三十二話 理解

 真昼の話は九凪にとって驚くことでもあり、同時に納得する内容でもあった。神やそれに連なる神秘が実在するというのは現在社会に生きる彼にとっては驚くべきとことであったが、それを受け入れればあのトラックを防いだことやここへの瞬間移動は納得できたからだ。

 さらに月夜が記憶を失うほどの長い間封印されていたというのなら、彼女が世間知らずなのも人恋しさを感じさせていたことも理解できる。


「とりあえずここまででどうですか?」

「その、まだ実感はないですけど…………理解はできていると思います」


 ただ理解はできてもまだ自分で口にした通り九凪の実感は薄い。二人が超常の力を使うところは目の前で見てはいるが、これまで普通の常識の中で生きて来た彼からすればそれが幻だったんじゃないかと思ってしまう部分がある。


 今ここに目の前にいる二人を見ても、自分とは違う神という存在ではなく同じ人間に見えるのだから。


「ふふふ、まあいきなりですから仕方ありません。ですがお見せした通り私たちは神通力という超常の力を振るえます…………まあ、私は本来の神格を封じていますし月夜は封印の間に力を大きく失っていますから、神と名乗るほど大きな力は振るえませんけどね」

「…………十分だと思いますけど」


 目の前で見せられた力だけでも納得させるのは充分だと九凪は思う。彼の実感が薄いのはあくまで心理的なもので頭では理解自体できているのだ。それに確かに神と言われれば天地を鳴動させるような規模の力を想像はするけれど、それはいわゆる西洋的な神々であり、日本の神というのは玉石混交で小なり大なりの神様がいるというイメージだった。


「どうかしたの?」


 九凪はふと月夜がどこか浮かない顔をしていることに気づく。


「九凪は、わしが怖いか?」

「え、怖くないけど」


 なんでそんなことを聞くのだろうと首を傾げ…………もしかして今の話に関することだろうかと考える。九凪は月夜たちが神様であり神通力を使えることを知らされたし、それを実際に見せられている。人間は異物を恐れるものだし超常の力というものは普通の人間にとっては脅威だ…………だから怖がられているのではと不安に思ったのだろうと気づく。


「怖くないよ」


 だからもう一度、安心させるように月夜の顔をまっすぐに見て繰り返す。


「そうか!」


 ぱあっと月夜の表情が晴れる。そしてそら見たことかと言うように真昼へ視線を向けた。


「そら見ろ全て杞憂ではないか! 九凪が子のようなことでわしを嫌いになるはずがなかったのじゃ! 最初からすべて話していれば面倒なこともなかったのじゃぞ!」

「あー、はいはい、その通りですね。私が悪かったですよ」


 ふんすふんす、と鼻息立ててまくし立てる月夜に真昼が面倒そうに応じる。そんな二人のやり取りに概ねの事情を九凪は理解した…………恐らく二人の正体と力を知った彼が恐怖を抱くかもしれないと懸念してそれを隠すよう真昼が忠告していたのだろう。だから九凪に対して月夜は普通の少女のように振舞っていたのだろうけど、彼女にとってはそれがとても窮屈だったに違いない。


 ただ、それは今だからだと九凪も思う。それがもっと早く、それこそ月夜と出会った日にでも聞かされていたら彼女に怯えるとは言わなくても不安を感じたりはしただろうと思う。そしてその不安を取り除くにはそれなりの時間を要しただろう…………だから真昼の懸念は間違ってはいないはずだ。


 しかしそんな彼の表情に気づいたのか真昼は口にする必要はないとでも言うように僅かに顔を振る。確かにここで彼女を擁護するようなことを口にすれば月夜がまた余計な反応を見せる可能性もあるだろう。


「そう言えば二人の関係って…………姉妹ではないんですよね?」

「違う!」

「違いますね」


 先ほどの説明だとそこには触れていなかったので九凪が確認すると、二人は即座に否定の言葉を口にした…………月夜はこんな奴と姉妹であってたまるかという勢いで、真昼のほうは残念ながらというような雰囲気の違いがありはしたが。


「私は彼女の古い友人ですよ」

「わしは覚えておらぬがな!」


 食いつくように月夜は主張する。前からどうにも二人の仲は良くないと思ってはいたが、月夜のほうが真昼に対して隔意のあるような雰囲気だ。姉妹という取り繕いがなくなったせいかそれがより顕著になった気がする。


「月夜は真昼さんが嫌いなの?」


 それが気になって尋ねる。九凪からすると真昼は頼れる印象の人だし、月夜のことを気遣っているように思える。彼女が昔のことを全て忘れているにしても、むしろそれであれば真昼に対して悪い印象だってなかったはずなのに。


「嫌い…………うむ、嫌いじゃ!」


 はっきり言いきる。


「それはどうして?」

「こいつはな、ひどいやつなのじゃ!」


 横目で憤りの視線を真昼へと向けながら月夜は話し始める。封印の中で意識を取り戻し何もかも忘れた状態で月夜の声が聞こえてきたこと。そして何度も何度も何度も同じ話をされ続けた上に時折自分の手に入れることのできないものの自慢話をされたこと。


「わしは動けず返事することもできない状態で、聞き飽きた話と自慢話をされ続けて文句を言うことすらできなかったのじゃぞ!」


 月夜の言い分はもっともではあった。最初の頃は退屈の慰みにもなっただろうが同じ話を何度も出されれば誰だって飽きるし苦痛になってくる。しかも彼女の立場では耳を塞ぐことすらできず文句も言えない…………自慢話に関してはきっと真昼にその意図はなかっただろうとは九凪は思う。


 必要な知識は伝えなければならないにしても、それだけでは飽きることは彼女にもわかっていたのだろう。だから彼女なりに身近な話題を口にしていたのではないかと思う…………しかし話からすると食べ物の話題が多かったようだ。

 意外と食べることが好きだったのだろうかと九凪は思わず真昼を見てしまう。すると恥ずかしそうに目を逸らされた。


「ごほん、そんな過去のことよりこれからのことを話しませんか?」

「そうですね」

「む」


 誤魔化すように話題を変えようとする真昼に月夜はむっとした表情を浮かべたが、九凪が同意してしまったので何も言わずに押し殺した。九凪としても月夜が真昼を嫌う理由がもっと別のものであれば掘り下げてもよかったのだけれど、怒る理由はわかるけど子供っぽいというかどこかほっとできる内容だったのでその必要もないと思ったのだ。


「それでこれからの話っていうと…………僕がどうするかというか、真昼さんは僕をどうするつもりなんですか?」


 この世界に残った神秘に対処する組織の長であると真昼は自分のことを説明している。今の世の中の常識になっているように最終的にはこの世の神秘を全てなかったことにするのが彼女の目的であるらしい…………で、あれば真実を人に知られるのはよくないはずだ。それを知ってしまった九凪にも彼女の立場であれば何かする必要があるだろう。


「最初に明言しておきますが私はあなたに危害を加えたり記憶を消したりというような真似をするつもりはありません」


 その視線が九凪ではなく月夜に向けられていたのは彼女に対する牽制だろう。もしも今しがた口にしたことを実行するつもりであれば月夜は即座に真昼の敵になったであろうから。


「いいんですか?」

「別に我々はそこまで厳格な組織でもありませんよ。世に証明するような明確な証拠であれば対処はしますが、何かの折に知ってしまった程度の人には口止めをお願いするくらいです…………今の世で証拠もなく神秘について主張したところで虚言としか思われませんからね」

「…………確かにそうですね」


 証拠もなしに口だけでは作り話と思われるだけだ。


「あなたならそのような愚かな真似はしないでしょう」

「しないですね」


 そもそも二人に迷惑をかけるつもりが九凪にはない。


「ですから今後の話です…………つまり今知ったことを踏まえてこの子とどうしていくか」

「どうって…………」


 別にそんな変わるような気が九凪にはしない。確かに明らかになった事実に驚きはあるが、月夜を拒絶するつもりもなく告白した時の気持ちはそのまま抱いている。


「忘れましたか?」


 そんな彼を見ておかしそうに真昼は笑う。


「この子は見た目通りの幼子ではないのですよ?」

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