第5話 六月の文化祭は楽しかった。
難波さんの突然の演説が行われた役割決めも終わり、本番までの数日間、クラスメイト達は放課後に教室で演劇の準備をしていた。
僕と難波さんも教室で小道具を作っていた。
「なんかこういう物作りって楽しいなぁ! そう思わへん? あっきー?」
そう僕に同意を求める彼女はとても楽しそうにしていた。
「う、うん。そうだね。僕もこうやって作業するの、割と好きなんだ」
「へぇー! そうなんや! あっきーの意外な一面知れたー! いえーい!」
彼女はそう言うと、ニコニコと笑い嬉しそうな顔をした。
「ははは……。よかったね。でもどうして難波さんも小道具作りを? ジュリエット役、やればよかったのに」
「ウチがジュリエットはないやろー! それにウチがジュリエットやるなら、あっきーにロミオやって欲しいし!」
「いやいや、僕がロミオの方が有り得ないって……!」
「そうかなー? ウチはあっきーのロミオもありやと思うねんけどなぁ」
彼女はそう言い、段ボールを切りながら首を傾げていた。
首を傾げたいのはこっちだよ。
何故あなたはそんなに僕に絡んで来るんだ?
「な、何でそう思うの?」
「何でって……。そりゃあ……あっきーがウチにとって特別やから?」
「は、はぁ!? ちょ、何、突然!? と、特別って何ですか!?」
僕は彼女の突然の『特別』という言葉に驚きを隠せなかった。
「アッハハハハハ! びっくりしすぎやろ! 何ですか!? って急に敬語やし。でもまぁ、そのままの意味やで。あっきーはウチにとっての特別やの!」
全然意味がわからない。
難波さんにとっての特別って何だ?
「いやいや。全然意味がわからないよ……。じゃあ何で僕が難波さんの特別なの?」
「えーー、そこまで言わせるんー? ウチ女の子やねんからそういう事はあっきーから言うて欲しいねんけどなー」
全然わからない。
難波さんが僕に何を言わせたいのか。
何故特別なのか。
あー。頭がおかしくなりそうだ……。
「もういいよ。小道具作りに集中しよう……」
「えー? 話終わりー? もっと頑張ってよー男の子っ!」
そう言うと彼女は僕の頭をコツンと小突いた。
「いたっ。何するんだよ……。集中しないと怪我するよ」
「はーい。わかったよー」
そして僕は彼女の興味を上手く(?)作業へ誘導し、話を終わらせた。
わからない事だらけだったけれど、集中してやったお陰で小道具作りは着々と進んだ。
◇
そして迎えた文化祭当日。
演劇に出ない僕はみんなが体育館やグラウンドに出ていった後も、教室でぼーっとしていた。
「はぁ……。退屈だな……。まぁ文化祭なんて陽キャのお楽しみ会みたいなものだし、僕はここで時間が過ぎるのを待ってればいいか。あー、早く終わんないかな……」
そんな事を呟きながら、僕は窓の外に広がる模擬店や展示を眺めていた。
すると――
「あーー! やっと見つけたー! こんな所におったんかー!」
――――僕しかいない教室へ難波さんがやって来た。
「あぁ、難波さん。演劇見に行かなくていいの?」
「え? 演劇? 小道具作り頑張ったんやし、もういいやろ?」
僕がそう聞くと、彼女は素っ
「え? いや、そうだけど……。他にもほら、模擬店とか展示とか色々やってるよ?」
僕はそう言い、窓の外を見て指さした。
すると彼女は僕の隣に来て、同じ様に外を見た。
「ほんまやなぁー。今年も凄い盛り上がりやな。……お! あれ美味しそうやん! ほら、あのクレープ!」
彼女はそう言いながら窓から見えるクレープの模擬店を指さした。
「ん? あ、本当だね。確かに美味しそう」
「ほな一緒に行こか!」
「へ?」
「へ? やなしに。一緒に行こって!」
そう言うと彼女は僕の腕を掴み引っ張った。
僕がその力で立ち上がると、彼女はそのまま腕を引き教室の外へと連れ出した。
「ちょ、ちょっと待って……! 僕行くなんて一言も――」
「えぇやんか別に! どうせほっといても教室で窓の外見てただけやろ?」
「ま、まぁそうだけど……」
僕がそう言うと、彼女は強引に僕の腕を引きながら廊下を歩き、校舎の外へと向かった。
「それに今日は文化祭やし、コスプレしとる子とかもおるからな。あっきーに他の子のおっぱいなんか見てほしないし……」
その後、彼女は珍しく僕にも聞こえない程の小さな声で何かをボソッと呟いた。
「え? 何か言った?」
「別に! なんもないよ! ほら、行くで!」
「え、ちょっ、待ってよ!」
すると彼女は僕の腕を掴んだまま、そう言い走り出した。
◇
そしてグラウンドへやって来た僕達は、色々な模擬店や展示を見て回った。
「ほら見て! あの展示! めっちゃリアルやない?」
「確かに。よく作られてるね」
「うわ! 見た? さっきの肉。マンガ肉やん!」
「本当だね。マンガ肉とかよく知ってるね」
「なぁあっきー? もうちょっとテンション上げていこうやー! なんかウチだけこんなんやったらアホみたいやんかー!」
そう言うと、彼女は頬を膨らませて怒った様な表情を見せた。
それはいつもの笑顔とは違い、あまり見ない彼女の顔だった。
「いや、これでも結構テンション上がってる方なんだけど」
「え、そうなん? あっきーはウチとこうやって歩いてて楽しい?」
「楽しいよ。今までの高校生活の中で今が一番楽しいかも」
「うそ!? ほんま!? いや、待って? それはめっちゃ嬉しいわ……!」
僕がそう言うと彼女はその場で飛び跳ねて喜んでいた。
こんな姿も初めて見たな……。
「そんなに嬉しいの?」
「そりゃあ嬉しいよー! あっきーがウチとおって楽しいて言うてくれるなんて嬉しいに決まってるやんか!」
「そうなんだ。僕も難波さんが喜んでくれているなら嬉しいよ」
そう言うと僕達は自然と足を止め、互いの顔を見つめ合っていた。
「な、なんかこんな事言い合ってたら、ウチら付き合ってるみたいやな」
「ほ、本当だね……。って、あ! 難波さん、手!」
「ん? 手?」
彼女の言葉に僕は少し恥ずかしくなって、目線を下に逸らした。
するとさっきまで僕の腕を掴んで引いていたはずの彼女の手が、自然と僕の手と繋がっている事に気が付いた。
僕がその事を伝えると、彼女もその手を見た。
「あ! やばっ!」
そう言い彼女は僕の手からさっと手を離した。
「ご、ごめんな、気ぃ付かんくて……。嫌やったやろ……?」
「だ、大丈夫! 全然嫌じゃなかったよ!」
彼女があまりにも申し訳なさそうに謝ったので、僕は思わずそう言ってしまった。
嫌じゃなかったのは本当だ。
「ほ、ほんま……?」
「う、うん!」
彼女はそう言いながら、少し目を潤ませていた。
今日は普段見られない彼女の顔をよく見られる日だ。
なんて呑気な事を考えていると、彼女から思いもよらない言葉を掛けられる。
「もし、あっきーが嫌じゃなかったらでえぇねんけどさ」
「うん?」
「今日だけ……手繋いどいたらあかん?」
「…………っ!!」
頬を赤らめ、上目遣いでお願いする彼女は、いつもの騒がしくてガサツな彼女とは違い、とても可愛かった。
「やっぱりあかん……かな?」
「い、いいよ……! 僕なんかで良ければ……!」
「ほんま……? やったー! めっちゃ嬉しい! ありがとう!」
そう言い彼女はこれまでにない笑顔で僕の手を握った。
僕は恥ずかしすぎて死にそうだったけど、勇気を振り絞ってその手を握り返した。
それから僕達は学校中を色々と見て回った……と思う。
正直この先の事はほとんど覚えていない。
緊張のあまり、僕の脳がショートしたのだと思う。
ただ、唯一覚えているのは、僕の手を握りながらとても楽しそうに笑う彼女の姿だった――――
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