二十六話 自覚
観覧車を降りた後は四人でデスティニーランドを後にして帰路に着いた。夕飯を食べて帰ろうかという提案に、しかし九凪はそれほどお腹すいていないと帰宅を優先する…………正直に言えば平静を取り繕うのに限界が近かったからだ。実際空腹など感じる余裕もなかったのだから嘘はついていない。
「…………」
土産物お菓子を家族に渡して自室のベッドに九凪は倒れこむ。疲れたというか未だにほてり続けている顔を布団に押し付けて隠したかった。それでも目を瞑ると暗闇の中に月夜の姿が浮かんできてさらに顔が熱くなる…………慌てて仰向けになって天井を見上げた。
「…………やばい」
感情の抑制が効いてないのは明らかだった。次に月夜と会うときにどんな顔をして会えばいいのかわからない。今回は春明と奏がいたから取り繕うことはできたが次に会うときはまた月夜と二人きりのはずなのだ。
「落ち着け、落ち着こう」
自分に言い聞かせるように呟く。しかしそんなものは気休めだ。落ち着けと思って落ち着けるようならそもそもこんな様にはなっていない。しかし気休めでも口にしてとにかく思考を巡らせなければ落ち着いていられなかった。
「いやおかしい、きっとこれはおかしい…………おかしいよな?」
急にこんな風になってしまうものなのだろうかと九凪は疑問に思う…………だってこれが本当だとしたらそれは彼にとって初恋だ。今まで同じ経験をしたことがないからこれが普通なのかそうでないのかがわからない。
初恋…………初恋?
自分で思い浮かべた言葉に九凪は戸惑う。あえて思い浮かべないようにしていた単語をつい頭に浮かべてしまった…………それさえ自覚しなければまだこの感情を抑え込むことはできるはずだと思い込もうとしていたというのに。
「僕は月夜を…………恋愛対象として、好き、なのか?」
そんなはずはないと彼の中にある常識は訴えるが、その壁を一度取り外してしまったせいで奥底から湧き上がる感情を再び遮ることができない。
「落ち着け、落ち着こう」
もう一度気休めを口にして冷静になることを心がける。
「何事にも理由…………そう、理由があるはず」
冷静に自分の過去を思い返しても九凪は特に幼女趣味ということもなかったはずだ。それであれば自分は純粋に月夜という少女を好きになってしまったことになる…………それならばその理由はわかるはずだろう。
感情を昂らせずできるだけ冷静に月夜という少女のことを考える。年齢も忘れて純粋に自分から見るあの子という人間のことを判断しようと努めるのだ。
まず容姿は間違いなく美少女の部類である。それもただ可愛らしいだけではなくどこか気品があるというか、手を触れてはいけないような神聖さを思わせる雰囲気があるのだ。
では性格はどうだろうかと考えれば純粋無垢という印象だ。世間知らずだし特徴のある喋り方だし、見た目通りの子供っぽさなのに時おり年長者のような雰囲気も見せる。なんというかアンバランスで見ていて危なっかしく思える…………だからこそ自分が守ってやらなくてはと思えてくる。
あとは…………そう、月夜から好かれている。
理由はわからないけれど月夜が自分に好意を向けてくれていたのは彼だってわかっている。それは隠すこともない純粋な好意でこちらの勘違いだと思うこともできないものだった。
だからだろうかと九凪は考える。人間自分に好意を向けてくる相手を邪険にするのは難しいし、好意には好意を返してしまうものだ。もちろんそれは必ずしもそうなるわけではなくて日頃の態度や関係だって絡んでくる話ではある…………しかしその点二人に関しては問題になるようなことはその年齢差くらいしかなかった。
「…………好きになる理由しかないような気がしてきた」
考えてみるとその年齢差以外に九凪が月夜を拒絶する理由がない。だからこそその年齢差というフィルターなしに月夜の好意を受け止めたことで自分の中の彼女への好意があふれ出してしまったのではないかと思う。
「いやでも…………どうすればいいんだ?」
感情が整理出来たおかげかずいぶんと気持ちは落ち着いた。しかし冷静になれたからこそこれから自分はどうすべきなのだろうという疑問が頭に浮かぶ。以前に春明は健全なお付き合いをすれば問題はないと言ってはいたが、そんなにすんなりと行くものだろうか。
それよりもまず自分から月夜に告白するべきか…………その前に保護者である彼女の姉に許可をとるべきか。年齢差を考えると後者が妥当なのだろうけど、一体どんな顔をして彼女に会いに行けばいいのかわからない。
そもそも本当に月夜は自分のことが好きなのだろうか?
勿論好意を抱かれているのは間違いないが、それが男女の関係を含んだものだというのは自分の思い込みではないだろうかとも考えてしまう。
次から次へと浮かんでくる考えごとに、九凪は答えを出せないまま悶々とし続けた。
◇
「なにかものすごい九凪から好かれておった気がするのじゃが! じゃが!」
九凪が思い悩んでいる裏で、同じくアパートの自室へと帰り着いた月夜は彼とは対照的に飛びまわるような勢いではしゃいでいた。普段であれば自身の領域に立ち入った真昼に苦言を述べるところなのにむしろその存在を歓迎していた。九凪から自分へと流れ込んできたその感情のことを誰かに話したくて仕方なかったからだ。
「とりあえず近所迷惑ですから静かにしなさい」
「なぜ叩く」
「うるさいからです」
対称的に真昼のほうは無表情というかそこはかとなく不機嫌さを感じさせていた…………感情が高ぶっている月夜は全く気づいていないし、気づいたとしても気にしなかっただろうが。
「なんじゃなんじゃ、もしや嫉妬か?」
彼女にしては珍しく嫌らしい表情を浮かべて真昼を見る。それこそ舞い上がっているからなのだろうが優越感に浸っているようだった。これまで真昼にはやり込められることのほうが多かったからその意趣返しもあるのだろう。
「ええまあ、その通りですよ」
なので再び真昼は月夜の頭を叩いた。二重の意味でその指摘は当たっているのがより腹立たしいからだ。
「ふん、それならばこの無礼も許してやる。今日のわしは機嫌が良いからな!」
「…………本当に浮かれ切ってますね」
だがその気持ちもわからないでもなかった。あれだけの強く純粋な感情を向けられれば自分ですら冷静さを保てないだろうと真昼は思う…………だからこそ余計に腹立たしさを覚えてしまうのだが。
「やはりデートというものは男女の仲を一気に深めるものじゃったな! 思いついたのはわしじゃが色々と手配してくれたお主のことも感謝してやらんこともないぞ?」
「…………ひねくれまくったその感謝を貴重だと思えてしまう私も私ですね」
遠い昔の時にはついぞ聞くことのなかった言葉だ。
「言っておきますが、大変なのはこれからですよ?」
感傷に浸ってしまいそうな気を取り直す意味もかねて真昼は月夜へと釘を刺す。
「何が大変なのじゃ? わしと九凪は両思いになったのじゃぞ?」
「そうですね。けれどそれを言葉にして確認しあったわけではありません?」
「…………そんなものが重要か?」
月夜は首を傾げる。気持ちが通じ合っているならそれで全てではないかと彼女は思っているのだ。
「普通の人間は相手の感情を直接感じることなどできません…………言葉にして互いの感情を確かめ合う儀式が必要なのですよ」
九凪は巫覡ではあるがそれに自覚はない。だから月夜の感情を直接感じ取ってもそれが確かなものなのだという確信を持てない。
「おお、それは知っておるぞ!」
そんな真昼の話に月夜は目を輝かせる。
「プロポーズという奴じゃな」
「一足飛び過ぎです」
思わず突っ込んだ真昼の言葉は、しかし月夜には聞こえていなかった。
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