六話 双方の接し方

「で、まあ、そういうことで相談なんだけど」


 九凪が二人に事情を明かしたのは後で誤解されないためというのもあったが、隠していては相談をしにくいというのもあった。全部打ち明けたからこそ気兼ねなく相談ができるというものなのだ


「どうすればその子を口説き落とせるかの相談か?」

「ちょっと朝川!」

「…………わかってると思うけどそんな相談じゃないからね」


 頼りにはなるのに斜に構えずにはいられない友人に九凪は苦笑する。


「大方今後その子にどう接してやればいいのかという相談だろう?」


 そんな彼の様子に春明は肩を竦めて言う。


「やっぱりあんたわかってんじゃないのよ」


 それなら余計なことを言うなと奏は春明を睨みつける。


「ええと、うん。春明の推測で合ってるよ」


 そんな二人の様子にまた苦笑しながら、話を進めるために九凪は肯定した。


「話したように事情のある子だし、二人の意見も聞きたいと思って」


 そもそも年下の子と接するような機会も九凪にはあまりなかった。彼は一人っ子だし、彼の両親は親戚付き合いが悪く親族の集まりなどに参加した記憶はない。だから従妹のような相手と長い時間共に過ごさなくてはならないような体験もなかった。

 もちろん学校で低学年の子と接する機会ならありはしたが、それは一時的な関係だし今回の様に何度も接することを考えるとあまり参考にはならない気がするのだ。


「とりあえず、その子を年下だと思って接する必要はないぞ」

「いきなりだね」


 相談を持ち掛けた大半の理由がそのアドバイスだけで吹き飛んだ。


「ちなみにこれはまじめなアドバイスだ」


 またけしかけようとしているのかと睨みつける奏を牽制するように春明が言う。


「その子は世間から隔絶したところで生活してたんだろ? 同年代ともあまり接していなかっただろうし、あんまり子ども扱いもされていなかったんじゃないか?」

「つまり子ども扱いすると嫌がる?」

「その可能性はあるだろうな」


 子供というものは子ども扱いされるのを嫌がるものだ。恐らくは自分が一人前と認められていないのだと感じてしまうのだろう。その反発は往々にして面倒ごとを引き起こす要因になりやすい。


「だからぶっちゃけ普通に接すりゃいいと思うぞ?」

「…………それでいいんだろうか」


 いいと思わないから九凪は二人に相談しようと思ったのだけど。


「あのなあ、お前は何者だ?」

「何者って…………」

「お前という人間の立場だよ」

「…………ただの学生?」

「その通りだ」


 答える九凪に春明は頷く。


「話を聞いた限りじゃその保護者のお姉さんはかなりできそうな雰囲気の人だったんだろう? カウンセリングとかそういう特殊な技能が必要なことを求めるなら専門家を頼るさ。そこをなんの変哲もないただの学生に頼んでるんだから、別に特別なことは求めちゃいない…………求められなかっただろ?」

「うん、まあ」


 それこそ春明の言った通り、普通に過ごしてあげてくださいと頼まれただけだった。


「でもその普通っていうのがいまいちわからないというか…………」

 

 いざ意識してみると何が普通なんだろうと思ってしまう。


「そんなもん俺らと過ごしてるみたいにすりゃあいいだけだろ。適当にどうでもいい話でもしたり買い食いなんかしたりな…………で、慣れたらどこかに出かけてみるのもいいかもな」

「か、勝手に連れ出したりなんかしていいわけないでしょ!」


 そんな春明のアドバイスに焦ったように奏が割り込む。


「あん? 別に俺は隠れてデートに連れ出せなんて言ってないぜ? 保護者公認なんだからきちんと許可とってお出かけすればいいだけだろ」


 涼しい顔で春明は返す。


「そ、それはそうだけど…………」

「それともお前には九凪がその子と仲良くなっちゃ悪い理由でもあるのか?」

「そんなわけないでしょ!」


 奏は否定する。否定するしかない。


「ええと」

「あー、気にすんな気にすんな」


 なんでそんな言い争いになるのかと戸惑う九凪にひらひらと春明は手を振って、呆れたような視線を奏へと向ける。


「お前この前俺がした話を忘れてないよな?」

「…………」

「それで焦ったにしても力の入れどころが違うだろ…………ここは同じ女っていう観点から頼れるアドバイスをして見せるところだぜ?」


 だからお前は駄目なんだと、その表情は雄弁に語っていた。


「ええと別に無理にアドバイスしてくれなくても大丈夫だからね」

「…………!」


 話の流れがいまいち掴めないながらもなんとかフォローしようと九凪は口を挟むが、それに余計にショックを受けたように奏は押し黙ってしまった。


「え、ええと…………」

「気にするな」


 春明はもう一度繰り返した。


「その子には普通に接しろ、今日のところはそれだけでいい」


                ◇


「ええと、月夜?」

「なんじゃ?」


 普通、そう普通に接しろとアドバイスされて九凪はそうするつもりだった。これまでのように公園で月夜と合流して何の変哲もない世間話でも今日はしようと思っていたのだ…………しかしなぜだか月夜は彼の膝の上に座っている。これは普通なのだろうか?


「なんで僕の膝に?」


 聞かざるを得ない。やはりこれは普通では…………ないはずだ。


「うむ、これはこみにゅけーしょんという奴じゃ!」

「いやなんで?」


 コミュニケーションで膝に座ることが九凪の中には結びつかなかった。


「わしは九凪と仲良くなりたい!」

「うん」

「そのためにはどうすればいいのか真昼に聞いたのじゃ」

「それでなんて?」

「それには体を触れ合わせるこみにゅけーしょんが一番早いと言っておった!」

「…………真昼さん」


 九凪はうめく。自分が困っている姿に微笑む彼女の姿が不思議と見える気がした。


 さてこの場をどう乗り切るべきかと、膝の上の温かさを意識しないように九凪は思考を巡らせた。

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