第3話 世界一の魔女の熱視線

僕を呼び出した父は、眉間に渓谷を作り椅子に背中を預けてふんぞり返っていた。


「今日はあの偉大な魔法使いであるドロセル様が、この家に訪れることになっている。 そこで――」


父アーガスは近くのメイドに目配せすると、メイドは僕の前に、随分と小さな執事服を持ってきた。


「我が家の汚点である貴様を、家族としてドロセル様に紹介する訳にはいかない。 だから今日は執事見習いとして大人しくしていろ」


僕はメイドによってたちまち執事服に着替えさせられてしまった。


おぉ、実は1度着てみたかったんだよな、執事服。


僕の今までの転生人生では、何故かイケメンに転生することが多かったが、今回は可もなく不可もなくといった普通の見た目だ。


どんな服も着こなしてしまう見た目より、今のごく普通な服に着られてしまうような自分のほうが愛おしい。




この世界の常識的に一貴族が従者と同じ服を着るというのはとんでもなく恥ずかしいことらしく、メイドや執事達は僕を見ていい気味だとでも言いたそうだった。


二人の兄はそれはそれは嬉しそうで、わざと水をこぼして僕に掃除させたりしている。


「坊っちゃま……はぁはぁ、もう少し動かないでくださいませ!――――――かわいいぃ」


ベレも嬉しそうであったが、何だかベクトルの違うものを向けられている気がする。



大体一時間くらいが経過した後に、ウチの屋敷の門の前に一台の豪勢な馬車が停まった。


執事見習いの僕は他の従者たちと共に、来客者を出迎えるための列をなす。


他の執事たちにとって見習いの僕は立場が下であるためか、列に並ぶのに乗じて足を踏まれたり後頭部をどつかれたりと散々な扱いを受けた。


貴族が従者として扱われる敗北感……悪くない♡


ヒリヒリする頭を擦りながら、黙って並んでいると馬車から一人の少女が下りてきた。


15才くらいの少女だろうか、偉大な魔女だって聞いたので勝手にもっと大人な女性をイメージしていただけに、これには少し驚いてしまう。


「ドロセル様、ニーモ家に到着いたしました」


少女は馬車の中の人物にそう告げると、奥から女性にしては低めで、どこか色気を感じる声色で返事が返ってきた。


後から降りてきたのは、ところどころキラキラと光っている真っ黒なドレスを着た美女。


紫がかった黒髪の上に大きなとんがり帽子をかぶっており、恐ろしく整った顔立ちからは強さから来る余裕をうかがえる。


ドレスが足元まで及んでいるのため、どんな靴を履いているのかは分からないが、身長は180cmくらいはあるだろう。


きっとどんな異世界人でも彼女を一目見たら魔女だとその正体を看破できてしまうほど、これぞまさにといった格好である。


「あっちがドロセルか……どんだけ強いんだろうなぁ」


僕は小さくそう呟いた。


今世の体は魔力感知能力が低いため、相手の体に触れるまでは正確に相手の魔力を測れない。


つまり、相手に触れないとその実力がわからないのだ。


それは結構不便だなと感じる。


「ドロセル様、この度は我が領土においで下さり誠に感謝いたします。 それと、クアドリア魔法学院の院長就任もおめでとうございます」


父はそんな言葉を開口一番投げかけた。


「そこまで知っておるのじゃな」


ドロセルは胸に手を当て、深々とお辞儀をする。


少し遅れて彼女の付き人の少女もペコリと頭を下げた。


ドロセルは若々しい見た目に反して、かなり年寄りめいた話し方をしている。


「こちらこそ、この領土の子供たちと関われる機会をくださって感謝する。――あぁ、紹介し遅れたの。 こちらはカイア。 我の弟子じゃ」


付き人の少女は深めにフード被ったまま、無言で浅く頭を下げた。



 来客者を客室に通した後、父親は我がニーモ家の歴史をドロセル達に語っていた。


「――こちらの二人が我が息子のエルドとザックでございます」


話の流れで名前を呼ばれた二人の兄は緊張の面持ちでぎこちないお辞儀を見せる。


「――ほう、そうか」


ドロセルは二人を一瞥した後、僕の方を一瞬見て、ニコッと微笑んだ。





ひとしきり家の歴史を語り終え、満足した父は、次に我が家の中庭へドロセル達を案内した。


「では、ここからは我が息子達の魔法を見て頂こうかと――」


―ベレから聞くには、ドロセルは今新しい弟子を見つけようとしているらしい。


つまり、父は自分の才能を認められ、あのドロセルの弟子になれば家に箔がつくと考えているのだろう。


中庭に現れた2人の兄は魔法競技用の服に身を包んでいた。


「兄のエルドは魔力操作技術に、弟のザックは魔法武術に優れております。 まずは、エルドにあそこに浮かぶ13個の的を撃ち抜かせます」


「ほう、あの小さな的を全て撃ち抜くと。 もしそれが可能であればその歳にしてかなりの才能じゃな」


そう言ってドロセルはニヤリと笑う。


父がエルドに目線を送ると彼は所定の位置まで歩き、そこで足を止め、右手に自分専用の魔法の指輪を嵌める。


「【ウォーターアロー】!」


エルドがそう唱えると彼の手には水で形作られた弓が握られており、その弓を引くと水で形作られた矢が現れる。


エルドが弓から手を離すと、矢が空中に浮かぶ的に向かって放たれる。


1つ目の的を射抜くやいなや、次の矢を放つ。


そうして13本の矢を放つ――のだが。


「ベレ、もう二歩くらい僕の方へ寄ってくれるかい?」


僕は13本目の矢が放たれるとすぐに右隣に立って居たベレにそうお願いした。


ベレは少し困惑したようだったが、僕の方へ嬉々として二歩……いや、四歩くらい近づいてきた。


「寂しくなっちゃいました?」


彼女のニッコニコの笑顔からそんな言葉が放たれる。


しかし、寂しくて彼女を呼んだのではない。


そこにいては危険なのだ。



 「おや、最後の矢……。 的から外れたようじゃな」


ドロセルがそう言うように、最後に放たれた矢はラスト一つの的を通りすぎていってしまった。


――けれどこれは演出である。


兄はここから魔力をコントロールして矢を操り、的の裏に当てるという算段なのだ。


魔法は動かす方向によって必要な技術・集中力が異なる。


少し曲げたりする分にはあまりそれらは必要とされないが、進行方向とは逆に動かすとなるとそこそこの技術・集中力を必要とする。


エルド兄さんはコントロールが上手く、練習の段階ではほぼほぼ成功している。


――しかし今日は上手くいかないだろう。



朝エルド兄さんの顔を見たとき目の下に薄っすらとクマができていた。


恐らく今日のことに緊張してよく眠れなかったのだろう。


魔法を使うにあたって何が大切かというと、その魔法を使っている自分を頭の中で想像すること。


寝不足はその能力を著しく下げてしまう。


トップクラスの魔法使いであっても連日の戦闘でよく眠れず、不注意による魔法事故で命を落とす場面を僕は数多く見てきた。


それらに加え、兄は極度の緊張で魔法を詠唱するときの声がいつもより少しだけ高かったし、体に力が入りすぎて膝が柔らかく使えていない、腕も縮こまっているし、重心も左足に乗りすぎている。


そして決まりに練習では13本目の矢はコントロールしやすいように魔力量を少しだけ少なくして放っていたのに、今回は他の矢と同じ魔力量で放ってしまっている。


今の兄の力量ではとでもじゃないが、あの魔力量はコントロールできない。


となると、矢はいつものように操れない。 兄もコントロールしている上で上手くいかないことに焦るだろう。


そしてエルド兄さんは焦ると魔法が右に逸れる癖がある。


そうなると、矢はベレがさっき立っていた位置に到達する。


その時間恐らくあと12秒。


1,2,3,4,5,……。


「じゅーに」


僕が小さな声でそういうと同時に予測したその場所へと矢が到達した。


「な…………なんで⁉」


エルド兄さんは思わずそんな情けない声を上げる。


中庭になんとも言えない気まずい空気が流れた。


「あ、あの次に弟のザックの魔法戦闘術を・・・」


父は額から脂汗を流しながら、弟のザックに視線を送る。


そのあと、失敗して半ば放心状態のエルドを睨みつけた。


「申し訳ありません」


エルドのその言葉に父は何も返さなかった。




弟のザックは元軍人の男との体術による組手を行おうとしている。


その催しはいつも通り軍人の男が、手を抜いてザックに負けてあげるという段取である。


転生しまくっていた中で人と人が命を奪い合う戦場に身をやつすこともあったのだが、そういう人間からするとこの軍人の男が全く本気を出していないことは明白だ。


殺気を感じないどころではない。


「おらぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


いつも通りの大きな声をあげながら軍人の男を殴り飛ばす。


あんな大声を上げては魔導維持がしにくくなってしまうからやめた方がいいのだが……。


「流石我が息子だ!」


父は横目でドロセルをチラチラと見ながら声を上げた。


ドロセルは依然として余裕の笑みを浮かべたままである。


弟に良い所を持っていかれてしまったエルドは静かに拳を握りしめていた。


「いいなぁ」


その光景を見て素直にそう思った。


だって自分の力を十分に発揮できずに弟に負けてしまうという敗北感を今エルドは感じているのだろう?


僕もそんな敗北感を感じ取りたい。


――最近自分の敗北マニアぶりに拍車がかかってきた気がする。




「素晴らしい演目じゃった、ニーモ殿。 そなたの御子息は大変才能豊かなのじゃな」


再び客室に戻ったあと、出されたお茶を飲みながらドロセルは言った。


「――我は今、新しい弟子を探しておっての。 あなたの御子息から1人、誘いたいと考えておるのじゃが」


その言葉に父は飛び上がるように椅子から立ち上がった。


「おぉ! それは本当ですか!? ぜひぜひぜひ!! 直ぐに我が息子をあなた様の元へと向かわせましょう」


父は満面の笑みを浮かべ、アピールが上手くいったザックは自分であろうと片側の口角をあげて笑っていた。


対してエルドは奥歯を噛みしめているのか、顎の筋肉が硬く膨らんでいる。


「おぉ、そうか。 ではそこの――」


ドロセルのその指先はエルドを通り越し、ザックをも通り越して僕の所で停止した。


「あの子を我にくれんかの?」

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