五話 特別で平凡

「九凪が特別じゃと?」

「ええ、今の時代ではとても希少な存在と言い換えてもいいでしょう」

「それはなんじゃ」


 もったいぶるなと月夜は促す。


「彼は恐らく神々がこの世を去る前には巫覡ふげき……巫女や神主と呼ばれていた存在の血筋でしょう。今の世でそう呼ばれる者たちはただの形式的な役職に過ぎませんが、当時そう呼ばれていた者たちは神とその意思を繋げることのできる力を持っていました」

「つまり九凪もその力を持っていると?」

「ええ、彼はとても良い性根を持った少年です。そしてその力は私たちに対して彼の感情を直接的に伝えてくれます…………その善意や好意をにごすことなく受け取ることになるわけですからそれはとてもよく響く」


 人が他人にその心情を伝えるには言葉や表情、仕草で伝えるしかない。それは時にはその心情以上のことを伝えることもできるが、基本的にはその人の心情を百パーセント伝えるには足りないことだろう…………だが、その意思を直接伝えることができるのなら話は別だ。送り手の表現や相手側の受け取り方など、その心情を濁す要素を無視して伝えることができるのだから。


「あれほど温かい気持ちというものを感じたのは私としても久しぶりでしたよ。封印されることなく現世で過ごしていた私ですらそうなのですから、封印の間に擦り切れて何もかも失ったあなたであればより大きく響いたことでしょう」

「…………だからちょろくても仕方ないと?」

「ほとんど不意打ちのような形で出会っては無理もないという話ですよ」


 真昼は肩を竦める。


「先ほどあなたに彼への好意を認めないなら私がもらうという話をしましたが…………まあ、正直なところそれはあなたを煽るためだけではなく私の本音でもありました。巫覡の血筋且つあれだけのまっすぐな性根を持った人間など本当に今では希少な存在ですからね、一生を看取っても構わないと程度には思いますよ」

「まさか、それが理由で九凪の前に現れたのではあるまいな!」


 そもそも月夜が真昼を問いただしたのはその理由を知るためだった。


「確かに好感は持っていますがあなたと争ってまでとは思っていませんよ…………もちろん直接あの子と相対したかったという気持ちもありますが、大部分はあなたのためです」

「わしのためじゃと?」

「ええ」


 真昼は頷く。


「先ほども言いましたが今の世では年端も行かない子供と関わることは問題となる可能性があります…………もちろん問題となるような真似をしなければいいだけですし彼はしないでしょう。しかし周りが問題としてしまう可能性を彼は不安がっているようでした」

「…………時おり感じておったのはそれか」


 その不安な感情も月夜には伝わってはいた。その不安を九凪が表情に出さないように努めていたからか細くはあったし、すぐに吹っ切れるように消えていたから彼女はあまり気にはしなかったのだが。


「だから私が保護者として現れて保証してあげたわけです。あなたと何をしても保護者が許可していますから問題ありませんよと」


 仮に誤解する人間が現れたとしても保護者の許可さえあれば、最悪身の潔白は証明してもらえるという安心感がある。それがあるだけで今後月夜に会うたびに誤解されないだろうかという不安を覚えずに済むのだ。


「面倒な世の中じゃのう」

「まあ、それが良い面もありますから一概に悪いとは言えません」


 真昼は肩を竦める。


「あの子がもう少し幼ければそんなことも気にしなかったのでしょうが、今は子供と大人の中間のような年齢ですからね。自分の頭で常識を判断する頭はあっても、その先に対応する経験には欠けています…………そこは年長者が補助してあげませんと」

「つまりわしじゃな!」

「いえ、あなたは子供として振舞ってむしろ助けてもらってください」

「ぬがっ!?」

「そのためにこんな話をしてたんでしょうに」


 やれやれと、もう一度真昼は肩を竦めた。


                ◇


「というわけで保護者の方から頼まれてあの子の相手をしてあげることになった」


 いつものように昼休みの話題で九凪は昨日のことを奏と春明へと話す。


「ほう、それは何というか奇特な状況になったな」

「そもそも再会する可能性もないかもって思ってたしね」


 それが再会してその保護者として姉まで現れたのだから、九凪も予想できなかった展開だ。


「しかしよかったのか?」

「なにが?」

「そんなに詳しく俺たちに話して、だ」


 珍しくまじめな表情で春明が九凪を見る。


「察せるような話し方だったとはいえ先方があえて具体的には話さなかったような事情だ。それを俺達にまで話すのはよくはないだろう」

「うん、まあそれはそうなんだけどね」


 答えながら九凪はちらりと口を挟んでいない奏のほうを見る。彼女も春明と同意見なのかそうでないのか憮然とした表情でじっと彼を見ていた。


「まず二人はほら、無責任に吹聴するような人間じゃないって信用してるし」


 そうでなかったらそもそも九凪だって話はしない。


「それは嬉しいことだが他は?」

「その辺りの事情をぼかすとそういう経緯に至るところを話しづらい」

「そもそも話さないという選択肢はあっただろ」

「そうなんだけどね」


 九凪は同意するものの頷けなかった。


「ほら、仮に僕がそれを話さないでその子と会ってることを二人が目撃したらどう思う? この前あんな話をしたって前提でさ」

「それはもう面白おかしく想像するな」

「だろう?」


 だからこそ離さないという選択肢はなかったのだ。


「それで」


 そこでようやく奏が口を開く。


「高天はその子のことをどう思ってるのよ」

「…………どうって?」


 その意図がわからず九凪は尋ね返す。


「どうも何もその子にどういう感情を抱いてるのかって聞いてるの」

「どういう感情って…………」


 九凪は苦笑する。


「会ったばかりだし前も言ったけど変な感情は抱いてないよ。変わった子だとは思うしいい子だっていう印象はあるけど」


 まだ時間にすれば一時間も一緒に過ごしていないくらいなのだ。相手のことを知るのにそれは充分な時間とは言えないだろう。


「それなのに、その子のために今後も時間を割くの?」

「まあ、そうなるの…………かな?」


 言われてみると確かにおかしいのかもしれないと九凪も気づく。客観的に見れば会ったばかりの子の保護者からお願いされたと言って、下心もなくそんな面倒ごとを背負うのはおかしいのではないだろうか…………それでも、あの時自分は嫌だと思わなかったし何かしてあげたいと思ってしまったのだ。


「どうせ暇だし」


 ただそれを口にするのは誤解されそうなので九凪はそう誤魔化す。実際部活にも入っていない彼は放課後の時間を持て余し気味だ。


「ばっかじゃない」

「かもね」


 呆れるように自分から顔を逸らす奏に、九凪はもう一度苦笑した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る