第2話 四月の夜。彼女は足をばたつかせた。




 四月某日。高校生活最後のクラス替えも無事に終わり、難波なんば鳴海なるみは友達と寄り道をしつつ、夜には家に帰って来た。

 


「ただいまぁー」


「おかえりー! 遅かったやーん!」


 彼女が玄関の扉を開けると、彼女の母親の大きな声が響き渡る。

 


「ほんで? クラス替え、どーやったん?」

 

 そして彼女がリビングに入るや否や、母親は今日のクラス替えについて尋ねた。

 

「ん? 別に普通やでー。仲良い子と一緒になれたし、今年も楽しくなりそうやわ」


 彼女はグラスにお茶を注ぎながら母親の問いにそう返し、乾いた喉にそれを流し込んだ。


「ちゃうちゃう! お母さんが聞きたいのはそんな話やない。……愛しのあっきーとおんなじクラスになれたんかなーって思てな?」


「ブフッ! ちょ……! お母さんっ!?」


 母親の突然の発言に、彼女は驚き、口に入ったお茶を勢いよく吹き出した。


「もー何してんのよアンタはー……! 汚いなぁ……」


「お母さんがいきなり変な事言うからやろ!?」


 母親はそう言いながら、布巾で彼女が吹き出したお茶を拭きとった。


「別に変な事なんか言うてないよ? ただ、どうやったんかなー? って」


「…………。おんなじやったよ……」


「えー? なんてー?」


 母親は明らかに彼女の言葉が聞こえていたはずだが、照れながらボソッと呟く彼女に、にやけながら再度そう聞いた。


「おんなじクラスになれたよって言うてんのっ!!」


「あーそうー! よかったやーん! 一年生の時はおんなじクラスやったのに、去年は違うクラスやって自分の部屋でわんわん泣いてたもんなぁ?」


「は、はぁ!? 泣いてへんしっ……! もういい!? ウチ部屋行くから!」


「かまへんよー? 部屋行ってあの子とおんなじクラスになれた喜びを、一人で噛み締めるんやろー? ぷぷぷー」


「もう……お母さん、うるさいっ……!!」


 彼女はニヤニヤと笑う母親にそう言い残し、リビングの扉を勢いよく閉めて、自室へと向かった。


「何であんなギャルにしたんやろ? 『これやったら気付いて貰えるかも!』言うてたけど、逆効果やろ……。ほんまアホやわぁ。あの子。」


 彼女が部屋から出た後に、母親は一人、そう呟いていた。


 

 ◇



 部屋に入ると彼女はベッドに顔からダイブした。

 彼女はうつ伏せの状態で両手で枕を抱きながら、今日の事を思い出す。



「あぁ……あっきーとおんなじクラスになれてよかったぁ……! 去年は違うクラスやったから、今年は喜びが五倍……。いや、十倍? 増しやぁ……」


 そう呟くと、彼女は両手で抱いた枕に顔をうずめて、喜びを噛み締めた。


 暫くそうしていると、自分が今、先程母親に言われた通りになっていると気付いたのか、彼女はふと我に返る。


「はっ……! ウチ今、さっきお母さんが言うてた通りになってもうてるやん! ほんまいらん事ばっかり言うんやから……! 娘をおちょくって何が楽しいんや……! ……ふふ。ふふふっ。でもやっぱ嬉しい〜〜!」


 しかし、今の彼女にはそんな事はどうでも良くなる程に喜びが溢れ出していた。

 彼女は枕を縦に抱きなおし、ベッドの上をコロコロと転がり始める。

 それだけ彼と同じクラスになれた事が嬉しかったのだろう。

 


「今年はウチら三年生やし、六月の文化祭は演劇やな。もしかしウチとあっきーで恋人役とか出来たりして……? キャーー! 楽しみすぎるやろーー!!」


 彼女はまだ少し先の文化祭の事を想像し、妄想を爆発させる。

 ニヤニヤしたり、妄想したり、雄叫びを上げたり、笑ったり。

 母親が隣のリビングにいる事も忘れ、ただひたすらに感情を爆発させた。




 数分後――


 真に我に返った彼女は落ち着きを取り戻し、ベッドの上で独り言を呟き始めた。


「あっきー今日もウチの事、気ぃ付いてくれへんかったなー。やっぱりもう忘れてもうたんかな? まぁ八年も前の事やし、ウチも色々おっきなったし、そら気付かへんかー」


 そう言うと彼女は起き上がり、枕をベッドに置きポンポンと叩き始める。


「ていうか! ウチはあっきーの事、ずーっと覚えてるのに、あっきーだけ忘れとるとか酷くない!? ほんま……あっきーのアホ! はよウチの事、思い出せ!」


 そう言いながら暫く枕を叩き続けた彼女だったが、次第にその手は速度を落とし、最後には叩くのを辞めた。


「あーあ。あん時のあっきーはめちゃくちゃかっこよかったのになー。なーんで今、あんなに暗い子になってもうたんやろー?」


 そして彼女は昔の彼の事を思い出しながらそう呟いた。


「んー。考えてもわからん! とにかくウチはあっきーに思い出してもらう為にも、毎日話しかけよ! うん! それしかない!」


 彼女はそう言うと両手をぎゅっと握り、天井を見上げた。


「見てろよあっきー! 絶対ウチの事思い出させたるからなー! あ……でも、あっきーがウチの事思い出したらどうなるんやろ? え、もしかしてあっきーも実は……。みたいな? きゃーーー!!」


 そう言うと彼女は再度枕をぎゅーっと抱きしめると、座ったままの状態で足をばたつかせた。


「よーし。明日からもウチ、頑張るでー!」

 


 そう意気込む彼女の想いは、妄想は、果たして現実のものとなるのだろうか――――

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