四話 ちょろい神
「いったいどういうつもりじゃ」
見るからに不機嫌な表情で月夜が真昼を睨みつける。すでに九凪とは別れて滞在用と昨日真昼に案内されたアパートへと二人は戻って来ていた。簡潔に家具が置かれただけの生活感の感じられない部屋…………そこに入るとすぐに月夜は真昼へと詰め寄ったのだ。
「どういうつもりとはなんのことでしょう?」
しかしそれに対して真昼は涼しい顔だ。月夜のそんな反応も予想していたと言うように平然とその視線を受け止める。
「九凪の前に現れたことに決まっておろう!」
「それはもちろんあなたのためですよ」
「なっ!?」
当然のことのように返されて月夜が戸惑う。
「わしは別におまえの助けなど…………」
「いりますよ。あの子があなたと接するにあたって保護者の許可があるかどうかはかなり大きいですからね」
「ほ、保護者の許可じゃと…………?」
わけがわからないと言うように月夜は真昼を見る。
「昨日話しましたよね、あの子の前では人間として振舞って接すると」
「…………うむ」
確認するように告げた真昼に、不服そうではあるが月夜は頷く。
「今を生きる人間は神を恐れるというのじゃろう?」
「神、というか普通でない力を持った存在をですね」
神に限りませんと真昼は付け足す。
「人間というものは皆と同じことを好み、皆と違うものを嫌いますからね…………そうでないにしても隣にいる人間が凶器を持っていれば落ち着けるものではありません。それが自分に使われないとわかっていても、持っているだけで恐ろしく感じるのですよ」
その気になれば自分を殺せる人間が近くにいるというのはそれだけでストレスになる。もちろんそんなことは気にしないという人間はいるだろうし、付き合いを深めることで気にしなくなることもあるだろう…………しかし些細な喧嘩をした時にそれを思い出せば不意に恐怖に襲われることがあるかもしれない。
それをその手から手放すことができない以上、その可能性は決して消えることがないのだ。
隣にいるのは念じるだけで自分を殺せるような超常の存在。その事実を安穏と受け入れられる人間はそう多くないだろう。
「だから、必要がないのなら最初から知らないほうが良いのです」
それが目に見えない凶器であるのならば持っていることを教えなければいい。知りさえしなければ相手は脅威に感じることなどないのだから。
「だからあの子の前では人間として振舞う…………そう決めましたよね?」
「う、うむ」
「しかしやはり童女のふりというのはのう…………」
「ふりも何も見た目は完全に童女ですから」
気乗りしない様子の月夜に真昼はきっぱりと告げる。
「…………存在が擦り切れるほど封印されておったのじゃから仕方なかろう」
「ええそうですね、封印される前のあなたはとても豊満な大人の女性でしたのに」
「ふふん、そうじゃろう」
記憶は全くないがそうに決まっていると月夜は胸を張る。
「しかしだからこそ童女として振舞うのには抵抗が…………」
「彼に恐れられるよりはマシでしょう?」
「それは…………そうなのじゃが」
だからこそ月夜も一旦は受け入れたのだ。
「しかしほれ………あれじゃろ? 今の世では歳の差があるのは問題なのじゃろ?」
「ええ、その通りです。あなたが封印される前の時代であればそれほど問題でもなかったのですけどね、今の世であなたくらいの子供の相手をする時に対応を間違えると社会的な信用が損なわれることもあり得ます」
もちろん必ずしも問題になるわけではない。よっぽど
問題になるのは結局のところ問題になるようなことをしているからなのだから。
「じゃから、ほれ…………手は出さぬというし」
言葉の後半は消えいるように小さかったが、真昼の耳にははっきりと届いていた。
「手を出されたいのですか?」
「ななななななな、なにをいきなり!」
「いきなりも何も自分で口にしたではないですか…………」
「そそそそそんなことはないぞ!」
呆れるように真昼は見るが、月夜はまだ誤魔化せると言うように叫ぶ。
「記憶が擦り切れるほど零落したとはいえわしも神の一柱じゃ! あのような人の子に心奪われるようなことがあるはずもなかろう!」
「ええまあ、正直私もそう思っていたのですけどね」
しかしそうではなかったと言うように真昼は月夜を見つめる。
「まさかあなたがこんなにちょろいとは」
「ちょ、ちょろいとはなんじゃ!」
「出会ったばかりの人の子にべた惚れしておいてちょろくないことはないでしょう」
「べ、べた惚れなどしておらぬわ!」
「そうですか」
否定する月夜を真昼は平坦な目で見やる。
「それではあの子は私が頂いても構いませんね」
「なぜそうなる!?」
「あの子は良い子だと私も思います…………あなたが執着していないというのなら手元に置いても良いかと思う程度には私は好感を持っていますよ」
そこでにっこりと、感情のこもった笑みを真昼は浮かべて見せる。それは見るものが見れば間違いなく心奪われそうな笑みであり…………よくよく見れば童女である自分と比べて真昼はしっかりと大人の体付きをしていることに月夜は気づく。それは見比べてみれば悲しいほどに差があるのが実感できた。
「それで、どうしますか?」
そしてその屈辱を飲み込む時間を真昼は与えてはくれなかった。
「ええい、その通りじゃ! わしは出会ったばかりの九凪に惚れてしまたちょろすぎる女じゃ! それを認めてしまえばよいのじゃろう!」
それゆえにやけくそとばかりに月夜は叫ぶしかなかった。
「仕方なかろう! あやつに優しい言葉を掛けられると胸の奥が熱くなるのじゃ! 何も覚えておらぬのに胸の中にぽっかりと空いた大きな穴が埋まっていくような感覚があるのじゃ! それだけで全て救われたような気分になってしまうのじゃから!」
その理由なんて月夜のほうが教えて欲しいくらいだった。記憶がなくとも自分が超常の存在であるという自覚はある…………それなのにどうしてあんなただの人間にこれほど心が揺れ動かされるのか月夜にだってわからない。
「ふふ、昔のあなたもそれくらい素直だったら封印などされずに済んだかもしれませんね」
とても微笑ましいものを見るように真昼は目を細める。
「ええい、その目は止めんか! 気色が悪い!」
「そう恥ずかしがらなくてもいいのですよ」
「だから微笑むなというに!」
顔を真っ赤にして月夜は叫ぶ。
「しかしなんなんじゃあやつは! どうしてわしがこんな気持ちにいきなりなるんじゃ! そんなにわしがちょろいとでもいうのか!」
「もちろんちょろいですよ」
「っ…………!?」
「ですが、それだけでもありません」
歯を噛みしめて感情を抑える月夜に真昼が言う。
「彼もまた、今の時代にしては特別な存在だからですよ」
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