四十三話 新たな通学路

「よう」

「おはよう…………今日も部活はいいの?」

「しばらくは大きな大会もないからな」


 今日も通学路に春明がいたことに九凪は驚くが春明は肩を竦める。彼は部活に対しては真面目ではあるがそれよりも面白いものがあれば優先するのはやぶさかではない。流石に大きな大会があればそちらに注力するが、ちょうどしばらくはそんな大会もなかったのだ。


「というかよく通る道がわかったね」

「新居の大まかな場所は聞いてたし、そこからルートはそんなにないからな」


 マンションに移動してから連絡があって九凪は春明に大まかな場所を伝えていた。正確な場所まで伝えなかったのはいずれ真昼の組織の人たちも入居するという話だったから念のためだ。

 だからそこから学校までのルートはいくつも選択肢があるはずなのだが、それを読み切るのは春明の無駄な能力の高さゆえだろう。


「で、どうなんだ?」


 早速尋ねてくる。春明にはいろいろ相談に乗ってもらっているから、九凪にしてもそれに答える義理はある…………とはいえだ。


「まさか毎日聞きに来るつもりじゃないよね?」

「それは流石にない。ライブ感のある今日だけだ」


 明確に今日までと春明は断言する。


「でかい大会がないとはいえ毎日さぼっちゃ体も鈍る…………それに俺は真面目に部活には打ち込んでるから普段の素行を見逃されてる面もあるからな」


 春明は陸上には真面目に打ち込んでいるしその成績もいい。しかし春明は春明なので同じ部活動の仲間に対しても普段の態度は変えない…………だからまあ、それを受け付けない人間もいるしその苦情は顧問へと入れられる。


 それでも彼が変わらず部活をし続けられるのは自身が口にした通り部活動そのものには真摯に向き合っているからで、部活で春明におちょくられているのは大抵真面目でない部員だからだろう…………いずれにせよそれは彼がまじめに部活動している前提なのでさぼり過ぎればそれが崩れる。


「それにいくら俺だって恋人同士の蜜月を毎日聞こうというほど野暮じゃないぞ」

「まあ、それは助かるけど」


 春明には義理があるがそれは無限に果たすような義務ではない。毎日報告しろと言われたら彼の見識を疑うしその付き合いも考えるだろう。


「大体こういうのはくっつくまでが楽しいんであって、その後ののろけ話なんて毎日聞かされたら辟易するだけだろう」

「うん、まあそうだよね」


 世の中には幸せの御裾分けとか言って聞かれてもないのにのろけ話をする輩もいるが、はっきり言ってそんなものはただの自己満足で傲慢なだけだ。自分の幸せにかまけて相手が何を思うかを考えていないだけだろう。


「でも今日は聞くんだ」

「そりゃあ気になるからな」


 気になるとは言うが何で気になるかまでは言わない。それは九凪と月夜が普通のカップルではないと知っているが故の気遣いだし、そんな気遣いをするならそもそも聞かなければいいのを聞いてしまう当たりも春明らしい。


「で、どうなんだ」

「昨日は一緒に寝たよ」

「そうか」


 そうなるだろうなとわかっていたように春明は相槌を打つ。


「そこはあっさり流すんだ」

「お前のことだから言葉通り本当に一緒に寝ただけだろう?」


 隠語でもなんでもなく、ただ事実として寝ただけだろうと春明もわかっている。


「いやまあ、そうだけど」

「お前だって別に疑われたいわけじゃ無かろうに」

「…………それはそうだけどさ」


 疑われそうというか、茶化されそうなところで何も言われないともやっとするものがあるだけだ。


「お前も割といじられ気質なところがあるよな」

「それはたぶん誰かさんと友人やってるせいじゃないかな」


 九凪は溜息を吐く。


「とにかく昨日は一緒に寝て、今朝は朝ご飯を作ってくれたよ」

「ほう、美味かったのか?」

「正直驚くくらいには」


 全く九凪にはそんな印象がなかったから本当に驚きの味だった…………しかしそれを聞いた春明のほうはあまり意外そうな様子でもない。


「そっちは驚いてなさそうだね」

「まあな」


 春明は頷く。


「お前からしたらそうでもなかったんだろうが、俺からすればあの子に何ができても驚かん……………それこそいきなり俺たちの学校に飛び級で転校してきたって不思議とは思わんぞ、俺は」

「…………そういう想像はさせないで欲しいかな」


 実際にそんな会話を今朝がたにしてきたばかりだ。


「出来るのなら、した方がいいと俺は思うぞ?」

「なんでさ」

「ああいうタイプはできる限り外に出した方がいい…………内に籠ったままだとどんどんと拗らせるタイプだと俺は思うぞ」

「…………」

「確かに外に出したところでどうせお前以外に興味は抱かんだろうがな、外を直に見て知るってことが重要なんだよ」


 知識が外に開かれているかいないかはかなり重要だ。何かを考える時にそれが開かれていなければどんどんと自分の中で煮詰まっていくだけだ…………そういう場合は大抵が極端な結論へと辿り着く。


「あの子は能力だけは無駄に高そうだったからな、拗らせると厄介だぞ」

「能力は…………まあうん、高いだろうね」


 なにせ春明は知らないがその正体は神様なのだ。二人の話によれば大幅に弱体化した状態らしいが、あの料理だけ見てもその能力の片鱗は見える…………ただ、拗らせるというのはあまり想像できなかった。九凪にしてみれば月夜は純粋無垢で素直な子だ。何かあっても話せば理解してくれるように思う。


「ただ外に出すって言っても三滝と会わせるのは気まずいし…………」


 九凪の交友関係は狭くはないが、連れ出した月夜を会わせられる相手となれば途端に狭くなってしまう。その中で奏は貴重な月夜との同姓の相手ではあるが、春明から彼女の気持ちを聞かされた現状だと流石に会わせるのは気まずい。


「まあ、三滝はな…………正直すまんかった」


 それもこれも余計な情報を春明が教えてしまったせいである。それに関しては完全に彼の失策で謝るしかない。


「とりあえず両親から週一では顔出す用には言われてるから」

「印象は悪くないのか?」

「母さんは娘ができた見た言って喜んでたし、月夜も懐いてたみたい」

「それならそこからならしていく感じだな」


 九凪の両親という補正が強いのだろうが、そこをとっかかりとするのは悪くない。


「ならまあ、特に同棲初日は問題なさそうか」

「…………いや、問題はあるんだ」


 将来的な懸念はあるがそれも危急ではないし改善のとっかかりもある。それであれば良好なスタートかと春明は評価するが、九凪は不意に沈痛な表情を浮かべた。


「春明…………僕は駄目な人間かもしれない」

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