三十九話 新居

 夕飯後に九凪は実家を後にした。まとめた荷物は最低限でとりあえずは着替えとゲーム機など月夜と遊んだりできそうなものだけだ。


 別に二度と戻って来れないわけでもないので、必要なものができれば取りに来るなり送ってもらえばいい。


「美味しいご飯じゃったな!」

「九凪君のお母さまだけあって心のこもった良い料理でしたね」


 移動中の車内で月夜と真昼が珍しく仲良く意見を一致する。九凪としては見慣れた母親の料理だったのだけれど、二人の口にはとても合ったようで夕飯の際にもしきりに美味しいと褒めていた。もちろん九凪だって母親の料理は好きだが、二人がここまで絶賛するような味ではないように思うのに。


「そんなに美味しかったですか?」

「ええ」

「うむ!」


 しかし二人は迷いなく肯定する。なぜだろうという疑問は解消されなかったが、二人が喜んでいるならそれでいいかと九凪も納得する。


「そう言えば移動は車なんですね」

「あの時は緊急でしたから」


 真昼も月夜も神通力と呼ばれる神の力を行使できる。それは本来から大きく弱体化した今の状態であっても瞬間移動くらいなら容易い…………ただ、基本的に真昼は神通力を使うことを禁じている。なぜならそれを使えば使うほど周囲へと影響が及び、消えゆくはずの神秘を活性化させることに繋がるからだ。

 九凪と真昼が事故を起こしてしまった際には緊急措置としてやむなく使用したが、今はそうじゃないので現実的な移動手段として車を用意したのだ。


「月夜にもできる限り神通力は用いぬように言ってあります」

「わかっておるわ」


 何度も言われなくてもわかっていると月夜は不満顔だ…………実際に律義というか彼女は封印から解放されてから一切神通力を用いてはおらず、唯一使ったのはトラックから九凪を守ったあの瞬間だけだ。


「あれ、この道を右じゃなかったですか?」


 月夜のアパートには一度しか行っていないが実家からの位置関係は理解している。しかし真昼は九凪が曲がるかなと思っていた道をそのまま直進した。


「ああ、向かっているのはあのアパートじゃありませんよ」

「え、じゃあどこに」

「あそこは一人暮らし向けですからね。同居には向かないので新しくマンションを購入しました。住民も組織の人間で固める予定なのであまり気を遣わなくてすむでしょう」


 借りる、ではなく購入したと真昼は口にした。それもその後に続けた内容からすると一室ではなくマンション一棟を購入したかのように思える…………お金は運用していくらでもあるような口ぶりだったが、それが真実なのだと思い知らされる話だった。


「備え付けの家具も一通り用意してありますから生活に困ることはないはずです」

「あ、ありがとうございます」


 昨日今日の話でマンション購入からそんな準備まで済ませてあるのかと九凪は驚嘆するしかない。両親の説得の時間も考えると真昼一人で済ませられる準備ではないし、恐らくは他の人員を使ってのことだとは思う…………そういえば真昼の組織はどれくらいの規模なのか聞いていなかったなと九凪は気づく。


「もうすぐ着きますよ」

「あ、はい」


 しかし九凪はそれを口にはしなかった。聞いたところで何かするわけでもないし、そこまで気になるような話でもない。それよりもこれから自分が住むことになる場所のほうが気になった。


「あれです」


 真昼の言葉に九凪は車の前方へと視線を向ける。


 新築と思わしき中規模のマンションがそこに建っていた。


                ◇


「最上階だから眺めもいいですよ」

「そうなんですか」


 駐車場で車を止めてエレベーターで部屋へと向かう。駐車場には他の車はなかったし郵便受けも中身の入っている物は無かったように思う。つまりこのマンションにはまだの住民はいないんではないだろうか。


「最上階は二部屋だけですが、もう一方は私の部屋です」

「え」


 真昼の言葉に九凪は動揺する。九凪と月夜の同居には監督役として真昼も済むことになっていたはずだ。だからこそ両親もすんなりと許可を出した…………しかし今の話では階は同じでも部屋は別ということになってしまう。


「同じ建物の別の部屋というだけですよ…………完全な同居だと月夜が嫌がりますから」

「当たり前じゃ!」

「別に二人の邪魔をするつもりはないんですけどね」

「信用できぬ!」

「この通りです」


 憤る月夜を前に九凪へと真昼は肩を竦める。


「まあ、何かあれば駆け付けられる距離ですので」

「わしが九凪を害するはずもなかろう」

「あなたが害してないと思ってもそうじゃない場合はあるんですよ」

「具体的に言え!」

「例えば強引に彼を押し倒したりですね」

「そのようなはしたない真似をするか!」

「それならいいんですけどね」


 真昼の目はあまり信用しているものではない…………そんなやりとりされると九凪も不安になるからやめてほしい。


「とりあえず中に入りましょう」


 部屋の入り口それ自体は何の変哲もない扉だった。真昼が鍵を取り出して開けると九凪たちを中へと促す。玄関の先は廊下が先で二つに分かれていてリビングと台所へと繋がっている陽だった。その途中にトイレや洗面所にその他の部屋があるようだった。


「一応こちらが九凪君の部屋でその隣が月夜の部屋です」


 一応、と前置きながら九凪の部屋へと真昼は案内する。


「実家の部屋とそれほど変わらないはずです」

「あ、ほんとですね」


 九凪は部屋に入って見回す。部屋の広さは確かに実家の彼の部屋と同じくらい。最低限の備品はあると言っていたように机やソファにテレビ、そして…………ダブルベッド? その寝具だけが明らかに違和感を主張していた。


「あの、真昼さんこれは?」

「どうせ一緒に寝ることになるのなら広い方がいいでしょう?」

「いやあの、隣が月夜の部屋なんですよね?」

「一応その通りですね」


 一応、と真昼は再び口にする。


「えと、月夜?」

「せっかく一緒に暮らすのじゃから当然わしは九凪と離れぬぞ?」


 視線を向けるとそれが当然だと返される。部屋は用意されていてもそちらで一人になる気などまるでない表情だった


「あの、真昼さん?」

「諦めてください」


 何かあれば駆け付ける、そう言ったのと同じ口で彼女はきっぱり告げた。

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