二十七話 覚悟
「相談があるんだ」
同じ教室にメールで送られてきたそんな文面に、春明はそれくらい内密にしたい話なのだと察した。
相談を持ち掛けたことすら他に知られたくないという時点で、彼にはその内容が概ね想像できる。勝手に九凪へ気持ちを伝えたことを奏に未だ明かせていない春明からすると気が重くなりそうな内容に思えた。
とはいえ友人からの真剣な相談を無碍にするほど彼も薄情ではない。放課後の部活は休むことに決めて九凪へと両省の旨と場所のメールを返す。
「それで、具体的に何の相談だ?」
そのまま何事もなく放課後となり、相談場所として選んだカラオケの一室で春明は早速その内容を確認する。学生の身の上で他人に聞かれない場所としてカラオケは手軽だった。奏は何も知らず部活に行っているはずだし、万が一にもここに来訪することはないだろう。
「うん、まあ、タイミング的に予想は付いてるとは思うけど」
「どうせわかっていると思うなら躊躇う理由もないだろ。時間は有限なんだ、さっさと言え」
昨日今日の話なのだからデスティニーランドで話したことに関するものだと想像するのは容易い。しかし相談を持ち掛けたのは九凪なのだから自分が口にするのが礼儀だし、一応まだわずかな可能性で春明の中では別の芽がある期待も残っているのだ。
「デスティニーランドで…………観覧車に乗ったよね」
「ああ」
乗ったのは九凪とあの少女だ。それだけで春明は残っていた僅かな可能性が消滅したことを確信したがそれはもう仕方ない。一度定まった感情を無理に捻じ曲げるのは彼の信条ではないのだから。
「それでその時に春明のアドバイスに従って…………余計な先入観を無くして月夜に接してみたんだ」
「そうか」
月夜という少女の九凪に対する重さに向き合うには彼女が子供であるという先入観を捨てて真剣に向き合うしかない。概ねそのような内容を春明は九凪へとアドバイスして彼はそれを実行した。
春明としては九凪が月夜に対してどんな選択をするにせよ、それが雑念のない真剣なものでなければ月夜が納得しまいと思ってのことだ。
しかし正直に言えばそれは九凪が月夜を拒絶することになった時のための配慮だった。春明は確かに九凪に月夜を恋愛対象としてみるよう煽ったが、それは対抗馬として奏を焚きつけるためであったのだから…………もっとも結果は真逆になってしまったようだが。
「それで、その…………どうも僕は月夜のことが異性として好きらしい」
言い淀みながら、目も少し彼から逸らしながらではあったもののついに九凪はそれを口にした。ほぼほぼ予想できていたことではあったが改めて聞かされると春明は落胆を覚える。もっともそれは九凪に対してではなく自分自身の
「お前の気持ちは分かった」
良く知る九凪のことだから偏見の目を恐れているだろうことは春明にはわかる。努めて真剣に応じているように振舞って彼は九凪を見る。
「それで、その上で俺に何を相談したいんだ?」
誰かを好きになってしまったという相談それ自体は世に有り触れているものだ。しかし九凪の場合はすでに相手の気持ちはわかっているようなものだろう。彼から告白すれば相手は受け入れないはずもない。
「その…………どうすればいいかなって」
わからないのだと、迷子の子供のような表情で九凪は口にした。
「まず、だ」
そんな態度の彼を煮え切らないとは春明は思わない。真面目で慎重なのが九凪の美徳だ。感情で突っ走らず、人に相談しがたい内容にもかかわらず彼に相談を持ち掛けたのは真剣にそのことを考えているからだろう。
それならば春明だって真剣に応える必要がある…………というかそもそもの責任は彼にあるのだから。
「前提としてお前はどうしたいんだ?」
「えと、前提って…………?」
「つまり諦めるか諦めないかだ」
「諦め…………え?」
「その反応でもうわかってるようなもんだが…………」
ふう、と春明は息を吐く。
「お前とあの子は恋愛関係になるには世間的に見て問題となる年齢差がある。だから好きになってしまってけどその気持ちを何とかして諦めたいのか、そうでないのかという話だ」
「それは…………」
答えることに九凪は一度言い淀む。しかしそのまま沈黙はしなかった。
「…………好きなんだ、それを諦めたくない」
気づいてしまったなら、もうそれは止められない感情なのだから。
「よしわかった。じゃあ次の質問だ」
「うん」
「お前はロリコンか?」
「ぶっ!?」
いきなり何を言い出すんだと九凪は春明を見る。確かに相手を考えればそんな質問が出てもおかしくはないとはいえストレートにもほどがある…………しかし春明の表情は自分をからかっているようでもなく真剣そのものだった。
「ロ、ロリコンじゃないと思ってたけど…………ち、違うのかも」
「聞き方が悪かったな。聞き直す」
春明の顔を見て苦渋の表情で答える九凪だったが、彼のほうはあっさりと今しがたの質問を撤回してしまった。
「お前はあの子が成長しても今のまま好きでいられるか?」
けれど訂正された質問に九凪は納得というか安堵する。それであれば答えは簡単だ。
「好きでいられると思う。僕が好きになったのは月夜が小さいからじゃないから…………というか成長できるなら今すぐして欲しいとすら思ってる」
それは間違いなく九凪の本心だった。彼女が自分と同じくらいの年齢であればそもそも何の問題もなかったのだから。
「OK…………まあ普通のカップルだって数年経って別れるのは珍しい話でもないがな。お前の場合はそういう見方をされる可能性もあるんだから気を付けておけよ?」
「…………縁起でもないし今そんな話をしないでほしかった」
「くくく、こんな相談受けてるんだから少しくらい茶々入れさせろ」
真面目に相談自体は受けつつも自分のスタンスは崩さないのが春明という人間だ。それを知っている九凪としては苦笑して受け入れるしかない。
「ともあれこれでお前があの子と前向きに今後の人生を進んでいきたいという意思確認はできたわけだ」
「その通りだけどまるで僕がプロポーズしたいみたいな話になってない?」
「ぶっちゃけそれくらいの覚悟のいる話だと俺は思うぞ?」
「う」
聞き返されてその通りかもしれないと九凪も思う。
「長い目で見ないと駄目な話だし周囲の理解というか家族の理解がいる…………それでさっき俺言った冗談みたいなことになったとしたら、多分現実じゃ洒落にならんぞ?」
「…………わかってる」
どれだけ九凪が月夜に対して誠実に真剣でい続けられるかが大切なのだ。
「それがわかってるならいい。次の話に移るか」
九凪の覚悟を確認して、春明は話を進めた。
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