三十四話 報告

 まるでまだ夢を見ているように九凪はふわふわとした気分だった。いつもと同じ通学路を歩いているはずなのにまるで現実味がない。昨日一日の出来事から今に至るまで自分は夢を見ているんじゃないかと錯覚しそうになる。


「よう」

「春明?」


 通学路の道半ば、普段見ることのない友人の姿を九凪は不思議に思う。部活のある春明は彼の登校時間に被ることはないし、そもそもの家の方向が違うので部活のない日でも通学中に遭うことなどないはずなのだ。


「どうしたのさ」

「そりゃお前を待っていたに決まってるだろうが」


 それ以外にここにいる理由がないだろうと春明は肩を竦める。


「成否に報告くらいしてくると思っていたがそれがなかったからな…………校内じゃ誰に聞かれるかわかったもんじゃないだろう?」

「あ、忘れてた…………ごめん」


 家に帰ってからも状況を飲み込んだり先のことを考えたりに必死で、春明に報告するなんてことは完全に頭から抜けていた…………まあ、覚えていたところでどう報告していいものか頭を悩ませることになっただろうが。


「別にそれは構わんのだが、で?」


 二人で歩き始め、軽く周囲を確認してから春明が尋ねる。彼と同じ理由で九凪の登校中に奏と会うことはほぼないはずだが、警戒するに越したことはない。


「まあうん、成功はしたよ」


 告白それ自体は間違いなく成功した。わざわざそれを友人に報告するのは気恥ずかしいことではあるが、相談に乗って貰ったのだから教えないのは不義理だ。


「成功はした、か。相手が相手だけに単純に浮かれられる話でもないが、その言い方だと早速問題が発生したのか?」

「も、問題というか…………それが解決したというか」

「どういうことだ?」


 流石に春明も意味が分からなかったのか怪訝な表情を浮かべる。しかし九凪としても素直に事情を明かすわけにはいかないからなんと話すべきか思案した。


「…………告白は成功したし、それを真昼さんに報告して認めても貰えたんだけど」

「だけど?」

「月夜と同棲することになりそうなんだ」

「んんっ!?」


 流石にこれは春明にも予想外の展開だったらしい。


「なにがどうしたらそうなるんだ?」

「その方が気兼ねないだろうって真昼さんが」

「それはその通りだが発想がぶっ飛んでるな」


 幼い妹との交際を認めるのはまあ、九凪の人間性を認めて条件付きで受け入れる可能性はあるだろうとは春明は考えていた。妹が九凪に大きく依存している現状であれば彼女の将来を考えるなら完全に二人を隔絶させるか、いっそ囲ってしまうかの二択だからだ。


「あ、えーと、流石に真昼さんも同居だよ?」

「それはそうだろ」


 いくらなんでも二人きりにさせるのは早すぎる。


「しかし同居つたってどこに住むんだ?」

「今二人が住んでいるアパートに住むようにって」

「無難な話だが…………お前の両親にはどう話すんだ?」


 九凪が春明の相談に乗った時に話し合った内容では、九凪の両親には当面月夜との交際は伝えない方針で行くことに決めていた。発覚して大きな問題にならないように月夜の保護者である真昼には真っ先に報告しておく必要はあるが、九凪の両親はそうではないからだ。


 むしろ下手に報告したほうが面倒ごとになりそうだし、そもそも普通高校生の時分で彼女ができたとわざわざ両親に報告するようなものでもないだろうと。


「…………僕が学校に行ってる間に真昼さんが話を付けておくって」

「どうにでもなりそうだな」

「そう思うよね」


 春明は真昼が神様であることは知らないが、彼女の持つカリスマ性というかその存在感を目の当たりにしている。それであれば普通の一般人に過ぎない九凪の両親など丸め込むのは簡単なことだろうと想像できた。


「いつからだ?」

「帰ったら多分荷物がまとまってるんじゃないかな…………」


 具体的な日時は告げられていなかったがそんな気が九凪はした。有言実行というか真昼は実行するならさっさと済ませる主義のような印象があった。


「それはまあご愁傷様…………でもないか。相手との事情を考えれば実際のところ悪い話でもないように思えるな」

「…………そうだよね」


 外では大っぴらに恋人同士のようには振舞えないからプライベートな空間を用意する。秘密にしなければいけない関係において一番に懸念すべくは欲求不満だ。隠さないといけないからできないことが多すぎればそれがストレスになってどこかで発露する…………それが人目のあるところで起きてしまえばその関係は公になってしまうかもしれない。だからあらかじめ自由に振舞える空間を用意するというのは理にかなっている。


 もちろんプライベートな場所で二人きりでクラスとなればそれだけで邪な勘繰りをするに人間だっているだろう。だからそこに真昼という保護者が同居するという体裁も加える。実際は月夜と真昼の関係性もあってほとんど留まらないという話だったが、それは春明に伝える必要のない話だ。


「まあ、元々の方針と大きく違ってるわけでもなし、なるようになった思えばいいんじゃねえか?」


 同居は予想外ではあるがそれ以外は概ね想定の結果だ。大きな問題とならないように健全なお付き合いをしていけばいい。


「保護者同居なら問題ないと思うがくれぐれも理性は保てよ?」

「…………わかってるよ」


 九凪がそのつもりなのは間違いない。間違いないのだが春明にも伝えられない事情もあるのが困りものだった。実は月夜があの見た目通りの年齢ではなく、だから真昼も別にそう言った方面で自嘲する必要はないと明言してしまっている。もちろんだからといって九凪にどうこするつもりは現状ないのだが…………だからこそ同棲という状況が恐ろしくも感じられる。


「そういえばその手のやつはどうした?」

「ああ、これ? 月夜から貰ったんだよ」


 九凪の右手にはブレスレットのように小さなお守りが括りつけられていた。


「この前買ってあげたキーホルダーのお礼だってくれたんだ。肌身離さず身に着けているようにって」

「まあお守りだしな」


 基本持ち歩くものだ。


「しかし右手か」

「うん、そこに付けろって」

「何か理由は言っていたか?」

「特には言ってなかったけど…………」


 ただ最初からそのつもりだったようでお守りの紐は手首に掛けられる程度の長さだった。


「右手首だと何をするにも目立つな」

「そうかもね」


 九凪の利き手は右手だ。それはつまり右手をよく使うということで、その度に手首に付けられたお守りは目立つことになるかもしれない。


「それがどうかした?」

「いや、これは自分のものになったのだと主張しているように思えてな」

「…………」


 九凪は否定も肯定もできず右手を上げて手首のお守りを見やる。


 その考えが正しいにせよ、外すという選択しは九凪に与えられてはいなかった。

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