十一話 込められたもの
「おかえりなさい」
上機嫌で月夜がアパートに戻ると真昼の姿があった。このアパートは月夜のものではなく真昼から与えられた形にはなるのだが、住んでもいないのに勝手に上がりこまれているのを見ると不快感を覚える。
「おや、てっきり監視されるのはお嫌いかと思いここで待っていたのですが」
そんな彼女の心情を読んだように真昼が恐縮して見せるが、月夜はそれを鼻で笑う。
「その場におらぬだけで見てはおったのだろう?」
いくら力を封じているといっても千里眼程度使えないはずもない。どこにいようと見たいものが見られる存在がその場にいなかったといってなんなんのだという話だ。
「まあそれが今の私の仕事ですから」
「なら最初から余計なごまかしを口にするでない」
悪びれぬ真昼に月夜は溜息を吐く。
「今日もなかなか良い子供っぷりでしたよ」
「そうか、お主わしを怒らせに来たのじゃな?」
「まさか」
喧嘩を売っているなら買うぞと真昼は睨みつけるが、大袈裟に彼女は肩を竦めて見せる。
「あなたにちゃんとした用事があって来たのですよ。一つはこれです」
テーブルの上に置かれた数本の小太刀の上に真昼は手をやる。先日世話になっている見返りに仕事をするよう月夜は彼女に言われていたから、加護を与える武器を持ってきたということなのだろう。
「それとこれですね」
真昼は小さな翡翠の石とお守り袋を月夜に見せてからテーブルへと置く。
「この翡翠に加護を与えてお守りとして渡すとよいでしょう」
「…………礼を言う」
九凪へと渡す分もきっちりと真昼は持ってきてくれたらしい。
「いえいえ、あの子の安全は私の望むところでもありますから」
「ふん」
にこにこと笑みを浮かべる真昼を月夜は値踏みするように睨む。
「心配せずともあの子を取ったりはしませんよ」
「そんなことは言っておらん!」
「ふふふ」
微笑ましく自分を見る真昼に月夜はますます顔をしかめる。
「用が済んだのならとっとと帰らぬか…………借りものであっても今や此処はわしの神域ぞ」
「ええ、もちろんその領分を侵したりなんてしませんよ」
無断侵入していた口で平然と真昼は言い放つ。
「いいから帰れ」
しかしそれを指摘したところで意味はなかろうと月夜は促すに留めた。
「はい、帰ります…………ですが」
笑みを抑えて真昼は月夜へと手の平を差し出す。
「なんじゃそれは?」
「いえ、帰りますが…………頂くものは頂かないと」
「なにをじゃ?」
「預かったでしょう? お姉さんに渡す分も」
「わしに姉などおらぬ!」
月夜は睨みつけるが真昼はその表情も差し出した手も微動だしない。
「私のために作られたものをあなたが貰っても仕方ないでしょう」
「これわしのために九凪が作ってくれたもので、お前の分はついでじゃ」
「ついでにはついでなりの思いがこもっているものですよ」
「…………ちっ」
舌打ちして月夜は九凪から預かったクッキーの包みを真昼へと渡す。
「ふふふ、ありがとうございます」
丁重にそれを真昼は受け取った。その笑みが仮面ではなく純粋に嬉しそうに見えることが月夜の
「
「ふん、わしにはもう一つ九凪のくれたものがある」
真昼が大切そうに懐にしまうそれなど羨ましくもないというように、月夜は九凪のくれたもう一つの包みを取り出す。
「おや、ですがそれはあなたのためのものではありませんね」
「…………それくらいわかっておる」
別に九凪が作っている時に考えていたことがしっかりわかるわけでもないが、それを食べて誰に喜んでほしいというような思いが込められているのはわかる。
最初に九凪に貰ったクッキーは間違いなく月夜に喜んでほしいという思いが込められていたが、もう一つ貰ったこれは自分のための物ではないのもわかるのだ。
「それは誰のためのものなのでしょうね」
「友人であろうさ…………それほど重い感情は込められておらぬ」
そもそも大切な相手のためのものであれば流用などしないだろう。
「
「お前はわしを何だと思っておるのじゃ」
確かに今の月夜でもその感情の向けられた方向から対象を特定することくらいできる。しかし特定してどうしろというのか…………精々仲の良い友人程度の感情しか感じられないというのに。
「もしかして、千里眼であの子の日常を覗いたりもしていないのですか?」
「そんなあさましい真似なできるはずがなかろうが!」
馬鹿にするなと月夜は憤る。それを本当に意外そうに真昼は見つめた。
「これはすみません…………てっきり色恋に目が曇っているかと」
「…………本気で謝られるとそれはそれで馬鹿にされておるように思えるのじゃが?」
「いえ、これに関しては本当に悪いと思っていますよ」
つまりこれ以外は悪いと思っていなかったのかと月夜は眉を顰める。
「ああですが一応確認させてください」
「なにをじゃ?」
「もし仮にそれが彼の好きな相手に送られるものであったらどうします?」
「!?」
ピシリと、それを聞いた月夜の手元でクッキーの砕ける音がした。
「…………どうもせぬよ」
「今はそう信じましょう」
真昼は平坦な笑みでそれに答える。
「何かすれば、それがわしに向けられるか?」
この後に自分が加護を込める予定の小太刀へ月夜は視線を送る。
「まさか、何度も言いますが私はあなたの友人でした…………再び友人を虜囚の身にするような真似を私はしたくありませんよ」
「ふん」
月夜は鼻を鳴らす。
「今はそれを信じてやるとしよう」
「ええ」
真昼はそれに頷く。
「今度こそ、私はあなたを裏切りませんよ」
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