。 農民以下ではなく」
ドロセルは意地悪そうな笑みを浮かべる。
「――農民未満じゃ」
平民未満しかも貴族の大半が一番下に見ている農民より下であると言われる事がどれだけ侮辱にあたるか。
それはウチの家族の憤りと絶望に満ちた顔を見れば明らかであった。
えーいいなぁ、こういう精神的な敗北感もきっと気持ちいんだろうな。
うらやましい。
いつも我関せずと冷めた目で自体を見つめる母も、こればかりは部屋中に響くような音を立ててハッと息を吸い込んでいた。
父はワナワナと肩をふるわせ、二人の兄は父に怒られるのでは無いかと今にも泣きそうな表情で父の様子を伺っていた。
ただこういう時いつもなら感情に任せて怒鳴り散らす父だが、この時ばかりは自身の感情を押し殺すことしかできないようだ。
やはりそれだけドロセルは上の存在なのだろう。
これもベレが言っていたのだが、彼女一人いるというだけで起きていない戦争がいくつもあるとか。
つまりニーモ家がこの国有数の上流貴族であろうと、国力そのものである彼女に、誰も意義を申し立てることはできないのだった。
「――さて、とじゃ」
ドロセルはそういうと勢いよく僕の方へ振り替える。
あまりに勢いがあったため、彼女の独特の甘くていい香りがフワッと漂ってきた。
「ウヌよ、我が弟子として共に世界を歩まぬか?」
ドロセルは自信に満ちた表情で僕へと手を差し伸べる。
「嫌です」
僕は間髪入れずに言った。
だって弟子に何てなったら自由に生きれないじゃないか。
確かにこんなに強そうな人の近くにいたら、いつでも戦ってもらえてきっと素敵な敗北ライフを歩めるだろう。
だがしかしこの人よりも強い人だってきっといるからね。
そして何よりこんなすごい人の弟子になったら、有名になりすぎて国からいろんなクエストを任されてしまうかもしれない。
それでは勇者時代と何も変わらないではないか。
今世では自由に生きて、自由に負けることが目的なのだ。
だから、嫌だ。
するとカイアと呼ばれいた少女が、物凄い速さで僕との距離を詰めてきた。
彼女は洗練された動きで懐から30cm弱の木の棒を取り出し、その先端を僕の方へ向ける。
「魔法の杖……」
僕がいた時代では魔法使いは、彼女の様に魔法の杖を使うことが主流であったが、魔法石の加工技術が進み指輪にはめ込めるようになって以来、杖より指輪を使う人が増えたようだ。
ただ、そこそこ値段がするので貴族やお金持ちしか持っていないらしいが。
とはいっても、一部の魔法熟練者は杖の方が火力が高いため、使っている者もいるという。
――ちなみに僕も杖派だ。
っとそんな呑気なことを考えている僕に向かってカイアは声を低くする。
「あなた、ただの一貴族の立場でドロセル様の誘いを断るなど万死に値するわよ」
少女は僕と大体同じくらいの年齢だと思うが、やけに大人びているような声色であった。
ってか人間ではなさそだな。
彼女は明確に僕に対して怒りの感情をぶつけてきているのだが、対して周りの者達はみな怒りというより驚きの反応を見せていた。
「あ、あのドロセル様にあんなこと言うなんて……」
「あのガキ死んだだろ」
「本当にどこまで頭が悪いんでしょう」
従者たちは皆口々に僕の行動がどれだけ愚かかを述べている。
先ほどまで緊張感とは比べ物にならないほどの張り詰めた空気が漂う。
「アッハハハハハハハハ!!」
この空気を決壊させたのはドロセルの笑い声であった。
「我の誘いを断る男など、何年ぶりじゃ」
それはどこか嬉しそうで、周りのそれこそ弟子であるカイアすら困惑していた。
「ドロセル様、こいつは生かしておけません」
カイアはそう言うと杖を持っている方の手を規則的に動かし、何か魔法を放とうとしている。
「よい! カイアよ。 我は腹を立ててなどおらぬ!!!」
ドロセル。 彼女の腹から放たれたその勢いの良い声が、部屋に響き渡る。
それに驚き少し肩を跳ね上げた後、カイアはゆっくりと杖を懐に戻した。
ドロセルはゆっくりと僕と同じ視線の高さまで身を屈めると、にっこりと微笑んだ。
「おもしろい少年だ。 ますますほしくなったぞ」
微笑んでくれてはいるが、その瞳は獲物を狙う猛獣のような鋭さが見えた。
彼女は僕の頬をなで、自身の上唇を舌で舐める。
僕は食べられるのだろうか?
まぁ、せっかく触れてくれたんだし、彼女の魔力を測りますか……。
――――こいつ、ちゃんと魔力を偽装してやがる。
一貴族の家に来訪するだけなのに、この慎重さ。
実力はわからないが、死線を潜り抜けてきたのは理解できた。
「魅力的な提案ですけど、やっぱ僕は自分で強くなりたいんで」
頑な僕の意志にこれ以上言っても無駄だと悟ったのか、ドロセルは小さなため息を吐いてスッと立ち上がる。
「わかった。 では我が学院に入学してはみないかの?」
ドロセルは懐から一枚の紙を取り出し、僕に差し出した。
そこには大きな文字でクアドリア魔法学院と書いてあった。
さしずめパンフレットといったところか。
「ドロセル様! そんな⁉ 」
カイアの言葉に驚き周りを見渡すと、周りの人たちは口をあんぐりと開けて目玉が飛び出すほど目を見開いていた。
「クアドリア魔法学院⁉ あの国内……いや世界でも最高峰の優秀な子供たちが集まるあの学院にジャックを……」
父は少しよろけながら数歩歩く。
「そんなところにジャックをやりはしませんぞ! そやつが入学したところで我がニーモ家の恥をさらすだけに決まっております!」
そんな父の言葉はもはや届いておらず、ドロセルは父の言葉に返答することなく僕だけをジッと見つめている。
「本当は入学試験など、我の権限でパスさせてすぐにでも入学させてやりたいのじゃが、残念ながらクアドリア魔法学院にはそういう制度はないのじゃ。 じゃからウヌがその気があったとしても、試験を受けてもらうことにはなるのじゃが……」
魔法学院かぁ……正直考えたこともなかった。
将来的にはこの家をテキトーに家出して、冒険者にでもなって強い奴を探す旅にでも出ようかと思っていたのだが。
考えてみれば優秀な強い奴が集まる場所である学院に入学する方が、冒険者になるよりも効率的なのかもしれない。
例え僕より弱くてもその子供たちの未来には期待できるかもしれないからな。
学校ってのは常に生徒に点数をつける場所、つまり競争意識が必然的に芽生える場所であるため、僕に敗北感を与えてくれる機会そのものは多くなってくるに違いない。
ドロセルは無言で考え込む僕の様子をみて、少しうれしそうな表情を浮かべると、足早に帰っていった。
「――ならんぞ」
ドロセルにバカにされまくって怒りやら、悔しさやらが入り混じった顔で父はそう言った。
「お前のような出来損ないがクアドリア魔法学院の入学試験を受けるなど、我が家の恥を晒すようなもの」
ドロセルにはかなり評価されていた僕だが、父の中では変わらず無能の烙印を押されているようだ。
とは言われても、僕は入学してみたい。
「やっぱりダメですかね? 僕は結構興味あるんですけど」
まぁ全く許可されるなんて思っていなかったけれど、一応食い下がってみる。
だって曲がりなりにもすごい魔女から認められているわけだしね。
「ならん、ならんぞ!! エルドとザックですら入学できなかったのにも関わらず、貴様のような落ちこぼれが――」
なるほど、それが一番の理由か。
万が一にも受かってしまったら、周りの家にも僕が優秀だと知れ渡り、僕に対して低い評価をしていた父が見る目がないと評されてしまう。
まぁでも、許してもらえないなら勝手に家出でもして――。
「ご主人様‼ どうかご許可をいただけませんでしょうか!」
僕が見切りをつけ、早々に撤退しようとしてると、物凄い声量でベレが声を上げた。
「どうかジャック坊ちゃまに勉学に励む機会を、与えて下さりはしませんか!」
ただの従者が――しかも、差別されている獣人の立場でこのような発言をすることは自殺行為だ。
「ベレ、別にいいから――」
「いいえよくありません! 坊ちゃまは今まで学ぶことを楽しんでらっしゃいました。でも、教育者もつけてもらえず家の書庫にも入れてもらえず、私が街に行った時に買ってくる本だけで学んでおられました。そんなときに、あのドロセル様よりクアドリア魔法学院という最高峰の教育を受けられる場所で勉強できる機会を頂けたのですから、絶対に逃してはなりません‼」
ベレは一息でそう言うと僕の手を握り、まるで戦場に赴くかのような瞳で、父の方を見る。
「貴様ら調子に乗りおって!! お前のような人外種に発言権があると思うな!」
「それは重々わかっていおります! それでもどうか……どうか……」
ベレは土下座する。
「――それならばこの家を追放だ!」
父の大声が部屋を震わせる。
家を追放されるということは、苗字を失うことだ。
それはどこの家の者でもないということになる。
そしてこの世界のコミュニティはそういう人間を受け入れてはくれない。
じゃあどこかの家に入ればいいという話ではあるが、我がニーモ家は敵対貴族も多い上、平民たちにも嫌われまくっているので、どこの家も受け入れて何てくれない。
――というか、学院どころかまともな職にすらつけないので、野垂れ死ねと言われているようなものなのだ。
「でしたら! 私もこの家を出て坊ちゃんを家の子として受け入れます!」
その言葉に時が止まったかと思うほどの静寂が漂う。
次の瞬間、ダムが決壊したような勢いで笑い声が響き渡った。
「お前のような人外種の子になるなど、人間を辞めるようなものだ。 身の程を弁えろよ化け物が!!」
笑いと共に、怒りが限界に達した父は僕とベレを地下の監獄に幽閉した。
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