一話 年齢差というもの

「とまあ、昨日そんなことがあったんだ」


 午前の授業の終わったいつもの昼休み、昼食の弁当を食べながら九凪は昨日の出来事を友人二人に話していた。


「ふうん、お前さんにしちゃあ珍しく日常から外れた話じゃねえの」


 一人は朝川春明あさかわはるあき。浅黒く焼けた肌に茶色がかった短髪、そこににやついた表情が張り付いているせいで初対面だと軽薄な人間だとよく誤解される見た目をしている。

 しかし実際はまじめに陸上競技に精を出しているせいで肌も髪も日光に焼かれてしまっているだけだったりするのだ…………まあ、その表情は自業自得というかそれも人間性の表れではあるのだが。


「朝川、普通は高天の善行をまず褒めるところでしょうが」


 もう一人はきつい顔で春明を見やる少女、三滝奏みたきかなだ。春明と違いあまり日に焼けていない白い肌に、すらりと伸びた黒髪が目を惹く。

 特段化粧などに気を遣っているでもなく、かけた眼鏡も黒縁の平凡なものなのに全体が整って見えるのはその容姿ゆえだろう…………ただ、きついその表情が幾分かマイナスにしているが。


 常識的な行動を基本とする彼女は、部活以外ではふざけたがる春明とはよく意見の衝突が起きる…………まあ、大概の場合は春明が負けて折れるのだけど。


「こいつが善行を積むことに関しちゃ珍しい話でもねえだろ」

「そんなこともないと思うけど」

「目の間で困ってるやつがいたらとりあえず手を貸すだろ、お前」

「時と場合によるよ」


 自分を誰かれ構わず無償で助けるような善人と九凪は思っちゃいない。あの少女に関したってすぐに助けてあげようとしたわけではない…………あくまで放っておくと自分がすんなりと過ごせそうになかったから助けてあげただけだ。


「いいや、お前は確かに理由なく人に手は貸さないだろうが…………その為の理由を自分で作るタイプだ」

「それに関しては私も同感ね」

「そんなことはない…………はず」


 否定しながらも九凪がつい目をそらしてしまったのは自覚するものがあるからなのだろう。


「まあ、そんなことはどうでもいいんだよ。重要なのはお前が珍しくそんな善行を俺たちに話して、しかもその相手を特別視しているってことだ?」

「特別視?」


 そんなつもりはなかったので九凪は聞き返す。


「まずお前誰かを助けたような話を普段俺らにしないだろ」

「それは…………まあ」


 自分からそんな善人アピールをするのはどうかと九凪は思うし。


「で、お前はそのシュークリームを奢ってやった子をなんて紹介した?」

「とても可愛い子だったって」

「それだよ。お前普段相手の容姿をわざわざ褒める人間じゃねえだろ」

「それは…………そうかも」


 そういう方面はどうにも苦手なのだと九凪は自覚している…………しかしその少女に関しては触れないわけにもいかないくらいには印象的だったのだ。


「つまりお前はそれだけ印象的な相手に出会ったんだ…………だからこそそれを俺たちに話さずにはいられなかったってことになる」

「なるほど」


 言われてみればその通りだなと九凪も思ってしまう。


「で、そんな美人だったのか?」

「美人…………まあ、ただ可愛いだけじゃなくて何というか気品があったんだよ。言動とかは話した通りに変わった子だったんだけど、それが許されるというか許してあげなくちゃいけないっていう雰囲気があったというか」

「ほおん」


 九凪の話を聞いて春明は楽し気な笑みを浮かべた。


「惚れたか?」

「えっ!?」

「ちょっと朝川!」


 驚いた九凪が返答をするより前に、奏が叫んで話に割り込む。


「あんた話をちゃんと聞いてたの! 相手は子供だったって話なんだから高天が誤解されるような発言するんじゃないわよ!」


 怒鳴るようなその声は教室中に響き渡っているのではないかと思えた。


「ええと、三滝さん。その通りではあるんだけどできれば僕に先に否定させて欲しかった」


 奏としては庇ってくれたのだろうけれど、先に言われてしまうと遅れた九凪が否定するのを躊躇ったようにも見えてしまう。内容が内容だけにあまり誤解をされたくはなかった。


「あ、ごめん」

「いや気持ちは嬉しいよ、実際その通りではあるわけだし」


 それでも教室中に響くような大声で言ってほしくはなかったが、流石にそこまでは口にしない。冷静であろうとしているようで彼女がかっとなりやすいことを九凪は良く知っていた。それも自分の為の反応なのだから文句を言うのも悪いだろうと思える。


「そんなわけだから春明、僕は別にその子に恋愛感情を抱いちゃいないよ…………印象深い子ではあったからつい二人に話してしまったけどね」


 恋愛感情に関して九凪は百パーセント否定できた。確かに彼女に対して特別な感情のようなものを抱いたかもしれないが、それは庇護欲のようなものだと断言できる。


「そうよ、高天がロリコンなわけないじゃない」


 追従するように奏が断言する…………そうなんだけどその単語を口にしないでほしかったなあと九凪は思う。


「ロリコンねえ」


 しかし春明は納得したような顔をせず、むしろ楽しくなってきたと言わんばかりににやりと唇を歪めて見せる。


「そもそも相手が子供っていうなら俺たちだってまだ子供だろう?」

「それでも高校生よ…………九凪の見立てては十歳くらいの子だったんでしょう?」

「ああ、うん。それくらいだったと思う」


 年齢を確認したわけではないが、見た目からするとそんなものだろうと九凪は思う。


「それならお前とは六歳くらいしか歳が違わんじゃないか」

「あのね、相手は小学生よ?」

「今は、な」


 今という点を春明は強調する。


「十年経てば九凪は二十六でその子は二十歳になる…………世間的に見てもそれほど問題のある組み合わせじゃない。そもそもロリコンが問題視されるのはまだ判断力がおぼつかない相手を自分の思うままにしようとするからだ…………つまり正しい判断力の身に着く年齢になっていれば問題はない」

「つまり?」

「今は健全なお付き合いをして、手を出すのは問題ない年齢になってからにすればいい」

「あんたねえ」


 呆れるを通り越して蔑む視線で奏は春明を見る。


「高天に光源氏計画でもやらせようっていうの?」

「それが出来たら観客としては面白いと思っているな」

「高天、あんたこいつと距離置いた方がいいわよ」


 それは本気の忠告のように聞こえた。


「…………ええと、春明。楽しませられなくて済まないけど僕にそんなつもりは毛頭ないというか本当にその子によこしまな感情は一切抱いてない」


 これだけは明確に否定しておかないと九凪の今後が危うい話だった。


「そうか、それは残念だ」


 それに春明は肩を竦めるとあっさりと引き下がった。


「しかしお前はそうでも相手のほうがどうかはわからんだろう?」


 そう言って九凪を見て、彼はにやりと笑った。

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