三十五話 身内ばれ
「そういえばもう一つ相談しておきたいことがあったんだけど」
あれから春明と話しながら通学し、学校までもう少しというところだった。月夜のことは春明に色々と話したことで気持ちの整理は付いたが、そのもう一つに関してはどうしていいものかわからない類のものだった…………だから口にし難くあったのだけれど、学校が見えてきたことでもう時間がないと口にしたのだ。
「なんだ」
「…………三滝のことなんだけど」
「ああ」
それだけで内容が想像できて春明は苦い顔をする。
「その、僕はどう接したらいいんだろうか」
正直言ってこれから奏に会うのが九凪は気まずい。彼女の気持ちを知ってしまっただけでも接し方に困るのに、彼はその気持ちに答える選択肢を捨てて月夜との関係を決めた。それが一般的には好ましく見られない関係ということもあって余計に気まずいのだ…………彼女からはその可能性を咎めるような発言を何度もされていることもあるし。
「どう接するものなにも今まで通りに接するしかないだろう」
なにせ奏は何も知らない。春明が勝手にその気持ちを九凪に伝えたことも彼が月夜に告白して成就したことも知らないのだ。それで九凪の彼女に対する応対が変われば余計な勘繰りをされかねない。
「でも、なんか悪い気がしてさ…………」
その気持ちを知りながら黙っているのは奏を騙しているように九凪には思える。このままなにも知らないままだと彼女は実らない恋への努力を続けてしまうのだから。
「安心しろ、悪いのは百パーセント俺だ」
春明は断言する。客観的に見ても自分が原因だという自覚が彼にはあった。奏の気持ちを勝手に九凪に伝えてしまったのもそうだし、九凪と月夜の関係を利用して奏を煽ったのだってそうだ。結果として奏は道化を演じたというか空回りしたままでいいところなしで終わった。
もちろん春明は奏に対して悪意があったわけではない。九凪に対する気持ちを抱えているのに勇気を出せずにいる彼女の背中を叩いてやろうというつもりだった。彼としても九凪と奏の二人はいい友人であり、そんな二人が付き合うのが春明としても理想の形であったのだから。
ただ、世の中は結果が全てだ。
春明にどんな思惑があろうとその行動の全てが裏目となって奏の恋が当人の知らぬままに敗れてしまったというのが現実だ。その責任は彼が負わなくてはならない。
「折を見て俺から事情は話しておく。だからお前は今まで通り接してやってくれ」
「…………殴られるよ?」
「骨を折られるぐらいは覚悟しておく」
それくらいのことは奏も許されるはずなのだ。
「…………いややっぱり」
「お前はあの子とのことだけを考えてろ。お前が正直に全部ぶちまけても余計な騒ぎになっちまうだけだぞ」
「それは…………」
奏の気性は九凪も理解している。彼女は基本理性的だが感情が高ぶると少し考え無しになる傾向がある。最終的には彼女もわかってくれるとは思うけど、その過程で九凪が好ましくない情報を口走ってしまう可能性は確かにある。
「一応聞いとくが…………奏のことはどう思ってたんだ?」
「その…………頼りになる友人、かな」
少し躊躇ったが正直な気持ちを九凪は答えた。奏を異性として意識したことがないとは言わないが、彼女にはもっとふさわしい相手がいるだろうと勝手に諦めていた…………それはたぶん自分に自信がなかったからだろう。最初から自分がそんな風に見られると思っていなかったから彼女の好意に気づけなかったのかもしれない。
「お前が気に病むことはないぞ。あいつはことさらお前の前では自分の気持ちを隠してたからな」
だから九凪は気づけずに春明は気づけたのだ。
「差し当たってお前は学校が終わった後のことを考えろ…………今日から同居するにしてもその前に両親とは会うんだろう?」
「…………そうだった」
真昼がどう両親を丸め込むかは知らないが、月夜の住むアパートに移る前に事情を知った両親と顔を合わせる機会は間違いないなくあるのだ。月夜に告白したことに後悔することはないが、どんな顔して二人に会えばいいか考えると気が重い。
「ま、お互い頑張ろうや」
「そうだね」
肩を竦めて自分を見る春明に九凪は頷いた。
もう決断は済ませたのだ…………後はもう、振り返らずに前に歩くしかない。
◇
学校にいる間は春明のアドバイス通りいつも通り振舞った。奏と話すときは流石に内心では少し戸惑ったけどうまくやれたと九凪は思う…………しかし当分の間これが続くのだと思うと少し気が重くはあった。
それでもまあ、学校が終わった後のことのほうが彼としては気が重かったが。
「ただいま」
果たしてどうなっているのだろうかと不安に思いつつ九凪は自宅の扉を開けた。
「おかりなのじゃ!」
そこに満面の笑みを浮かべた月夜の姿があって九凪の思考はフリーズした。スマホを入手した彼女からは今日は公園にはいかない旨のメールが来ていたのだ。それは今日中に九凪が彼女のアパートに移るからそこで待っているのだと思っていた…………まさか彼の自宅にいるとは完全に予想外だ。
「あらお帰り」
そんな九凪の反応を他所に月夜の後ろから彼の母親がやってくる。彼女は呆然とする九凪を一瞥してから月夜に顔を向けて微笑む。
「月夜ちゃんが出迎えてくれたのね。ありがとう」
「うむ! わしは九凪の恋人じゃからな!」
「あらあら、九凪は幸せ者ね」
その会話だけですでに九凪が月夜に告白したことを母親が知っていることがわかった。とりあえず二人の関係は良好そうな雰囲気ではあるが、九凪としては今すぐに扉を開けて外へ出たい気持ちでいっぱいだった…………もちろんそんなことはできないが。
「え、えっと母さん?」
「なにしてるの、早く上がりなさい」
「あ、え、うん」
呆れるように自分を見る母親に言われるがまま靴を脱いで、九凪は玄関から上がる。
「ちゃんと月夜ちゃんに挨拶は返したの?」
「え…………それは」
していない。月夜に視線を向けると彼女はとても嬉しそうに笑みを深める。
「おかりなのじゃ!」
「ああうん、ただいま」
もう一度口にした月夜に先ほどは呆然として返せなかった挨拶を返す。
「それじゃあさっさと行きましょ。お父さんと真昼さんが待ってるわよ?」
そのやりとりを確認して母親がリビングへと行くように促す。真昼さんもいるのかと九凪は思ったがそれはおかしくはない。九凪が月夜と同居することを説明するために来ているのだから…………問題はどう伝わってるのかだった。
「か、母さん…………どこまで聞いてるの?」
「全部よ」
答えてさっさと母親はリビングへと歩いて行ってしまう…………その全部の範囲が九凪は知りたかった。
「行かぬのか?」
「…………行くよ」
不思議そうに自分を見る月夜に諦めたように九凪は頷く。
どうせ他に選択肢はないのだから。
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