十二話 遭遇
「そういえば月夜はスマホをもってないの?」
「…………すまほ、とな?」
いつものように公園で月夜と会った九凪だが、膝の上の彼女にふとそんなことを尋ねた。いつも学校の帰りに公園で月夜と会っているが、毎回彼女が先に待っている。月夜がどれくらい先に来て待っているかは聞いていないが…………少女がひとり人気のない場所で毎日待っているというのは不用心だろう。良からぬ人間がそれを知れば犯罪に巻き込まれる可能性だってある。
学校が終わる時間は定時とはいえ九凪が公園に着く時間は一定というわけでもないいし、日によっては行けないけない時だってあるだろう。しかし月夜とスマホで連絡が取れるのなら行けない用事ができてもきちんと伝えられる。
「こういうのだけど」
「おお、それか」
九凪が取り出して見せると月夜は得心したように頷く。
「真昼に必要かと聞かれたがいらぬと断った」
「え、なんで?」
「それは遠くの人と会話ができる道具なのじゃろう? わしには必要ない」
どうせ知り合いなど真昼と九凪しかいないのだから。
「そんなもので話さずとも九凪とはここに来れば会えるからな!」
それで満足、と笑みを浮かべる月夜だが九凪は困った顔をする。
「いやあのね、僕だって毎日この時間にここに来るわけじゃないんだよ」
「なぬ!?」
「例えば明日は土曜日だから僕は学校に行かないし」
だから当然この時間に下校して公園に寄るなんてことはない。
「でもスマホで連絡が取れれば僕が会える時間を月夜に伝えられる」
それだけではなく防犯のためにも九凪としては月夜にスマホを持っていて欲しいと思う。不審者に遭遇した時に助けが呼べるし、仮に誘拐されるようなことがあってもGPS機能で見つけられるかもしれない。
「つまりいつでも九凪に会えるということか?」
「…………まあ、僕が大丈夫な時ならね」
バイトもしていない学生だし、大概暇ではあるのだけど。
「それにほら、会わなくてもSNSで話したりもできるから」
「えすえぬえす?」
「ええとね、スマホでは話すだけじゃなくて文字でやり取りなんかもできるんだよ」
「文のやり取りのようなものか?」
「まあ、そんな感じかな」
古風な物言いだけど手紙のやり取りのことだろうと九凪は頷く。
「ふむ…………しかし、の」
少し不安を覚えたように月夜は九凪を見る。
「そこまでするのは迷惑では……ないか?」
「そんなことないよ」
その不安をなくすように九凪は微笑んで見せる。
「月夜と話すのは楽しいからね」
「そうか!」
それだけでスパッと月夜の不安は消えたようだった。
「ならば真昼に頼むとするかのう…………あやつにあまり借りを作りたくはないが」
「真昼さんのこと嫌いなの?」
そう言って少し嫌そうな表情を浮かべる月夜に九凪は尋ねる。彼からすれば初見の印象だけではあるが真昼は知的で妹思いのお姉さんという感じだった。しかしどうにもそんな彼女を月夜は邪険にしているような印象を受ける。
「嫌い、というか…………色々とうるさいのじゃ」
「んー、でもそれは月夜のためなんだよね?」
「…………一応そうじゃ」
真昼が裏で何を考えているかはわからないが、表面上はそう
「それならうるさくてもちゃんと聞かなきゃだめだよ…………たった一人のお姉さんの言うことなんだし」
「うぐ」
実際のところ月夜と真昼は同じ神ではあっても血の繋がりなどない。月夜のことを友人だったと口にしてはいるが、正直信じてはいない…………何かにつけて裏のあるような印象を月夜は覚えていた。
しかしそんなことも知らず表向きの関係を九凪は信じている。そんな彼の真摯な言葉を月夜は無碍にもできなかった。
「ど、努力するのじゃ」
「うん、えらいね」
そう答える月夜の頭を九凪は自然と撫でていた。
「ふぉおおお!」
「あ、ごめんつい」
突然叫んだ月夜に不味かったかと九凪は少し焦る。
「嫌だったならもうしないから」
「嫌ではないのじゃ!」
すると月夜の側が焦ったように返す。
「もっとして欲しいのじゃ!」
「ええと、いいの?」
「うむ!」
本人がいいと言うのなら九凪にやってあげない理由は無い…………いやさっきは自然としてしまっただけで冷静になると恥ずかしくはあるのだけど、流石にこれで撫でないのは月夜がかわいそうだった。
「くふふ、心地よいのじゃ~」
「そうなの?」
「そうなのじゃ!」
元気よく返事をする月夜に、九凪は自分が最後に誰かに撫でてもらったのはいつだったかと思い浮かべる。確か母親からだったように思うが…………それだけで幸せだったような記憶が思い浮かぶ。
「こんな気持ちは初めてじゃ」
「…………他の誰かに撫でてもらったことはないの?」
「ない」
その返事だけはひどく空虚に聞こえた。
「撫でたことはあるような気がするのじゃが、撫でられたことはないようじゃ」
まるで自分ではない誰かのことのように月夜が話すのを、何も言えずに九凪は聞いた。その生い立ちを彼は詳しくは聞いていないけれど、やはり普通の子供の幸せとは無縁の生活を送っていたのだろうと想像できる。こうして自分に甘えるのもその反動なのだろうと九凪には思えた。
「しかし今は九凪に撫でてもらえておる…………それがとても嬉しい」
「そっか」
それならば、少しでも彼女の寂しさを埋められているなら悪くもないかと九凪は思う。
「それならもっと撫でてあげようかな!」
「うむ! いくらでもよいぞ!」
とても嬉しそうに頷く月夜に九凪も笑みを浮かべ、
「とても仲が良さそうね」
不意に聞こえた冷めた声に…………背筋が凍り着いた。
「み、三滝…………?」
見知った顔が、いつの間にか二人の座るベンチの前に立っていた。
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