第6話 族



 廊下を走り、ビルから脱出すると、目の前には長いアスファルトが見える。

普通にスーツを着た男女が何人も歩いている。

帝塚山先生は、二葉に諭され悠々と、そして急足で歩いている。


 暫く歩くと、オフィス街を抜け、寂しい道に出る。

都会の裏側である。

それでも中心街に向かうための道路は広く作られている。


 その歩道を歩いていると、


「危ない!」


 そう言って二葉は帝塚山先生を黒いハイヒールの靴で道路脇へと蹴飛ばす。


「ぐへ」


 吹き飛ばされた帝塚山先生が道路を見ると、無数の単車や車が猛スピードで走り去って行く。


「防音族、危ないところだったわ」


「なんだ、なんだ」


「速いスピードで静かに走るから、気がつかない時があるのよね」


 帝塚山先生が服に付いた小石などを手で払っていると、向こうから音も無く猛スピードでUターンして戻って来る車がある。

黒塗りのシボレー・カマロである。


 そして、二人の前で止まると運転席から出てきた男、これもまた黒の革ジャンにブルージーンズ。

その男がサングラスを外しながら帝塚山先生に近づいてくる。


「兄貴じゃないか」


「?」


「俺だよ、俺、おさむ兄さんだろ?」


「お、おお、おう。おさむだ」


「やっぱりかよ、いやー兄貴、まさかこんなところで会えるなんてよ、何年振りだろう?」


「おお、おう、何年振りだ」


 帝塚山先生は、自分が着ている革ジャンからタバコを取り出す。

髪は横分けだがポマードで固めてある。

まるでジェームス・ディーンのように変身している帝塚山先生は、オイルライターで火を着ける。

そして言う、


「実は、こんなところで長話をしている場合ではないんだ」


「急いでいるのか?」


「ああ、追われている」


「サツか? 兄貴、それなら早く言ってくれよ。追われるのはお互い様だ。二輪を貸すぜ」


「ありがたい」


 帝塚山先生の礼の言葉を聞いた途端に、カマロは族の中へ入って行き、2代の単車を引き連れて戻ってくる。


「兄貴、こいつらの二輪を使ってくれ。なーに、こいつらは俺の車に乗せるからさ」


 帝塚山先生は二輪どころか自転車でさえもぎこちない運転だが、


「ありがとよ、兄弟。礼を言うぜ」


 などと完全に族の頭に成り切っている。

役者である。


「さ、乗ってくれ。そこの綺麗な姉ぇさん、大型は大丈夫かい? こいつはカワサキの636NinjaZXー6R、モンスターマシンだぜ。それと兄貴の昔の愛車、通称750キラー、ヤマハRZー350だ。急いでるんだろ? さ、乗って行ってくれ」


「恩にきるぜ」


 そう言うと帝塚山先生と二葉が静かに走り去って行く。


「おさむ兄貴、頑張ってくれよ・・・、てか、兄貴、俺の名前を呼ばなかったな? 忘れたの?」

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