二十八話 釘をさす
「九凪が来ないのじゃが!」
この世の終わりに直面したとでも言うような表情で月夜が叫ぶ。彼女がいつも彼と会っている公園に真昼がやって来た直後の開口一番だ。彼女に気づいた瞬間にベンチの上に立ち上がっての行動に、声をかけようとしていた姿勢で真昼は一瞬だけ固まってしまった。
「とりあえず、ベンチに立つのは止めなさい」
「そんなことはどうでもよい!」
気を取り直してとりあえず苦言を口にする真昼に月夜はベンチに立ったまま憤る。彼女にとっての一大事を前にそんな些細な問題を気にしてはいられないのだ。
「九凪はわしを好きなはずなのになぜ会いに来ぬのじゃ! もしや九凪のみに何かあったのではあるまいな!」
「だから落ち着きなさい」
「これが落ち着けるか!」
「彼なら今日は用事があって来れないと私に連絡がありましたよ」
落ち着く様子のない月夜に真昼がそれを伝えると彼女の動きがぴたりと止まる。
「な、なぜお主のほうに連絡が来るのじゃ?」
「それは未だにあなたがスマートフォンを持っていないからでしょうに」
九凪から持った方がいいと言われて頷いていたはずなのに、彼と別れたらそれを忘れてしまったのか真昼に頼んでいないので未だに彼女は持っていない。
別に用意してあげてもよかったのだがそれをしていないのは真昼の意趣返しというか、彼女から頼まれてという体裁を作っておきたいからだった。そういう貸しがあれば後々に月夜を動かしやすい。
「だから私がアパートのほうへ伝えに行ったんですが…………まさかいつもより早くここにきているとは思っていませんでしたので」
「…………我慢できなかったのじゃ」
早く会いたい気持ちが抑えられずいつもより早く月夜は家を出たのだ。それでも待つ時間そのものはむしろ長いほど彼に会うのがうきうきして気にならなかったが、普段九凪に会う時間を過ぎるとそれも焦燥へと変わってしまった。真昼がやって来たのはそんなタイミングだ。
「とにかく、本日あの子は来ません」
「なぜじゃ!」
「なぜって…………用事があるのだと言ったでしょう」
「わしより優先する用事があるというのか!」
「…………」
両手を上げて面倒くさいことを言いだした月夜を真昼は呆れるように見る。これまで九凪に対しては殊勝だったのに好かれているという確信が出たせいか生来のわがままさが出てきてしまったようだ。
「言っておきますが、あの子は確かにあなたを好きになったかもしれませんがそれを告白したわけではないのですよ?」
「好きなのじゃから口にしたかどうかなど関係なかろう?」
「それはあなたがあの子を巫覡と知っているからこそ言える話なのですよ」
口にせずとも相手が自分を好きなのだと確信できるからの話だ。
「だから普通の人間は相手に好きであることを言葉にして伝えるのです…………それは自身が巫覡であると知らないあの子も同様ですよ」
「…………つまりどういうことじゃ?」
「あなたに参考にと貸した本にも相手に気持ちを告白するシーンはあったでしょう?」
「うむ」
「あれはつまり互いの気持ちを確認しあうという一種の儀式です。それによってお互いの関係を友人から恋人へ発展させるわけです」
「おお! つまりわしは九凪から告白されればよいのじゃな!」
ならば簡単な話だと月夜は笑う。彼女は九凪が好きだし、九凪が自分を好きなのも知ってるのだからそれを口にしあうだけでいいのだから。
「逆に言えばその告白がなされるまでいくらでも後戻りは聞くという話ですよ」
「…………後戻りとは?」
「あなたを好きであるという考えを改めることもあるということです」
「なっ!?」
月夜が
「だ、だって九凪はわしのことが大好きなのじゃぞ!?」
「人の気持ちは移ろうもので不変ではありません。あなたがあの子に失望されるような言動や態度をとれば当然今は好きである感情も別のものになるでしょうね」
それはごくごく当たり前の話だ。今好きであっても次のその瞬間も好きなままであるとは限らない。両思いになるのは一つの到達点ではあるが、そこから互いに自分を好きでいてもらうための努力をし続ける必要があるのだ。
「つまり、あまり調子に乗ってはいけませんということです」
「…………九凪がわしを嫌いになるというのか?」
「あの子の好意に甘えた態度をとり続ければその可能性もあるという話です…………本当に面倒くさい子ですね、あなたは」
急に泣きそうな表情を浮かべる月夜に慌てて真昼はフォローを入れる。感情のコントロールができないところは昔からまるで変っていない。
「変に調子に乗らず今まで通りしていれば問題はないでしょう…………そもそも今日あの子が来なかったのだって恐らくあなたとのことを考えてですよ?」
「…………わしのことを考えるのなら会いに来るのが一番のはずじゃ」
「それではこれまでの関係と変わらないでしょうに」
変えるために色々と考えたり準備する必要があるのだ。
「世間的に見ればあなたとあの子の関係は難しいというのは以前にしましたよね?」
「…………うむ」
「つまりその難しい部分を乗り越えるための覚悟やら準備をしているのですよ」
「そう、なのか…………?」
「そうです」
面倒なのではっきりと真昼は肯定した。詳細まで監視しているわけではないが、このタイミングで親友に二人きりで相談を持ち掛けることなど他にはないだろう。
「それならわしはどうすればよいのじゃ?」
「大人しく待っていればいいでしょう」
「…………それだけでよいのか?」
「あの子が覚悟を決めるまでにいくらか時間が掛かると思いますが…………待てますか?」
「…………頑張るのじゃ」
こんこんと説明されて流石に理解したのか殊勝に月夜は頷く…………しかしそれで真昼は一息とはいかない。月夜が聞く気になった今の内にまだ釘をさしておくべきことがあるのだ。
「それと、あの子が覚悟を決めてあなたに告白してきたとしてもあまりはしゃぎすぎないように」
「はしゃぐな、とは?」
「今さっきのように調子に乗らないようにということですよ」
「そんなことわかっておるわ!」
わかっているなら殺気のようなことはなかっただろうにと真昼は思うが、ここでそれを口にしてもまた反感を買うだけだろう。
「わかっているならいいですが、うっかり力を使って見せたりしないでくださいよ」
「だからわかっておると…………九凪と恋仲になっても黙っておらねばならぬのか?」
「当たり前です」
はっきりと真昼は告げる。
「もちろんあの子はいい子ですから受け入れてくれる可能性もありますが…………万が一にも嫌われるのは嫌でしょう!」
「嫌じゃ!」
即答する月夜に真昼は安堵する。それくらい恐れてくれた方がしっかりと月夜は自身が神であることを隠すだろう。正直に言えば今自分で口にした通り今の九凪が月夜の正体を知っても拒絶する可能性は低い…………しかし万が一の起こった時のリスクを考えるとそれを回避するべく行動するのが今の彼女の立場だ。
「くれぐれも気を付けてくださいよ」
その懸念が杞憂になることを願いながら、もう一度真昼は釘を刺した。
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