十八話 待ち合わせ

 九凪たちが出かける予定を決めた日曜日は幸いというか意図的というか快晴だった。もちろん彼らはそこに誰かの意図を気にすることもないし、成した当人たちも雲を散らした程度で大した影響があるとも思っていない。


「おはよう」

「おう、おはよう」


 待ち合わせの駅前で見慣れた顔を見つけて九凪が声をかける。春明のほうも自分に向って歩いてくる彼に軽く手を挙げて答えた。


「早いね」

「五分前行動が染みついてるからな」


 人をからかうことの多い春明だがその行動でふざけることは少ない。優等生で通しておいた方が面倒は少ないというのが本人の談だ。その性格から恨みを買うことも多いが、優等生と見られていれば教師も味方にできる。


「それに俺もついさっき来たばかりだ。お前も十分早いんじゃないか?」

「まあそこは礼儀というか」


 相手を待たせるわけにはいかないと九凪も早起きしてきたのだ。


「あ、二人ともおはよう!」


 そうこう話しているうちに奏の声が聞こえて二人は視線を向ける。待ち合わせの時間通りではあるのだが彼女の息ははずんでいるように見えた。服も乱れているし、ピッタリ来たというよりは待ち合わせに間に合わせるために全力で来たという風体だ。


「うん、おはよう」


 とはいえそれに気づかないように振舞うくらいの気遣いは九凪にもある。


「遊園地の日に寝坊するとかお前はワクワクして眠れない子供か」


 そしてその気遣いを春明がぶち壊しにした。


「は、はあああああああ!? わくわくして寝坊とか、してないわよ! 時間にも、ちゃんと間に合ってる、じゃない!」

「そんなに息を切らしてる時点で予定通り家を出れていないだろう」


 下らん誤魔化しをするなと冷めた目で春明は奏を見やる。彼からすれば彼女の失態は看過しがたい。おまけ付きとはいえ思い人と一日出かけられるというのにその第一印象で残念さをアピールしてどうしようというのか。


 理想を言えば九凪と共に件の少女をお世話して頼れる女ぶりを見せるところなのにその真逆の行動ともいえる。


「まあまあ、別に遅れてきたわけじゃないんだから」

「…………まあ、そうだが」


 見かねた九凪のフォローを春明は受け入れるしかない。あくまで彼の思惑から外れてしまっただけで状況としては九凪の言葉通りなのだ。好意的に見れば遅れないように急いできてくれたという風にも思えなくはない。


「せっかくの遠出なんだし楽しくしかなくちゃ」

「…………そうだな」

 

 そうも朗らかな笑みで言われてはもはや春明には何も言えない。思わずカチンと来てしまったが彼自身が空気を悪くしていては本末転倒だ。


「ここからはビシッとしろよ」

「…………わかってるわよ」


 だがそれはそれとして釘は刺す。奏のほうも子ども扱いされて思わず反発したが、自分に非があることは理解していたので矛を収めてそれを受け入れた。そんな二人のやり取りを原因でありながら事情が分からない九凪は不思議そうに見るが、いさかいが収まったならそれでいいかと深くは考えなかった。


「さて、後は件のお嬢さんか」

「待ち合わせはここで合ってるはずだけど」


 気を取り直して口を開く春明に九凪は周囲を見回す。休日ということもあり駅前にはそれなりの人がいるが一望できないほどではない…………月夜の姿はまだ無いようだった。


「メールとか来てないの?」

「あー、まだスマホ持ってないみたいなんだ」


 九凪は奏に首を振る。スマホについて説明した時には真昼に頼むと言っていたのだが、その日から数日たつが購入したという報告は月夜からは無かった。待ち合わせの場所と時間は伝えてあるが今の状況を確認する術はない。


「そう言えば月夜ちゃんは一人で来るの?」

「…………どうなんだろ」


 聞かれて九凪は自身の配慮不足に気づいて不安げな表情を浮かべる。考えてみれば彼は月夜の自宅が駅までどれくらい離れているのかも知らない。場合によっては彼が自宅まで迎えに行くことも考えておくべきだったのだ。


「頭のいい子だから大丈夫だと思うけど…………」


 それでも思わず時間を確認してしまう。まだ約束の時間の七時半からは二分ほどしか経っていない。それくらいならまだ誤差ではあるのだけど、どうしても遅れた理由に何かあるのではと悪い想像が浮かんでしまう。


「そんなに心配しなくてもその内来るだろう」


 しかしそんな九凪の不安を杞憂だというように春明は肩を竦める。


「ちょっと朝川。あんたは心配じゃないの?」

「だからまだ心配する段階じゃないと言っている」


 やれやれと彼は息を吐く。


「待ち合わせに時間からまだ大幅に遅れてるわけじゃないだろう? 子供相手だから過保護になるのもわかるが…………あちらに保護者はちゃんといるんだろう?」

「あ」


 確かに言われてみればそうだった。しかも九凪の見る限り真昼は月夜をかなり大切に扱っている。そんな彼女が月夜を危険にさらしはしないだろう。


「噂をすればというが…………あれじゃないのか?」


 月夜の顔を知らないはずの春明が何かに気づいたように視線を向ける。九凪と奏もそちらへと視線を向けると駅前の人の流れが少しおかしいことに気づく。道行く人たちが何かを避けるように分かれて歩いていくのだ…………そしてそのなにかはこちらへと向かってきているようだった。


「月夜と真昼さんだ」


 二人は特に目立つように歩いているわけではない。ごく普通に歩いているだけなのだが道行く人々は自然と前を塞いではいけないと避けていく。それは二人を恐れているわけではなく、ただその存在から目を離せないというように目だけは追い続けていた。


「え、あれがあの子のお姉さんなんだ…………すっごい美人っていうか、気品があるわね」


 同性として嫉妬するでもなく素直に賞賛の言葉が奏の口からでる。彼女も月夜と会ったことがあるからわかるが、その雰囲気は確かに姉妹なのだろうと納得してしまえた。


「あれが…………なるほどな」


 春明は初めて二人を見るが確かに九凪の言っていた通り普通ではない雰囲気があると納得する。それが単純な美しさではなく、触れてよいものかと躊躇うような尊さを感じさせるものであるのはその周囲の反応から見ても明らかだった。


「すみません、駐車場が混んでいて少し遅れてしまいました」


 三人のところまで歩いてきて、開口一番に真昼がそう告げる。


 周囲からの視線と注目は未だまとったまま、ただそれらのことなどまるで意に介していないように。

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