十六話 デートの誘い方

「デートとやらがしたい」

「デート、ですか」


 いつものように様子見にやって来た真昼に、話があると告げた月夜の最初の一言がそれだった。回りくどい物言いをしないのが彼女の美点ではあるが、だからこそそれが突拍子もない話だった時に理解が遅れる。


「それはあの子とデートがしたいということですか?」

「他に誰がおる」


 月夜が意識する相手などたった一人しかいないのだから。


「なんでまた急に?」

「これはお前が押し付けてきたのじゃろうが」


 月夜はテーブルの上に置かれた本の山へと視線を向ける。それは真昼が何日か前に恋愛に関する資料だと置いていった少女漫画の山だった。


「…………読んだのですか?」

「そのために置いていったのではないのか?」

「いやまあ、その通りなのですが」


 だが実際に読むとは思っていなかった、真昼の表情はそう告げていた。


「確かにわしは人間の書いた絵巻物に興味などなかったが…………九凪と仲を深めるための知識と言われれば読まぬわけにはいかぬじゃろうが」

「…………それでデートに行きたくなったと?」

「うむ、デートとは仲を深めたい相手と行くものなのじゃろう?」

「まあ、そういう意味合いの場合もありますね」


 関係性によってさまざまなケースが存在するが、概ねその点では一致する。


「ちなみに場所などの希望はあるのですか?」

「今の世のことをわしが知るはずもなかろう…………その漫画とやらの中で行っている遊園地とか水族館とかいう場所でよい」

「まあ、定番ですね」


 ありきたりではあるが、だからこそほとんどの人間が楽しめる。


「うむ、頼んだ」

「…………頼んだ?」


 真昼が首を傾げる。


「頼んだとは何をですか」

「だからデートじゃ。まず九凪を誘わねばならぬであろう?」

「…………もしかして私に誘えと言ってます?」

「他に誰がおるのじゃ」


 当然のように月夜は真昼を見る。


「あの、普通こういうものは自分で誘うものですよ?」

「…………女から誘うのははしたなかろう」

「あなたがデートを学んだ漫画も女のほうからのものが多かったはずですが」


 大体が勇気を出して自分から意中の相手をデートに誘っている。


「もしかして誘うのが恥ずかしいのですか?」

「…………そんなことはないぞ」

「子供がわがまま言うような感じで誘うだけですよ」

「そんな真似できるか!」

「もう似たようなことはやっているはずですが」


 真昼の認識では膝上で甘えるほうが恥ずかしいと思える。


「…………まあ、ある意味ちょうどいいですかね」

「それはどういう意味じゃ?」

「あまり彼に負担を掛けすぎるのも良くないという話ですよ」

「負担、じゃと?」


 途端に月夜は悲しげな表情を浮かべる。


「わしを九凪が負担に思っているというのか…………?」

「いやまあ、そういうわけではなく」


 そういう表情をされてしまうと流石に真昼もたじろぐ。


「それではどういうわけなのじゃ?」

「…………あの子は良い子ですから、あなたを負担には思っていませんよ」

「そうじゃよな!」


 否定すると途端に月夜の表情は明るく輝く…………真昼はそれに溜息を吐く。わかりやすくはあるが相変わらず感情のぶれ幅が大きくて扱いづらい。


「ですが」


 とはいえ言うべきことは言わなければならない。今時珍しい巫覡に必要以上に負担をかけることは彼女からしても望ましくは無いのだから。


「あの子が良い子であると言っても限度はあります。今はあなたのことを負担に思わなくても色々と重なることで負担と思ってしまうことはあるのです」


 いくら善人であっても何もかも無条件で受け入れ続けられるわけではない。そんなことができてしまうのは善人というよりどこか壊れた人間だろう。


「…………つまり、わしとのデートは九凪に負担になるのか?」

「そうなる可能性もあるということです」


 再び悲しそうな表情を浮かべる月夜に真昼はちくりと胸が痛むがそう答える。


「この際だからはっきり言ってしまいますが、現状であなた達の関係はあの子が一方的に損をしているようなものです。まずそれを自覚したほうがいいでしょう」

「なっ!?」

「彼からすれば縁もゆかりもなかったあなたを自分の貴重な時間を割いてまで相手しているわけですからね」


 本当に九凪は良い子だと真昼は思う。彼からすれば月夜は偶然出会って一度親切をしてあげただけの相手でしかないはずなのだ。いくら真昼からも頼まれたとはいえそれでも嫌な顔せず下心もなく毎日会いに行くのは相当なお人好しといえる。


「わしの加護を込めたお守りを…………」

「まだ渡せていないでしょう?」

「う」


 用意はできていたのに月夜が九凪にまだ渡せていないことを真昼は知っている。


「さらに付け加えるのなら放課後はあの子にとっては元々空いていた時間でした。あの子の友人たちは部活動に熱心ですから、部活動していないあの子は一人帰るだけのようですからね」

「それならば…………」

「それでも自分の自由な時間を割いているのには変わりませんし…………あなたの望む場所でデートをするには休日である必要があるのですよ?」


 遊園地にしても水族館にしても放課後に行けるような場所ではないのだから。


「あの子にはあなた以外との人間関係もあるのです…………これは重要な話ですがあの子の人間関係を破綻させるような真似をしてはいけません。あなたとの関係で友人関係が壊れることになれば、いくらあの子が良い子であってもあなたを負担に思います」

「それは嫌じゃ!」

「ですから、あの子の友人関係が崩れるような真似は控えるべきという話ですよ」


 休日の友人との誘いを断って月夜とのデートを優先する。実際のところ九凪だって毎週友人たちと遊びに出かけるということもないだろうから、そういうケースが起こる可能性は低いかもしれない。


 しかしもしもそれが起こって友人たちに知られたら?


 最悪の想定をするなら九凪がロリコン扱いされて孤立するなんてことも起こりえるだろう…………まあ真昼の調べた限り九凪の友人たちならそんなことになりそうはないが、友人でもない周りの人間が聞きつけるなんてことは起こりえる。


「つまりデートは諦めろと…………?」


 納得はできるが、それでも寂しそうに月夜が真昼を見る。


「いえ、デート…………にはなりませんがあの子は誘います」

「…………どういうことじゃ?」

「将を射んとする物はまず馬を射よ、というやつですよ」


 意図がわからぬという月夜に、真昼はまっすぐに指を立てた。

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