二十五話 直撃
昼食を終えて四人はアトラクション巡りを再開した。午前中に情けないところを見せた挽回がしたかったのか奏は張り切っていたが、気を遣って九凪が控えめなものを選んだこともあって少し肩透かしにあったようだった…………とはいえそのおかげでまた限界になるようなこともなかった。
しかし春明から聞かされた彼女の気持ちもあってどうにも九凪は奏とはうまく接するとこが出来なくなってしまい、その分月夜を構う形になっていた。
「それ、そんなに気にいった?」
ゆっくりと昇る観覧車の中で九凪は月夜に尋ねる。遊園地の定番の締めといえばやはりこれだろうと最後に観覧に乗ることにしたのだけど、月夜はそこから見える夕焼けに染まりつつある園内の光景よりもその手の中の小さなキーホルダーのほうが気にいっているようだった。
「うむ!」
とても嬉しそうに月夜が頷く。キラキラと輝くようなその瞳はキーホルダーの先の小さな狼のぬいぐるみへと向けられている。観覧車に乗る前に九凪たちはお土産を物色していたのだが、他の物には一切興味の惹かれなかった彼女がそのキーホルダーにだけは目を奪われるように執心したのだ。
「…………」
それは別に何の変哲もない小さなぬいぐるみのついたただのキーホルダーだ。モチーフとなっている狼は恐らくアトラクションに登場したものなのだろうけど、そのアトラクション自体は今日回った中に含まれていない。
つまりそれが気に入ったのは今日デスティニーランドをまわったこととは関係ないのじゃないかと九凪は思う。
「狼、好きなの?」
「わからぬ! しかしなぜだかずっと手元に置いておきたいと感じるのじゃ!」
その理由自体本人もわからないのだと月夜は答える。しかしその気持ちだけは本当だというようにその視線は固定されている。ただじっと、慈しむように狼のぬいぐるみへと彼女は視線を送り続けていた。
「それにこれは九凪がわしに捧げてくれたものじゃしな!」
だからこそより嬉しいのだというように月夜は顔をほころばせる。お土産屋でキーホルダーをじっと見ていた彼女だったが自分から欲しいとは口にしなかった。九凪は真昼から月夜のお小遣いを預かっていたからそれで買ってあげるのは簡単な話ではあった…………ただ、彼女のその表情を見て九凪は自分が買ってあげたいと思ったのだ。
だから真昼から預かったお金は使わずに、彼は自分の財布からお金を出して買ってあげたのだった。
「喜んでくれたならよかったよ」
九凪が自分のお金を出したのは自己満足のようなものだ。しかし月夜にとってはそれも意味のあることのようで、喜ぶ彼女の顔を見ればこれでよかったのだと思える。
「ふんふーん」
鼻歌を歌いながらゆらゆらと揺れるキーホルダーを見つめる月夜。そんな彼女を見ている自分という状況になんだか九凪はおかしい気分になる。景色を楽しむための観覧車なのに二人とも外の景色を全く見ていない…………しかし不思議なことにそんな月夜を見ているとこの場にそぐわないような感情が浮かんでくる。その笑顔の前にどうして自分はそんなことを感じるのだろうかと疑問を覚えた。
「ん、九凪も嬉しいのか?」
「え」
そんな彼に気づいて月夜が視線を向ける。
「ああ、そうだね…………嬉しいよ」
「そうか! 月夜が嬉しいのならわしも嬉しいぞ!」
何が嬉しいのかと尋ねることもなく月夜はさらに笑みを深める。九凪が嬉しいのならそれ以外に理由などはいらないとでもいうように…………春明の言葉を思い出す。月夜にとって彼が全てであり他はその付随物に過ぎないと。
正直に言えば九凪にその実感はまだ薄かった。もちろん春明に指摘された時に彼は否定しなかったし、そうなんじゃないかと思う節はもちろんある…………ただ、そうであるという実感を得られるほどの時間はまだないと思うのだ。
だって月夜と九凪はまだ出会って一月も経っておらず、別に彼には彼女に何か特別なことをしたという記憶もない。
ただ毎日少しの時間だけ会って話していただけだ。
たったそれだけで九凪が月夜の心の全てを占めてしまうなんてことは想像ができない。
一回常識とかそういうものを抜きにしてあの子のことを考えてみろ。
けれど不意に春明のその言葉が思い浮かぶ。今の九凪の考えはそれこそ彼の常識の中の判断だ。しかし考えてみれば月夜は普通の少女ではない…………春明の助言通り、余計なフィルターを抜きにして考えなくてはならないのだろう。
「ねえ、月夜」
「なんじゃ?」
「月夜は…………僕のことは好き?」
小学生くらいの相手に何を聞いてるんだろうと自分で思う。しかしそれが一番手っ取り早いと九凪は思ったのだ。常識とか余計なフィルターを失くして月夜の気持ちを受け止める…………そうして自分の中に浮かんだ感情が答えになるだろうと。
「大好きじゃぞ」
不意にそんなことを尋ねた九凪に月夜はどう思ったのか。ただ一つ言えることは彼女がそれまでの様に無邪気な表情ではなく、その一言に全ての感情を込めるようにむしろ穏やかな表情でそう口にしたことだった。
「…………!?」
不意に顔が熱くなったのを感じて思わず九凪は月夜から顔をそむけた。さらに口元を隠すようにその手を抑えて…………湧き上がる感情を抑え込む。
「九凪、どうしたのじゃ?」
不思議そうに月夜が彼をのぞき込むが、九凪は顔を上げられなかった。
自分でも驚くくらいに…………急に月夜が愛おしくてたまらなくなったのだ。
◇
「ああ、駄目ですよ。それは駄目です」
九凪たちのいるところから遠い場所。何の変哲もない住宅地の道端で真昼は空を見上げて呟く。見上げていても彼女の目に映るのは空ではなく、そこにない遠い地の光景。遠い場所の光景をその場にいるように見ることができる千里眼。その程度の神通力であれば力を封じた彼女であっても労力なく使える。
「あなたは巫覡。神に意志を伝えまた
遠くにいる一人の少年へと、聞こえるはずないと知りながら真昼は語り掛ける。
「あなたの感情が私達に直に伝わるのと同様に、私達の感情もあなたへは直に伝わってしまうのですよ」
それをこれまで阻んでいたのは九凪の中にあった常識という強い壁。彼にとって月夜は邪な感情を抱いてはいけない年齢という認識もあってそれはとても固く月夜からの感じとれるものをシャットアウトしていた…………けれど友人の助言もあって彼はその壁を取り払ってしまったのだ。それであればもはやストレートに月夜の感情を受け止めるしかない。
「あの子のありのままの感情をぶつけられてはもはや新しい壁を築き直すのはもう無理でしょうね…………少し恋敵のあの子には不憫ですけれど」
タイミングが悪かったというか、勇気を出すのが遅すぎた。もしも九凪が月夜と出会う前に彼に思いを伝えていれば、その存在こそがもう一つの壁となったことだろうに…………けれど現実は遅すぎてもはや九凪を守る壁はない。その再建は叶わず彼が陥落するのはそう遠くないことだろうと真昼は判断した。
「さて、この先はどう転ぶでしょうかね」
一つの未来はほぼ確定した。しかし現実は物語と違って確定した未来で終わることなくその先に続いていく。そしてそれが遠くなればなるほど彼女にも読めないほど不確定になっていくものなのだ。
「できれば、再びあのようなことはしたくありませんが」
遠い昔のことを思い出し、彼女はその記憶を仕舞いなおすように息を吐いた。
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