二十九話 告白

 授業を受けている間も九凪は気がそぞろだった。級友たちにはいつも通り振舞っていたつもりだけど、多分春明は取り繕っていることに気づいていただろう。奏に関しては春明が僕に好意を伝えたことをまだ知らせていないのかいつも通りのように見えた…………彼女には申し訳ない気持ちはあるけれど、今の九凪には配慮している余裕はない。


 はやる気持ちを抑えつつも周りには普段通りに教室を後にする。走り出したい気持ちはあったが辿り着いた時に月夜に余裕のない姿を見せたくなかった…………それに早く月夜のもとに辿り着きたいという気持ちと辿り着きたくないという気持ちがせめぎ合っていた。


 今日、九凪は一つの選択をする。


 その影響は自分だけではすまず周りにも迷惑をかけることになるだろう。それでも自分はその選択をするのだと決めていても、まだ踏み出すには少し覚悟の時間が欲しかった。


「大丈夫、大丈夫」


 自分の中の不安を打ち消すように九凪は呟く。その為に恥を忍んで全てを打ち明けて春明に相談もしたのだ。真面目な時には頼りになる友人なだけあって九凪の抱いていた不安をしっかりと解消してくれた。


「とりあえず前にも言ったが健全な付き合いをすれば概ね問題はない。どうせ普通に接していれば仲のいい兄妹くらいにしか見えんのだ。公衆の面前で必要以上にいちゃいちゃしたりしなけりゃ誰も疑わんだろう」

「…………そんなことはしないよ」

「お前はしないだろうがあの子の側はわからんぞ? まあ、その辺に関しては二人で話し合って抑えるしかないだろうがな。ほかに懸念になるのはあの子の側の交友関係からうっかり漏れるパターンだが、その点に関しては交友関係の少なさが逆に利点になってるな」

「そこは…………なんとかしてあげたいんだけど」

「それはおいおいやってきゃいい…………そして何よりも大事なのは家族の理解だな」

「…………真昼さん」

「逆に言えばそこを抑えときゃ大抵のことは何とでもなる」

「正直気は重いけど」

「そこは自業自得だ…………それに最優先でするべきことを忘れてないよな?」

「…………わかってる」


 あの後春明と話したことを概ねまとめるならこんな内容だった。おかげで先に対する不安はかなり解消されたが、今目の前にある問題に関してはどうしようもない…………月夜への告白だ。全てはそれをしてからの話だしその結果は概ね想像できても確信のあるものではない。


「いきなり何を言っているのじゃ?」


 そんなことを言われたらと思わず想像してしまう。月夜は純粋無垢だが賢い子でもある。九凪に好意を抱いてくれてはいてもそれは彼が思うような異性に対するものではなく、本気で告白をすれば気持ち悪いと思われてしまうのではないだろうか?

 歩く度にそんな不安が湧いてきて振り払っても次から次へと失敗した未来が思い浮かぶ。

 ただ、それでも九凪の足は止まらない…………もう決めたし、わかっているのだ。


 その不安は、月夜に会うまで絶対に消えることはないのだと。


               ◇


「九凪!」


 公園のベンチで彼を出迎える月夜の姿はいつもと変わらないように見えた…………いや実際に変わらないのだろうと九凪は思う。彼女からすれば今日いきなり彼から告白されるなんてことは想像もしていないはずなのだ。


 もちろん実際のところ真昼との話もあって月夜はものすごい期待している。しかし暴走しないようにと釘を刺されたこともあって全力でいつも通り振舞って見せているだけだった。九凪から伝わってくる覚悟を決めた感情に、本当であれば全部わかっていると明かして飛びついてしまいたいところなのだ。


「昨日はごめんね」

「ううん、いいのじゃ。連絡がすぐにとれぬようにしていたわしも悪かった…………それでこれじゃ!」


 懐から月夜はスマホを取り出す。同じ過ちを犯さぬようにと昨日の内に真昼に頼んで用意してもらったものだった。彼女に対して借りを増やすことになってしまったが、それでも昨日のような思いをするよりはマシだった。


「あ、買ったんだ。使ってみた?」

「まだじゃ! 真昼には使い方を九凪に教わるように言われたのでな!」


 いきなり目的と違う話題になってしまって出鼻を砕かれた形ではあるが、どこかほっとした気分で九凪はその話題に乗ってしまった。ここに来るまでは決意を鈍らせないように会ってすぐに告白しようと決めていたのだが、早速鈍ってしまった形だった。


 しかしそれは月夜の側も同じだった。九凪と会ったことでいつ告白されるのかというドキドキが最高潮となり、その気持ちを紛らわすためについスマホのことを話題にしてしまったのだ。

 そして自分から口にした以上はなかったことにもできず、今度は早く告白して欲しいという焦れた気持ちを抱えつつ彼と話すことになっている。


「もしかしてまだ起動もしてないのかな?」

「よくわからぬがしておらぬぞ!」


 スマホそれ自体には何の興味もないというのがわかる発言だった。苦笑しつつも月夜からスマホを受け取って電源ボタンを長押しする。しばらくしてメーカーのロゴが出てホーム画面が起動する。流石に買ってそのままの状態というわけでもなく、必要最低限の初期設定は済ませた状態で真昼も渡したようだ。


「どう使うのじゃ?」

「ええと、こうやって触ってね」


 画面を指でスライドさせたりアプリを起動させてみたりと説明する。


「どれで九凪と話せるのじゃ?」

「それはこれだね…………登録もしておこうか」


 電話アプリにメールアプリ、それとSNSアプリの説明をしてついでにそこに九凪の連絡先を登録しておく。それを興味深そうに月夜は見つめていた。


「いっぱいあるのじゃのう」

「とりあえず使ってみて慣れるのがいいよ。僕でよければいつでも話し相手になるし…………まあ、授業中とかは無理だけど」


 メールならともかく電話とかになると流石に厳しい。九凪の通う高校は携帯の所持は自由だが流石に授業中に浸かっているところを見られれば一時的に没収されるし、以後の持ち込みにも制限が掛かる。いつでもと言いながらそうでもないなと彼は気づいた。


「ねえ月夜」

「なんじゃ?」

「この前買ってあげたキーホルダーまだ持ってる?」

「もちろんじゃ! あれならわしの家に大事に飾ってあるぞ!」


 飾っているのか。キーホルダーなら持ち歩くものに付けようと考えるものだけど、それだけ彼女にとって大切ということなのだろう。


「本当に気に入ってるんだね」

「うむ!」


 嬉しそうに頷く月夜を見ながら観覧車でのことを思い出す。小さな狼のぬいぐるみのついたキーホルダーを見つめる彼女の表情はとても嬉しそうだった…………嬉しそうにしか見えなかったのに、なぜだか寂しさも九凪には感じられたのだ。

 だからなのかもしれないと彼は思う。彼女を一人にしたくないとあの時思ったのだ。だからこそその後に月夜の気持ちを聞いて愛おしさを抑えられなくなった。


「月夜」

「なんじゃ?」

「僕は月夜のことが好きだよ…………幸せにしたい」


 それを思い出して、気が付けば自然と九凪はそう口にしていた。


「く、九凪…………それはどういう意味で、じゃ?」


 期待と不安の入り混じった表情で月夜が九凪を見上げる。


「それは…………」


 春明の言葉を思い出す。それくらいの覚悟でやれと。


「いつか月夜と結婚したいって意味かな」


 彼女の人生を今から背負う覚悟を九凪はこの場で決めた。


「わ」


 わかっていてもそれを聞くまでは不安に思うことはある。九凪の場合は真昼から忠告されたからではあるが…………だからこそ、それを聞いた時の喜びはより大きい。


「わしも九凪が大好きじゃぞ!」


 これ以上ないくらいの満面の笑みを、彼女は咲かせた。

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