無課金おじさん、オリンピックへいく
ウイング神風
無課金おじさん、オリンピックへ行く
俺ユスフ・ディゲツ51歳は、家の中で相棒の猫であるドゥマンと戯れていた。
猫じゃらしを右に振ると、ドゥマンが反応し、捕まえようとする。左に振ると、ドゥマンは追いかけようとし、叩く。
猫は可愛い。この世界でか弱い生き物で、人と懐く生き物はこの猫以外存在しない。
引退した憲兵にはぴったりな人生の贈り方だ。ゆっくりする余生は猫と戯れるのは悪くない。
猫は世界一可愛い。
俺が猫じゃらしを振っていると、ポケットから振動がする。
スマホからだとすぐに分かった。
俺は猫じゃらしを置くと、スマホを手に取り表示を見る。
戦友からの通話だった。
憲兵の時代に一緒に肩を並べて、戦前に立った者だ。長年の付き合いで、俺は彼からの連絡を無視することができなかった。
だから、通話ボタンを押すと、スマホを耳元に
『やあ、ユスフ。元気かい?』
「元気だよ。退役してから退屈で仕方がないさ」
『それなら、君にいい案件があるよ』
「いい案件?」
俺は首を傾げながら、片手でドゥマンを抱きかかえる。ドゥマンはオレンジ色の猫だ。いつも寝たそうにしているけど、猫じゃらしのときだけぴんぴんとしている。
ドゥマンを抱きかかえると近くのソファに腰を下ろし、戦友の言葉を待つ。
『ああ。実はうちの阿保が腕を骨折して、オリンピックへの出場ができないんだよ。だから、その代わりを探している』
「戦友。お前は俺にオリンピックに出ろというのかい?」
『そうだ。オリンピックに出てくれ。頼むよ』
俺はドゥマンを撫でると考える。
戦友の依頼を断るのは癪だが、自分のような老人がオリンピックに行くのはどうかと思う。
年老いた老人にオリンピック参加なんて、バカけている。
「戦友よ。俺は老人だぞ? そんな老人が若僧のゲームに出れると思っているのか?」
『オリンピックは若い者だけのものじゃない。歳は関係ないだ』
「俺が活躍できるとでも?」
『出来るさ。お前の腕は確かだ。お前は12年前に国の代表だった。でも、あの時は惜しくて負けた。けれど、腕を磨いた今なら大丈夫だ』
俺は壁に貼ってある写真を眺める。
そこには自分が活躍した2012年の時のオリンピック写真が飾ってある。
その時は俺も若くて、エアピストルに夢中だった時期もあった。でも、今はそんな熱は失っている。
今の俺にはこのオリンピックは無理なのだ。
『なあ、頼むよ。国が困っているんだ』
「……他を渡ってくれ。俺は静かな余生を送りたいんだ」
『こうしよう。ユスフ。もしも、お前が賞をとったら、お前が欲しいものを与えてやろう』
「なんでも?」
『……ああ。なんでもだ』
戦友の言葉が耳に散らかせると、俺はスマホを見つめる。
こいつが嘘を言うようなやつではないのは確かだ。ということは国は最大のピンチに陥っているのだ。
これは彼への恩を返す日なのかも知れない。
そんな困っている親友を放っておくわけにもいかない。
「……わかった。でも、期待するなよ? おじさんだからな」
『それこそ、ユスフ・ディゲツだ。一時間後、空港で待っている』
それだけをいうと、俺はスマホの通話を切る。
明日はパリに向けて出発しなければいけない。俺は床にドゥマンを置くと、ソファから立ち、クロゼットの方へ向かう。
二、三日の洋服を準備すると、そのまま大きなバックの中に入れる。ドゥマンを近所の者に託すと、俺は戸締りをし、この家から去った。
◇ ◇ ◇
翌日。俺はパリの銃撃場のコートに立つと、周囲を眺める。
各国の代表が準備運動をしたり、装備を確認したりしている。
彼らの装備は一言で言うとじゃらじゃらしている。黒い眼鏡に、大きなヘッドホン。何らかの装備をしている。
でも、俺は手ぶらだ。
何も用意していない。
「なあ、戦友。あの眼鏡はなんだ?」
俺は心の中に抱いている疑問を戦友に訪ねる。
戦友はふむ、と腕を組んでから真面目に答えて来た。
「あれは、射程を補助する眼鏡だよ。光を遮って、目的を見やすくするための眼鏡だ」
「へえ。最近の技術はそんなもんもあるのか」
「で、お前は何か用意したのか?」
「いいや。手ぶらで十分だ」
俺はそういうと、コートから出る。
射撃競技へ出る。
相手はシリア代表だ。
50メートルピストル射撃が開催されようとする。
「おいおい。あのおじさん、なんだよ」
「ぎゃはは。無防備じゃねえか」
「あの生身で銃撃するのなめてんのか?」
「無課金おじさんじゃあねえか」
観客から揶揄の声がする。
でも、若僧よ。装備がすべてじゃないことを教えてやるよ。
俺は銃弾を銃に込めた。
シリアの選手は俺を眺めて、クスクスと笑う。
でも、俺は臆することはない。だって、俺は元憲兵だからだ。
『セット』
合図が聞こえると、俺は22口径の拳銃を真っすぐに構える。射撃体勢の立射片手射を構えた。
シュート。
バン、と引き金にを指で引く。
すると、的に穴があけた。
「ふむ。9点か。ちょっと鈍ったな」
俺は小さくつぶやくと、静寂が会場を支配する。一体、何が起きたのか、俺は会場を眺める。
すると、会場は一気に沸き上がった。
「おいおい。見たか、あのおっさん」
「す、すげえ。何も装備なく9点だぞ」
「無課金おじさんが?」
「はあ? あの装備でか? マジかよ」
「まぐれだよ」
俺は聴き耳持たず、次の銃弾を込めるとすぐに撃つ。
10点。
「おいおいおい。連続だぞ」
「これは偶然じゃねえ。このおっさん誰だよ!」
「と、トルコの元憲兵。ユスフ・ディゲツだ! CISMの25mピストルセンター射撃で世界記録保持者だ。しかも18年連続も!」
「嘘だろおい」
なるほど。どうやら、俺はやり過ぎてしまった。
この大会を出ろと言われたが、金メダルを取れ、と言われていない。さっさと終わらせて、帰るとしよう。
なので、俺はわざと一発を外す。
0点。
「あの野郎。わざと外しやがった!」
「舐めた野郎だ!」
「くそ。誰だよ、元憲兵をスカウトしたのは」
ガヤガヤと外部がうるさいが、俺は気にせず打ち続けた。
60発全段打ち尽くすと、俺はコートに戻る。
そこには戦友が呆然と立っていた。
「出てやったぞ」
「やるじゃねえか。ユスフ!」
「まあ、金メダルは逃したけど」
「いいだよ。銀メダルで十分だ。お前は国に貢献した!」
戦友は俺の肩をポンポンと叩くと、共にスコアボードが数字を表示する。
結果、俺は二位で終った。銀メダルだ。
「さ、受賞して来い」
「その前に約束。覚えているな?」
「あ、ああ。お前が欲しいものを与えてやる。何が欲しい?」
戦友はキラキラとした眼差しで俺を見つめる。
その顔は子供が興奮したような表情だ。
なので、俺は自分の願いを口にする。
「キャットタワーが欲しい。爪とぎ付きのやつを」
そう答えると、戦友は破顔をする。
「キャットタワーだと?」
「そうだ。余生はドゥマンと静かに暮らしたいだ」
俺はそれだけをいうと、授賞式に出たのだ。
無課金おじさん、オリンピックへいく ウイング神風 @WimgKamikaze
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