第6話 八月のサプライズは嬉しかった。



 八月。楽しかった文化祭も終わり、暑い暑い夏がやって来た。


 難波さんと手を繋いだ文化祭以降、彼女から話し掛けられる事はパッタリとなくな――――らなかった。


 それどころか、以前にも増して話し掛けて来る事が多くなった。

 朝、昼休み、下校前。

 彼女は僕を見つけると必ず声を掛けてきた。


 でも僕も以前ほど、面倒だとか嫌だとかは思わなくなった。

 むしろ少し嬉しいとさえ思う時がある。

 

 それは果たして文化祭でのあの一件からだろうか。

 それとも夏の暑さによるものなのだろうか。


 ◇


 八月中旬――


「ぐぁーー。あづぃー。もう8月の中盤かー。夏休みも、もう終わりだな。あ、そういえば難波さんに――」


 

 ――――夏休み前の登校最終日。


「夏休み、絶対連絡してな! ほんで夏祭り一緒に行こな! 約束やで!」


 と彼女に言われていた事を思い出した。



「まずい……! 難波さんに連絡しないと……!」


 僕は慌ててスマホの電話帳を開く。

 しかし――


「って……。僕、難波さんの連絡先とか知らないし……。てか難波さんはどうやって僕から連絡が来ると思ってるんだ!? 連絡先も教えないで僕にどうしろと――」


 ピーーンポーーン


 僕が一人でスマホをベッドに投げ付け怒っていると、家のチャイムが鳴った。

 両親は共働きで家にいない為、こういう時は僕が出なければならない。


「あーもうめんどくさいな。……いや待てよ? 平日のこんな時間に誰かが家に来るなんて事はほぼないし、あるとすれば郵便かそれとも……」


 僕はそんな淡い期待を抱きながら、スマホを手に取り、リビングにあるインターフォンに声を掛ける。


「はいー?」


「郵便ですー」


「あ、はい……」


 なんだ、郵便かよ!

 期待させんじゃねぇよ!

 ったく……。インターフォンが鳴ったくらいで難波さんが家に来たと勘違いするなんて。

 今日の僕はどうかしているな……。


 僕は心の中でそう怒りつつ、とても不機嫌な顔で玄関の扉を開けた。


 ガチャ


「ん? 郵便屋なんてどこにも……」


 しかし、外には誰もいなかった。

 僕がそう呟き、辺りをキョロキョロとしていると――


「ばぁ!!」


「うわぁっ!!」


 ――開けた扉の陰から難波さんが飛び出して来た。

 僕は驚いてその場に尻もちをついた。


「アッハハハハハ! ドッキリ大成功やー! びっくりした?」


 満面の笑みで僕を見つめる彼女に僕は空いた口が塞がらず、ただ頷く事しか出来なかった。


「ウチやと思わへんかったやろ? 郵便屋さんや思たやろ?」


「う、うん。びっくりした……」


「せやろー? 家の前におったおっちゃんに代わりに言うてもろてん。『郵便ですー』って!」


「そこまでする……?」


「でもおかげでびっくりしたやろ? 郵便屋さんやと思ってからのウチやったから、嬉しさ百倍増しやな!」


「そ、そんなことないよ。別に待ってた訳じゃないし……」


「へぇー? その割にはえらい不機嫌そうに出てきてたけどなぁ? アハハハハ!」


「そ、それは……! はぁ……。もういいよ。で? 今日はどうしたの?」


 僕は彼女に全てを見透かされていたようなので、言い訳する事を諦めた。

 そして今日は何用かと彼女に尋ねた。


「どうしたの? とちゃうわ! いつまで待ってもあっきーから連絡してくれへんからウチがここまで来たんやんか!」


「そ、それは。僕、難波さんの連絡先知らないし……!」


 僕がそう言うと、彼女は口を開き何かを言おうとしたが、思い直しもう一度口を閉じた。


「……ん?」


「…………ん?」


 そして僕達は互いに顔を見合せ、その後二人の間に少しの沈黙が流れた。


 

「あれ、もしかしてウチ、連絡先教えてない……?」


「うん。教えてもらってないよ」


「まじかー! やってもうたー!!」


 えーー。忘れてたのかよーー。

 僕はそう心の中で叫んでいた。


 

「ほんまごめん! 教えたつもりでおったわ……。ほな今交換しよ?」


「う、うん。いいよ!」


 そして僕達は玄関で連絡先の交換をした。



「よっし。これでいつでも連絡出来るな! いつでも誘ってくれてえぇんやで?」


「うん、わかった。気が向いたら連絡するよ!」


「なんそれ、気が向いたらって! んー、まぁいいや。なぁ、あっきー! 今日暇なん?」


「うん。今日は夏期講習もないし、宿題も終わらせたから暇だよ?」


「じゃあプール行こ! プール!」


「はぇ? プ、プール!? 突然だね……。難波さん、あまり大きな荷物とか持ってないけど水着は?」


 彼女は小さいリュックと白いTシャツに短いショートパンツを履いているだけで、水着を持っているようには見えなかった。

 ていうか、私服姿初めて見たけど破壊力が半端じゃない……。

 


「アホやなー。そんなん着て来たに決まってるやん!」


 そう言うと、彼女は白いTシャツをたくし上げ、中に着ていた黒と白の水玉模様の水着をチラッと見せてきた。


「ちょっ……! いきなり何してんの……!?」


 僕は慌てて手で目を塞いだ。


「何って、水着は? ってあっきーが聞くから見せたんやけど?」


「いや、そうじゃなくて。恥ずかしくないの?」


「恥ずかしい? そんなんあるわけないやん! だって水着やで? ブラとちゃうんやで?」


「わ、わかってるよ、そんな事! はぁ。もういいよ。ちょっと待ってて。水着取ってくるから」


「はぁーい!」


 僕はそう言い残し、自室に水着を取りに戻った。


 

「難波さんとプール……」


 僕は内心ドキドキで、嬉しさのあまり叫び出しそうなのを必死で堪え、彼女の元へと戻った。



「お、お待たせ」


「うん! ほな行こっか!」


 そして僕達は近くの区民プールへと向かった。



 ◇



 プールへと到着し、僕達はそれぞれ水着に着替えると更衣室の出口で合流した。

 


「ほぇーー。区民プールて初めて来たけど東京のんはでっかいんやなー!」


「そう? 大阪のはそうでもないの?」


「大阪はここまででっかくないでー! 知らんけど」


「出た。関西人お得意の『知らんけど』!」


「出たとか言わんといてーな。お化けみたいやん!」


 そう言うと、彼女はわざとらしく怒ってみせた。


 そんな事より……。

 難波さんの水着姿……やばすぎる……!


 純白と言える程に透き通った肌、高校生離れした大きな胸、そしてスラリと伸びた細い脚。

 目の前を通り過ぎる男の人達が全員、二度見、三度見して行く。


「なんや〜? あっきー、ウチの水着姿に見惚れてもうたんかー? どお? ウチの水着姿、可愛い?」


 彼女はそう言いながら、モデルのように色々なポーズをとっている。


「うん……見惚れてた。とっても可愛いと思うよ」


 何を言っているんだ僕は?

 見惚れてた……?

 可愛い……?

 確かに事実ではあるけど、それを直接伝えるなんて。

 やっぱり今日の僕はどうかしている……。

 

「あら? 今日はめっちゃ素直やん。そんなに可愛い?」


 彼女も僕の言葉に驚いたのか、ポーズをとるのをやめ真面目な顔でそう聞いてきた。


「うん、可愛い」


 僕の頭は既に思考が停止してしまっていたのか、もう一度真剣な表情でそう言った。

 

 すると彼女は何も言わず、髪をいじりながら「えへへ」と照れ笑いをし始めた。



 その後、僕達は少しの恥ずかしさと、気まずさを感じつつも、プールで目一杯楽しく遊んだ。


 あとは着替えて家に帰るだけ……なのだが。

 更衣室から出てきた彼女から予期せぬ一言が告げられる。



「あー、プールめっちゃ楽しかったなぁ! よし。ほな次行こか!」


「え? 次? どこに?」


「ん? 夏祭りに決まってるやん!」


「えぇ!?」


「ほら、行くで!」


 そして彼女はまたしても強引に僕の手を取り、祭り会場がある河川敷へと歩き出した。

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