第2話 兄からいじめられんのキモチイ

「おい、ジャック。 今日は俺が身につけた新しい格闘術を見せてやるよ」


シーフェルの言った通り、転生したのはむかし僕が初めて魔王を討伐した世界だった。


しかし、僕が生きていた時から約100年くらいたっている。


今回転生したのはニーモ家という、そこそこ力を持っている貴族家だった。


その家の一番下の子供が僕、ジャックである。


父アーガスと母マリア、エルドとザックという双子の兄がいる家族構成で、魔法の才能がない僕は、かなり酷い扱いを受けていた。


今日も中庭でザック兄さんの格闘術の練習台にされている。


「に、兄さんやめてよ!」


僕は必死に懇願するフリをする。


そうすることで、兄はより気合の入った攻撃を繰り出してくれるのだ。


彼の大振りなパンチが僕の顔を殴りつけ、顔面に激痛が走る。


――僕はそれに至福の喜びを感じていた。


(あぁ、この痛み。 命が削れていくこの感じ……なんて心地いいんだ)


もう何年も痛みを感じることなく、戦いを終えていた僕にとってこの感覚は新鮮でありどこか懐かしくもある。


この痛みの先にチラつく敗北感がたまらなく僕を興奮させていた。


――ただしかしこの敗北は僕が心の底から求めるモノではない。


僕が求めるのは、隙の全く無い圧倒的強者に、作戦も何もかも全て打ち砕かれての完全敗北。



 「俺が本気を出せば今の攻撃で、三回はお前を殺せるぜ!」


ザック兄さんはそんなことを言った。


僕は今の攻撃でザック兄さんを542回は殺すことができた。


「―お前に本当の戦いを教えてやる!!」


こんなお遊びみたいな戦いを本当の戦いだと思っているらしい。


 

 スキルや魔力量を比べたら兄さんの方が僕よりも圧倒的に強い。


けれど僕は兄さんに比べて、実践の経験値は膨大に積んでいる。



 ステータスがカンストしだしてからはろくに戦略も練らずに脳筋プレイで押し通していたが、ステータスがゴミだった最初の数百回の人生は地道にステータス上げをしていた。


ステータスを上げるには自分より強い敵を倒して、経験値を稼がなければならない。


弱かった僕は、一体のモンスターを倒すために国中を駆け回り、情報を集め、有効な武器やパーティーメンバーを編成し、戦場の地形から戦略を立て、シュミレーションして戦術を作り……といった感じで徹底的に準備をしないと戦いにすらならなかった。


そこで得たのが魔力やスキルを頼りにしない、勝つための技術。


だから、その膨大な経験と知識がある分、魔力量やスキルを差し引いても兄さんより僕の方が圧倒的に強い。



 僕の望みは完全敗北。


つまりは自身の全ての力を持ってしても一回も殺す隙を見いだせない相手に出会うことである。


だから兄さんは僕の求める相手ではない。


僕が兄さんに負けているのは、満たされない敗北への欲求を少しでも解消するためなのだ。


 

 それともう一つ、こうやって負けてやることで兄さんはさらに調子に乗り、どんどんといろんな技を覚えてくるようになる。


そうやってほんの少しずつ強くなって、いつか僕を完全敗北させてくれる存在になるかもしれないと期待している。


 「どうだジャック! 手も足も出ないだろう⁉」


ザック兄さんは倒れている僕に向かってそう言い放った。


「つ、強すぎますザック兄さん」


僕は苦悶の表情を浮かべ、兄さんにそう言った。


続いて兄さんに仕えるメイドや執事たちが、彼を称賛する。


「――ザック様! 素晴らしい格闘術でした」


「やはり、ザック様は武術の天才ですな‼」


まるで僕は存在していないかの様に扱われ、従者たちは兄さんに飲み物やタオルを渡しに集まってくる。


「――フン、今日はこのくらいにしといてやる。 お前は魔法の才能もない上に体術の素養もないんだな。 もう死んだ方がこの家のためなのではないか」


兄さんは僕を見下して嘲笑する。


「ザック様、本当のことでも言ってはいけませんわ」


「そうですぞ、一応ニーモ家の御子息ですからな」


執事とメイドはクスクスと笑い、血まみれの僕をそのままに兄と一緒に中庭を去っていった。




「兄さんは流石だな」


僕は一人、仰向けでそんなことを呟いた。


「この前は544回だったのに、今日は542回まで減っている。 将来はまだわからないが、15才でこの回数は見込みがあるのかもしれないな」


「――坊ちゃま、大丈夫ですか⁉」


そう言って僕の元に血相変えてやってきたのはメイドのベレだった。


彼女はいわゆる獣人という種族で、身長は180cm近くある長身、猫のような耳と長い尻尾、そして琥珀色の瞳が魅力的だ。


それ以外の部分はトンデモなく美人でスタイルの良い人間と言っても差し支えない外見である。


「坊ちゃま、またこんなにケガをして・・・」


ベレは慣れた手つきで僕のケガの治療を始める。


彼女はこの家の従者で唯一僕を気にかけてくれているメイドだ。




 「おい、ゴミ。 父上がお呼びだ。 今すぐ書斎へ行け」


唐突に冷淡な口調で僕に言葉を掛けるのは、もう一人の兄であるエルド兄さんだ。


年中半袖短パンで暴れん坊なザック兄さんと違って、彼は眼鏡を掛け、落ち着いた雰囲気をまとった知的なタイプだ。


「はい、エルド兄さん」


僕はまるで従順な下僕の様に純朴な声色でそう返答した。


「――フン。 なんだ、ケダモノも居たのか。 てっきり屋敷にキバイノシシでも迷い込んだのかと思ったぞ」


兄さんはベレを見下すように見つめる。


「申し訳ありません。 あと少しで治療が終わりますので――」


ベレは張り付けたような笑顔をエルド兄さんに向けた。


当然エルド兄さんの周りにも従者たちがいて、彼らもベレに対してまるで汚物を見るような視線を向けていた。


この世界では獣人のような亜人種は差別の対象とされている。


最近はその風潮を無くそうという動きもあるのだが、まだまだ差別意識はぬぐいきれていない。


そんなことを考えていると、兄さんは僕の方に小瓶を投げつけてきた。


――どうやら香水のようだ。


「獣臭い体で父上に会うでないぞ」


兄は薄ら笑いを浮かべそう言い放ち去っていった。


ベレはまるでその言葉が聞こえていないかのように、健気に僕のケガに包帯を巻いている。


「ジャック坊っちゃま、怪我の治療は終わりました。 その……ではこれを」


ベレは両手で小瓶を掴み、自身の胸元まで持ってくる。


その手はどこか震えているように見えた。


「――いや、いいよその香水は」


僕は香水を持つベレの手を右手で抑える。


ベレはどこか困惑したように上目遣いで僕を見上げていた。


「匂いが強くて……ハナにつくからね」






【補足】

主人公が転生してきた異世界どもは、なぜか魔法の性質や特徴が大体共通です。

ですので、他の異世界に行った時また一から新しく魔法の理論を習得するということはしなくてよいです。

ちなみに植物に関してもそんな感じです。




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