玉無出土事件

紫葉瀬塚紀

ショート&ショート 1話完結

 身元不明の男性の死体が、海沿いの公園で発見された。年齢50歳前後の大柄な体格で、白のジャケットを着て同じ白色のスラックスをはいていた。

 死体は海の方向に足を向け、仰向けの状態で寝かされていた。苦しんだ様子は見られなかった。何故か靴は履いていなかった。

 この謎の死体は警察を捜査開始早々混乱に陥れた。衣類のタグは全て取り外され、身元を証明する物は何一つ見つけられなかった。近くのホテルに滞在した事が分かったが、名簿に記された名前や住所は全て架空の物だった。事件は早くも迷宮入り待った無しの様相を呈してきた。


 そんなある日、私はサクレという探偵業を営む友人と、例の事件について意見を交わしていた。彼の探偵事務所は、私にとって彼の素晴らしい推理を聞かせて貰える最高の場所となっていたのである。

「今回の事件に関しては」サクレは新聞の記事に目を通しながら「僕も知り合いの警部に頼まれて、初日から現場で色々と調べさせて貰ったんだけど、調べれば調べる程、ますますあの死体の身元が分からなくなるんだ」

「困ったもんだね」

「まず、死体が身に着けていたジャケットなんだが」サクレは実物の写真を私に見せて「色々聞き込んで来たんだが、イギリス人はフランス製に見えるけどドイツ製にも見えると言い、フランス人はイタリア製っぽくもあるがオランダ製かも知れないと言い、ドイツ人はスペイン製なら多少納得が行くがベルギー製とするのには抵抗があると言い、ロシア人はベラルーシ製なら嬉しいがスープレックスでブン投げるぞこの野郎と言うんだ」

「こりゃ分からんなぁ」

「次に死体の胸ポケットに入っていたハンカチなんだが」とサクレは実物を見せながら「イギリス人はフランス製なら分からんくもないがスウェーデン製と言うなら理解に苦しむと言い、フランス人はポーランド製に似ているがブルガリア製では絶対にないと言い、デンマーク人はスペイン製であって欲しいがスイス製でもいいやと言い、ロシア人は中国製以外に有り得ないがビクトル投げからの膝十字固めで靭帯伸ばすぞこの野郎と言うんだ」

「たまげたなぁ」

「後はこれだな」とサクレがジップロックに入った茶色の小石程の大きさの物体を取り出して「死体の胃の中にあった謎料理なんだが、イギリス人は味はフランス風だがドイツ風の臭みもあると言い、イタリア人は歯応えがスペイン風だが舌の上でとろけるのはルクセンブルク風に思えると言い、ギリシャ人は少し酸味があるのがポルトガル風っぽくワインに合う辺りはボスニアヘルツェゴビナ風と言ってよいと言い、ロシア人はウォッカのおつまみに最高だから間違いなく北朝鮮料理だけどシステマの打撃でグラつかせてから飛び付き十字固め決めてやるぞこの野郎と言うんだ」

「こらもう分かんねぇな」

「そして最後にコレを見つけたんだけどね。死体の右手に握られてあったんだ」

「サクレ!」私は茫然として言った「これはスマホじゃないか!もしや被害者の物では…?」

「僕もコレがガラケーとは思ってないさ」とサクレが言った「これに入っているデータと電話会社に問い合わせた結果、この死体はアゼルバイジャン出身でブルキナファソ在住のグルーモ氏で、ポウランというスパイ組織に所属し、破壊工作の為に入国したが、パンデーユという相棒と仲違いして暗殺された事が分かったんだ」

 私は体全体の血液が逆流する程の衝撃に駆られた。

「何という恐ろしい事件だ!」

「このスマホのLINE履歴を利用して、そのパンデーユという男をここの部屋に呼び出す事に成功した。もう少しでやって来る筈だ。とっちめてやろう」

 程なくして階段をコツコツと上がる音の後、何者かがドアをノックした。

「入りたまえ」

 サクレが立ち上がって言った。

 するとドアが開き、小柄で痩せた卑屈そうな顔付きの男がおずおずと入室した。

「あのう…。母国に無事帰してくれるブローカーさんのお宅はこちらで…」

 男の言葉が終わらぬ内に、サクレが素早く猛然と飛び掛かり、アッという間にインサイドガードからマウントポジションへと移行した。

「テメェ、巫山戯んなこの野郎!」

 マウントパンチを100発近く連打すると、小男はグッタリして動かなくなった。

「よし、君。コイツを近くの港に沈めよう。なぁに、犯罪者なんかに遠慮する事は無いさ。あくしようぜ!」

 この活躍が警察に認められて、サクレは警視総監から直々に表彰され、国民栄誉賞も受賞した。

「君は人類の希望の星だよ」

「やれやれ、俺は探偵だからちょっと推理しただけなんだけどな、やれやれ」


 後に緋色偽札事件を解決した名探偵ホームレスズ氏は、この事件に関する質問をされた際、こう答えた。

「スマホ見りゃすぐ分かるじゃねぇか。何、その探偵、バカなの?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

玉無出土事件 紫葉瀬塚紀 @rcyo

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ