九話 手作り

「それで、仕事とはなんじゃ」

「別にたいしたことではありません」


 一旦アパートに場所を移してから改めて月夜は真昼にその内容を尋ねた。部屋の中には相変わらず生活感はない。必要なものがあれば用立てると真昼には言われていたが、九凪と会う以外の時間を彼女はただ何もしないで過ごしており今のところ何も要求していないからだ。


「先ほども話しましたが今の私の役目は主に残された神秘の対応です」

「つまりわしにもその対応を手伝えと?」

「そういうことになります」


 真昼は頷く。


「ですが直接現場に出て神秘とやりあえというわけではありません。零落したとはいえ力を振るえばまた別の神秘を生み出してしまう可能性がありますし…………ようやく解放されたあなたに荒事を頼むというのも気が惹けますからね」

「ふむ、わしはそれほど気にならぬがな」


 やって来いと言われても月夜はたぶん断らなかっただろう。


「私は気になりますし、現場に出るとなると遠出してもらうことになります…………当然あの子にはその間会えませんよ」

「うむ、現場には出られぬの!」


 それを聞くなり月夜は即答した。


「で、それならわしは何をすればよいのじゃ?」

「こういうものを作って欲しいのですよ」


 そう言うと真昼は一本の短刀を取り出す。木造りの鞘に納められたそれは見るだけで清浄な雰囲気を感じさせるものだった…………月夜にはそれが神の手によって加護の与えられたものだと見てわかる。振るえば宿ったその加護が使い手に力を与えることだろう。


「ふむ、つまり武器に加護を与えよと?」

「ええ、神秘を祓うにはやはりこういったものが適していますから」


 それはその通りではあるのだが、に落ちないという表情を月夜は浮かべる。


「しかしそれでは結局わしらが出向くのと変わらぬのではないか?」


 武具に与えられた籠は結局のところ神の力によるものだ。それで祓えば神秘は消えてもその影響がいずれまた別の神秘を生み出すかもしれない。


「ええ、ですからそれを振るう人間は神秘の存在を心より憎む者たちです」

「…………そんな人間がお前に率いられて加護の与えられた武器を振るうのか?」

「ええ、それがこの世から神秘を消し去る唯一の道ですからね」


 神秘を憎む人間がそれを生み出した当人とその力を与えられた武器を振るう。皮肉以外の何物でもない状況だと月夜には思えるのだが、真昼はそれが当然のことであるように彼女へと答える。


「まあよい。どうせ関わらぬ話だし興味もない」


 真昼は月夜を直接関わらせる気は無いようだし、現状で九凪以外の人間に彼女は興味を抱いていないのだから。


「武器に加護を与える程度構わぬ…………が、一つ良いか?」

「なんです?」

「九凪にも何かわしの加護を与えたものを渡したいのじゃ…………ほれ、よくよく考えてみると九凪は巫覡ふげきであっても基本的には普通の人間であろう? わしの目の届かぬ場所でいかなる災厄に見舞われるかわからぬではないか」

 

 薄まったとはいえ神秘がこの世に残されているというのならなおさらだ。幽霊だろうが妖怪だろうが月夜としては彼に危害を加えることなどあってはならない…………真昼の話を聞いていてふとそんな想像が浮かんでしまったのだ。


「もしも九凪が命を落とすようなことがあれば…………わしは何をするかわからぬ」


 その声は至極冷静だった。冷静であるがゆえにその言葉が事実として起こりえるものだと想像させる。


「もちろん、それくらい構いませんよ。もとよりあなたに出会って以降は念のためにあの子には警護を付けてありましたし、あなたの加護が与えられるというのならその分の人員を戻せますしね」

「む、そうじゃったのか?」

「ええ」


 気の回る奴と感心する月夜へ真昼は頷く…………不測の事態に備えるのが彼女の役目であるがゆえに。


「ああですが、こういったものに加護を与えて渡すのは許可しかねますよ。そもそもこんなものを彼だって持ち歩けませんからね」


 そう言ってその手の短刀を真昼は左右に振って見せる。


「適当なお守りか何か用意しますから、それにお願いします」

「うむ、相分かった」


 月夜は頷く。


「喜んでくれればいいのじゃがな」


 そしてそれを受け取った九凪の表情を思い浮かべ、その表情をほころばせた。


                ◇


「あんた何食べてんのよ?」

「見ての通りクッキーだが?」

 

 ポリポリと手にしたクッキーを頬張りながら春明が答える。


「私としては部活に行かずに誰もいない教室でクッキーを食べてる理由が聞きたいんだけど……………それ、手作りよね」


 偶々忘れ物を取りに教室に戻ったら一人クッキーを食べる知り合いの姿があれば理由を尋ねたくもなる。しかもそのクッキーの包みは何の印刷もされていない透明のフィルムで、クッキー自体も素朴な作りなのを見ると手作りなのは明らかだった。


「もしかして誰かにもらったの? あんたもなかなか隅に置け…………」

「うむ、九凪の手作りの一品だぞ」

「…………!?」


 春明のその返答に奏の思考が止まる。


「そ、それをなんであんたが食ってんの!」

くだんの少女に趣味を聞かれた流れで作ると約束したそうだ…………で、味の確認もかねて俺にもくれたわけだな」

「え、高天にそんな趣味があったの?」


 その事実に奏の勢いがそががれる。


「なんだそんなことも聞いてなかったのか。お菓子作りはあいつの数少ない人に誇れる趣味の一つだぞ…………まあ、元々物欲的な理由で始めたせいもあってあんまり人に話さんがな」

「そ、そうなの…………?」

「お前は好きな相手の趣味くらい把握しておけ」


 呆れるように春明は奏を見る。


「う、あ…………そ、それより! なんで私は貰ってないのにあんただけ!」

「そんなもんお前が今日は昼食を別で食ったからに決まってるだろ」


 それを誤魔化すように奏は叫ぶが春明は冷静に返す。


「私にだって女同士の付き合いもあるんだからしょうがないでしょ!」

「そんなもんはわかってる。これは単にタイミングの問題だ」


 九凪たちは三人で昼食を供にすることが多いが毎日ではない。友人が九凪だけというわけではないのだから春明も彼も他の友人と食べる日だってあるのだ。ただ偶々たまたま九凪がクッキーを作って来た日に奏はおらず、その後も渡すタイミングがなく忘れてしまったというだけだろう。

 

「あ、明日くれたりしないかしら…………」

「あいつはあれでこだわるからな。このクッキーも風味が落ちるから今日中に食べろと言っていたくらいだ、不完全になったものを渡そうとは思わんだろう」

「…………それ」

「断る」

 

 奏が譲って欲しいと口にするより前に春明はそれを却下する。


「俺が忘れ物を取りに来るであろうお前をわざわざ待っていたのははっぱをかけるためだ。そりゃあタイミングも悪かったのもあるだろうが、お前と違って九凪とたかだが三日程度の付き合いでしかない女の子があいつの手作りクッキーを今頃食べてるんだぞ? それなのにお前は手作りクッキーを貰うどころかあいつの趣味すら把握してないと来た」

「う」


 反論できずに奏はうめく。


「お前、このままじゃ本当に小学生に負けるぞ?」

「…………そんなわけ」

「すでにこれだけの差がある現実を見ろ」


 春明は見せつけるようにクッキーをつまむとそれを口に放り込む。


「あー、もう、わかったわよ!」


 悔し気に春明を睨みつけると奏は彼に背を向ける。


「やってやるわよ!」


 その決意が今度こそ続けばいいのだがと、春明は教室を出るその背中を見送った。

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