三十六話 両親

 リビングのテーブルの向かい側には九凪の両親である高天海斗と高天晴香が座っていた。彼の右隣には月夜が座り、その反対側には真昼が座っている。普段夕食などで集まる際にはそれなりに賑やかなリビングなのだけど、今は会話もテレビの音もなく静かだった。


 対面する両親も晴香は穏やかな笑みを耐えているが、海斗のほうは神妙に九凪を見つめている。事情は真昼から聞かされているはずだが、一体どこまで聞いているのか九凪にはまだわからない。母親は全部と言っていたが具体的に何を聞いたかまでは教えてくれなかったからだ。


「そちらのお嬢さんとお付き合いすることになったそうだな」

「う、うん」


 真昼さんに確認するべきか、そう考えたところで先に海斗が口を開いた。それに少し動揺したせいで返事がどもってしまう…………これは良くないと九凪は思う。迷っているような姿を見せれば彼の覚悟を疑われるようなことになってしまう。


「それが世間からはあまり歓迎されない関係であることはわかっているのか?」

「わかってるよ」


 今度は戸惑うことなく頷けた。九凪は周囲に月夜との関係を喧伝するつもりはない。しかしどれだけ気を付けたって知られてしまうことはあるだろう…………そうなった時の覚悟はちゃんと決めたつもりだ。


「一時の感情で決められる話じゃないぞ?」

「将来も含めて考えて決めたつもりだよ」


 月夜の正体を知る前ではあるが、その点に関しては春明からアドバイスを受けている。世間からはあまり歓迎されない関係だからこそ、相手の人生を丸ごと背負うつもりで告白するべきなのだと。だからその後にすぐ保護者である真昼に挨拶するつもりだったのだ。


「何かあれば私たちやそこの真昼さんにも迷惑が掛かることは理解しているか?」

「問題にならないようにはするつもりだよ」

「おまえはもちろんそうだろう」


 そんなことはわかっていると海斗は息子を見る。いくら年齢差が問題になるとはいえ九凪は高校生で月夜も小学生くらいの見た目だ。普通に接している分には外で誰かに見られても仲がいいくらいにしか思われないだろう…………問題は普通に接していない場合だ。

 

 もちろん自分で口にした通り九凪はそんなことはしないはずだし、それを父親もわかっている。しかし相手の側はそうではないのだ。


「そちらのお嬢さんがどうしてもとせがんできてもお前は自分を抑えられるか?」

「できるつもりだよ」


 月夜は九凪のことが愛おしいと思ったから告白したが、正直に言えばそういった劣情を抱いてはいない。むしろ大事にしてあげたいという気持ちが強いのできちんと拒絶できる自信があった。


「女というものは理屈で説明しても感情で不満を溜める生き物だ。お前がいくら理屈で説明したところで不満は溜まってどこかで爆発するだろう」

「あらあらお父さんもずいぶんと言ってくれるじゃない」

「か、母さん。別に私は母さんのことを言ってるんじゃ」

「後でお話ししましょうね」

「…………わかった」


 いきなりの横やりに海斗は戸惑って晴香を見たが、ごほんと息を吐いて表情を取り繕うと九凪を見直す。


「それで、どうなんだ?」

「世の中に絶対はないのはわかってる…………だからこの先父さんたちに迷惑をかけることはあるかもしれない」


 九凪は折れるつもりはないし、月夜だって見た目通りの年齢じゃないのだし海斗が言ったようなことはない…………はずだ。けれどそれ以外に何かが起こらないとも限らない。例えば奏にはいつか必ず伝えなければならないし、その時には春明に話したような懸念が起こるかもしれない…………ただ、それでも。


「例え誰かに迷惑をかけることになっても、僕は月夜を幸せにしてあげたいんだ」

「九凪!」


 それを聞いた月夜がぱあっと笑みを浮かべる。けれど九凪はそちらを見ずにまっすぐ父親を見つめていた。


「そこまでの覚悟があるのならいいだろう。この責任を取るのも親の務めだからな」

「…………父さん」


 安堵と感傷の入り混じった表情で九凪が父親を見る。しかし海斗は隣で笑みを浮かべる月夜のほうへと視線を向けた。


「しかしそのお嬢さんのような相手がお前の趣味だったとはな」

「いや違うよ?」


 感動もどこへやら、思わず素で九凪は即答していた。


「確かに月夜のことは好きだけど別に小さいから好きになったわけじゃないからね?」


 九凪にとってそれはとても重要なことだ。


「お嬢さんが成長してもちゃんと愛し続けられるんだな?」

「いやもうぶん殴るよ?」


 父親相手でも許容範囲を超えた発言だ。


「冗談だ」


 しかし九凪が席を立とうとする寸前でしれっとした表情で海斗は言い放つ。それに九凪は眉を顰めるが隣で晴香が苦笑しているのが目に見えた。


「全部聞いたって言ったでしょ?」

「いや、それは確かに言ってたけど…………」


 海斗の話しぶりは明らかに聞いていないものだった。だから九凪も神様とかそう言う話は二人が知らない前提で会話していたのだ…………それが冗談? 我が父親ながら冗談のセンスがなさすぎると九凪は胸の内の感情の処理に困った。


「私もいきなりこんな事情を聞かされて驚いたんだ。これくらいの意趣返しは許せ」

「…………いやもう、わかるけど」


 九凪も気持ちはわかるけどやめてほしかった。


「真昼さんもそこまで明かして良かったんですか?」

「ご両親を説得するとなると事情を全て明かすのが一番簡単でしたし、前にも話したと思いますがうちの組織もそれほど厳重に情報を封鎖しているわけではないですから」


 二人が神様であるということを明かせば一番両親が懸念するであろう年齢差は解決するのだから話さない理由はない。神秘関係の情報に関してもそれが否定されている現在においては広めようとしても正気を疑われるだけだ。


 それゆえに真昼の組織も神秘の秘匿に関しては明確な証拠であれば処分するが、そうでなければ無理に口封じはしない方針だ。それゆえに理解ある相手であれば事情を明かすこともやぶさかではない。


「九凪、今話したことの半分は冗談だが半分は本気でもある。私たちは事情を知っているがそうでない人たちにとってはお前たちの関係が好ましくないのには変わりないんだ」

「…………わかってるよ」


 情報封鎖が厳重でないといっても誰かれ構わず広めていい訳でもない。教える相手は最低限に留めるべきで、だとすれば結局人目のあるところでは自重しなければいいけないことに変わりはない…………つまり父親から問われた覚悟は結局必要なのだ。


「それならいい。お前とお嬢さんの交際と同居を私は認める…………真昼さんが監督してくださるということだからあまり心配はせんが、偶にはこちらにも顔を出すんだぞ?」

「お母さんとしては週一くらいで月夜ちゃんを連れてきてくれると嬉しいわね。私娘も欲しかったからとっても構ってあげたいのよね」

「…………だ、そうだ」


 相手が神様と知りながらも変わらぬ妻のペースに海斗は小さく息を吐いた。


「そう、もう一つ聞いておくことがあったな」

「なに?」


 思い出したように告げる父親に九凪が尋ね返すと、海斗は真昼に一度視線を向ける。それで彼女が頷くのを確認してから九凪のほうへと視線を戻した。


「お前、将来はどうするつもりだ?」

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