十七話 遊園地へ行こう

「今度みんなでデスティニーランドに行かない?」


 いつもの昼休み。しかしいつもと違ったのは三人で雑談をするのではなく九凪がそんな提案をしたことだった。奏も春明も部活があるから放課後に一緒に出掛けることは少ない。もちろん休日に遊びに行くことはそれなりにあったがそれも基本的に近場だった。彼の内向的な性格もあって遠出を誘うことはかなり珍しいといえる。


 デスティニーランドは彼らが住む町の郊外にあるテーマパークだ。童話などの物語にちなんだキャラクターがマスコットとなっておりアトラクションも豊富で人気が高い。中には雰囲気を重視したホテルもあって泊りがけで遊びに行く人間も多い。


「みんなで、か」

「そうだけど?」


 それは俺も含まれているのかと尋ねるように自分を見る春明に不思議そうに九凪は返す。


「いや、別に構わんがいきなりだな」

「日程はもちろん二人に合わせるよ」


 休日でも部活のある日はある。九凪は部活をやっていないから時間的には自由だし二人のちょうどいい日で構わなかった。


「三滝もどうかな?」

「わ、私も別に構わないわよ…………あ、新しいアトラクションとか? 気になってたし」


 どこか浮ついた調子で奏は承諾する。九凪は元から興味があったのかとそのまま受けとったが…………二人きりではないにしても思い人と遊園地というシチュエーションが嬉しくてたまらない、彼女の様子は春明の視点からはそう見えた。


「だ、そうだ」


 ただそんな奏に何か言うでもなく春明は肩を竦める。


「しかしなんでいきなりデスティニーランドだ?」


 半ば答えの予想はしていつつも彼は尋ねた。


「ああそれはね」


 頷いて九凪は机の横にかけた鞄へと手を入れて何かを取り出す。


「はい」


 九凪は8枚の長方形の紙を机の上へと置く。


「デスティニーランドの無料招待チケットと…………レストランの食事券付とは気が利いてるな」


 九凪が出したのはデスティニーランドの一日フリーパスの無料券と、その中にあるレストランで食事を行えるものの二枚だった。それらがあれば交通費やグッズなどの購入を別にしてタダでデスティニーランドを堪能できることになる。


「件の少女の姉君がこれを?」

「よくわかるね」

「他にあるまい」


 この場に三人しかいないのに券が四枚あるのもの春明の推測を裏付けしていた。


「条件は少女を引率することか?」

「いやまあ、直接そう頼まれたわけじゃないけど」


 九凪は苦笑する。


「仕事先の関係で手に入ったからよかったら友達を誘って行って来たらって」


 そんな前置きと共に月夜が世話になっているお礼だと真昼から渡されたのだ。その際に月夜を連れて行くようにとは言われなかったが、その場で何かを期待するように自分を見る月夜とそれを見守る真昼を前に九凪が彼女を誘わない理由はなかった。


「本当に気の利いたお姉さんだな」


 できるという印象は九凪から聞いていたが春明もその認識に実感を覚える。それは単純に無料券に食事券もつけてくれたことではない。もちろん学生の身の上で遊園地の食事はなかなか痛いからありがたいのは間違いない…………春明が感心したのはその少女の姉が九凪の交友関係にも配慮していることだ。


 九凪が少女だけに構っていれば必然として周囲との交友関係が薄れていくし、少女の年齢もあって不穏な噂を立てられる可能性もある。そうなれば九凪も少女のことを負担に思ってしまうかもしれないし…………だから友人たちのと関係を取り持つような報酬を与える。そのついでに九凪の友人たちに少女のお披露目をすることで不穏な疑惑が立つ芽も断つ意図もあるのだろう。


 人間見知らぬ相手には好き勝手言えるが、知った相手となれば途端に口が重くなってしまうものだ。


「それでその子…………月夜もつれていくけど構わないよね?」

「ああ、ちょうど俺も噂の少女を一目見てみたいと思っていたところだ」


 春明からすれば渡りに船の話でもあった。彼は九凪を煽りはしたがそれは間接的に奏を焚きつけるのが目的だった。その少女と会った奏の感想も聞いたし、万が一友人が本気になってしまわないかの確認をしておきたいと思っていたのだ。


「まあ俺はあまり子供に好かれる性質ではないが、基本的にはお前が相手するんだろう?」

「それは、うん」


 現状で月夜は九凪にべったりだから現地でもそうなるだろう。彼女のほかに人に対する態度を彼はほとんど知らないが、いきなり自分から春明に鞍替えするようなこともないだろう…………もしそうなったらショックを覚える。


「でも少しは相手してあげてよ? 月夜もいろんな人に慣れるのは必要だろうし」

「俺だって別に我関せずのつもりはないぞ」


 事情は聞いているし春明だってそこまで薄情ではない。相手から嫌がられない限り無料券分の働きはするつもりではある。そもそも楽しむべき場所で同行した子供を無視するなど人としてどうかという話だ。


「だがまあ、俺よりも適任がいるのもの確かだ…………同性としかできない話だってあるだろうしな」


 それはそれとして春明は奏へと視線を向ける。その視線の意味は明らかでアピールのしどきだと指示していた。むしろ言われる前に自分から動けと春明は思っていたが、それで動くようなら彼の御節介など必要ない。


「も、もちろん私だって相手してあげるわよ。ちょっとだけど面識だってあるしね!」

 

 それに慌てたように口を開いて奏は胸をばんと叩く。その音が大きかったので周囲の視線が集まるが、当の本人はてんぱったように気づいていなかった。


「ええと、うん」


 なんでそこまでやる気を見せてくれるのかわからず戸惑うも、彼女が協力してくれるなら確かに助かるなと九凪は納得する。実際男である彼には触れづらいことも奏であれば問題ないだろう。今後も月夜と接していくこと考えると、そういうことを確認してくれる相手がいるというのはとても助かる。


「頼りにするよ」

「ま、任せておきなさいよ!」


 そんな気持ちを素直に九凪が言葉にすると奏はさらに感情が高ぶる。これまで何の手ごたえもなかった九凪からようやく反応が返ってきている…………それは彼女が臆病すぎて行動していなかったせいだし、そもそも彼女望んでいる方向性の反応でもないのだが。


「まあ、一応一歩ではあるか…………?」


 その様子を見ながら春明は小さく呟く。それが二人の関係の進展に繋がるかと言えばもちろん可能性はある。つまるところ恋愛なんて言うのはどれだけ相手と感情を交らわせる時間を作れるかだ。そう言う意味では少女の面倒を二人で見るというのは大きい。


 そもそも二人の関係が進展しなかったのは奏の臆病さが原因で、最近ようやく積極的になりつつあるのは目に見える変化だ。

 問題はその変化が春明がけしかけたからというだけではないことだ…………正確に言えば彼の行動すらも別の要因あってのこと。


「さて、噂の少女はどんな相手かね」


 今の状況全ての要因となったその少女月夜。


 それに興味を覚えつつも、そこはかとない不安を春明は覚えていた。

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