十三話 誤解の晴らし方

 三滝奏は高天九凪のことが好きだ。理由とあげられるような出来事はいくつかあるが、結局は彼の人間性に惹かれたのだと思う。彼と一緒にいることは心地よく、同じ時間を過ごしているだけで穏やかな気分になれるのだ。


 しかし好意を自覚していてもそれが行動に繋がるわけではない。九凪との時間が心地いいからこそ奏はその時間が壊れてしまうことを恐れた。このままではいけないと思いつつも変化から逃げてばくぜんと時間を潰して…………強制的に転機が訪れた。


 もちろんいくら春明にきつけられたとはいえ小学生をライバルとは思えない。しかし理由を付けて勇気を出せないでいた自分を変えるにはちょうどいい機会だと思えて…………せっかくだしその相手も見ておこうと思ったのだ。


「…………」


 九凪のことだから相手の子供には好かれているだろうとは思っていた。仲が良い様子を見ることになるだろうとは予想していたのだが…………彼女の目の前の光景はその予想を超えていた。膝の上に小学生の少女をのせてその頭を撫でる光景というのは、いったいどの程度仲が良ければ行われるものだろうか?


「ええと、勘違いされないように言っておくけどこれはそういうのじゃないから」


 焦ったように九凪が言い訳をするが、その言い訳自体が疑いを濃くしてしまうのに彼は気づいているのだろうかと奏は思う。こういうものは否定すれば否定するほどやましさを隠すように見えてしまうものだった。


「勘違いとはなんじゃ?」


 慌てた様子の九凪に思議そうに少女が首を傾げる。少女らしからぬ口調に同性である奏すらも思わず目を惹かれるほど整った容姿…………綺麗なだけではない。確かに彼の言っていたように風格というか尊重しなくてはと思わせる存在感がある。


「ん?」

「ええと、それはね…………」


 うながす少女に九凪はきゅうしたような笑みを浮かべる。それを説明すると少女が妙な誤解をしかねないと考えたからだろう…………少なくともその表情からは少女に対するよこしまな感情は見えない。


「初めまして」


 だから友人に助け舟を出すべく笑顔を作って奏は少女へと話しかける。それでようやく気付いたというように少女は彼女を見た。


「お主は誰じゃ?」

「高天の友達よ」


 友達、という言葉に少し寂しさを覚えつつ奏は答える。少女らしからぬ値踏みするような視線だったが、その返答に少しその表情が和らぐのが見えた。


「そうか、九凪の友人か! いつも九凪が世話になっておるな!」


 まるで自分が九凪の年長者であるというような物言いだった。その後ろで九凪が苦笑しているのが奏には見える。話には聞いていたが万事こんな様子なのだろうか…………遠慮なく九凪を名前で呼んでいるのが少し羨ましく思える。


「私は三滝奏、あなたの名前を聞いていい?」

「わしか? わしは月夜じゃ!」

「月夜…………ちゃんね」


 少し迷って奏はちゃん付けしてみるが、月夜は気にした様子も見せなかった。


「それで奏はわしに何の用じゃ?」

「あなたに用ってわけ…………でもあるのだけど」


 ちらりと奏は九凪に視線を向ける。正確には二人の様子を見に来たのだ。


「月夜ちゃんのことは高天から色々聞かせてもらったから…………ちょっと様子を見させてもらいに来たの」

「ほう、そうなのか! 九凪はわしのことをなんて言っておったのじゃ?」

「ええと…………とっても可愛いらしい子だって」


 少し迷ったが当たり障りのないところを奏は口にする。別に話して問題のあるようなことを九凪は口にしていないが、立ち入ったことまで明かしてしまっているのだとは教えないほうがいいだろう。


「そうか! 可愛らしいとな…………くふふ」


 そんな奏の返答を聞いてとても嬉しそうに月夜は笑みを浮かべる。その後ろで当の九凪が何とも言えない表情を浮かべているのは彼女との今後の関係に困るからだろうか…………春明の言っていたように少女のほうは積極的なのかもしれないと奏は認識を改めた。


「ねえ、聞いていい?」

「なんじゃ?」

「九凪ちゃんはいつも高天とそうしているの?」

「そうしているとは?」

「そうやってくっついているのかなって」

「!?」


 奏の質問に月夜だけではなく九凪が動揺した表情を浮かべる。奏は別に小学生を相手に本気になるつもりはない…………ないが、予防くらいはしておいてもいいだろうと判断する。


「うむ! 九凪の膝の上はとても温かいのじゃ!」

「へー、そうなんだー」


 内心では羨ましいと思いつつも冷めた視線を奏は九凪へと送る。九凪は常識人であり幼女趣味と誤解されるようなことを嫌がっている。それならば奏からそういう目で見られかねないと意識させるだけで十分効果があるはずだった。


「ええと、悪いけど月夜…………ちょっと降りてくれる?」

「む、なんでじゃ?」

「ちょっと、ちょっとね。三滝と話があって」

「わしがおっては駄目なのか?」

「駄目ってわけじゃないんだけど…………二人で話したくて」


 すんなりと受け入れさせるために露骨な嘘が付けないのは九凪の人間性だろう。


「ふむ、わかったのじゃ!」


 しかし深くは突っ込まず月夜は受け入れると彼の膝からどいてベンチに座る。


「わしはここで待っておるから、存分に話すとよい」

「ええと…………うん、ありがとう」


 泰然たいぜんとしたその様子はどっちが子供なのかわからなくなるくらいだった。


「三滝、とりあえずこっちに」

「わかったわ」


 九凪に手招きされて奏は月夜の座るベンチから離れる。


「誤解なんだ」

「聞かれてもないのに否定すると余計に疑わしいからやめた方がいいわよ」

「…………」

「別に私はそんな誤解してないから」


 肩を落としてへこむ九凪に奏は呆れるように息を吐く。


「それなりの付き合いなんだし、高天の人間性くらいちゃんとわかってるわよ…………朝川なら喜んでからかいそうだけど」


 きっと春明がこの場にいたら全力で焚きつけただろうと奏は思う。


「ありがとう…………春明に関してはあれでもちゃんと配慮はあるから」

「限界ぎりぎりまで見極めておちょくってくる分たち悪いと私は思うけどね」

「…………」


 奏の指摘に九凪は無言で答える。


「でもあいつの言じゃないけど…………九凪が気を付けていてもあの子がって感じに見えるわよ」

「そう…………見える?」

「逆に言うと自分でわからないものなの?」

「そりゃあ好かれてるのはわかるよ」


 そこまで九凪だって馬鹿ではない。


「でもそれがどこまで本気の好きなのかはわからないし…………本気だったとしたらどうしたものかって気もするし」

「簡単な方法があるわよ」

「え」


 驚く彼に奏は不敵に答える。


「先に恋人を作っちゃえばいいのよ」

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